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05.悪夢



キーン…キンキン……。

剣と剣がぶつかり合う音が鍛錬場にこだまする。



「まだまだ踏み込みが甘いぞ!」

 


剣匠レッグド将軍は、若い騎士たちの剣術の相手をしていた。

砂埃(ぼこ)りが立ち込める。



「脇があいているぞ! そんなことでは、すぐに敵にやられてしまう、そらっ!」

 


キ――ン……!

将軍が相手の剣を弾き飛ばした。若者の息は上がっていた。

一方、将軍の息は全く乱れてはおらず、

それだけでも腕の差は一目瞭然というもの。



「御指南ありがとうございました!」


「うむ。騎士たる者、日々鍛錬を怠らず精進せよ。それに尽きる」


「はい!」



若い騎士が一礼をしてその場を辞すると、レッグドは周囲を見回した。

きらびやかなドレスに身を包んだ貴婦人たちに囲まれて、

オルハルトが見学しているのに気付いていた。



「王子! 一戦交えますか?」



無駄なことだとは承知していた。

オルハルトは剣を振るうことをあまり好まない。

それでも駄目元で剣匠は訊いてみたのだった。 



「やなこった」



案の定、期待通りとも期待外れとも受け取れる答えが返され、

レッグドは肩をすくめる。

オルハルト王子は父王のアンモスに似て、

意外にも心の中だけは平和主義者なのだ。



「――あたくし、オルハルト様が剣をお振りになるお姿を、

 是非拝見したいですわ~。本当はとてもお強いんでしょう~?」



王子の右腕に絡まって放そうとしない厚化粧の婦人が、猫撫で声で甘える。

オルハルトは思わず鼻で笑った。

どこからそんな声が出ているのかと。



「代わりにこの俺が挑みますよ」



そう言ってどこからともなく現れたのは、傭兵(ようへい)のアルディだった。



「よし、いいだろう」

 


レッグドが一度収めた剣を引き抜き構えに入る。

その立ち姿には、鍛錬された騎士の美しさがみなぎっていた。

一方、歩幅も大きく荒々しく歩み寄るアルディは、

大柄なその体に見合った豪快な構えに入った。



「気は抜くなよ、将軍!」


 

キラリとアルディの目が光った。

向かい合ったレッグドも気を引き締める。



「アルディ行け! レッグド将軍などこてんぱんにやっつけちまえっ!」


「我々の将軍が傭兵ごときに負けるわけがなかろう! 本気にすらしないさ!」


「何を――!?」

 


いつの間にか傭兵や騎士たちが集まり始めていたが、

日頃から犬猿の仲であったので、

すぐに喧々囂々(けんけんごうごう)と言い争いになる。



「うるさいぞ野次馬諸君!」



レッグドが叫ぶ。

途端に辺りは静まり返った。

やがて、一羽の鳥が一声鳴いて飛び去った時が合図となり――



「行くぞっ!」



再び鍛錬場に金属音の激しくぶつかる音が鳴り響いた。

互角だった二人の闘いは、終わることを知らなかった。

だが、見ることに飽きたオルハルトが、

拮抗(きつこう)する二人の剣戟(けんげき)の間に割って入ると、

一応は腰に据えている剣で両者の剣をそれぞれ跳ね飛ばし、

無理矢理終わりにこぎつけたのだった。

突然の王子の出現に、レッグドとアルディは唖然となって立ち尽くす。



「お、王子……?」


「いつまでもくだらん争いをやってんじゃねーぞ」

 


そう言ってオルハルトは、その場を立ち去った。

肩透かしを食らった二人や、

見物人の騎士や傭兵たちは、

茫然と王子の遠ざかる後ろ姿を見つめたままだった。



「す…素敵~~~!」



女たちはうっとりとした目で騒ぎ始めたが、



「く、くだらんだと……? 神聖な剣術を……騎士道をくだらん…と……」

 


身を震わせたレッグドが、意気消沈しガックリと肩を落としていた。






「いやぁ~、それにしても王子、なかなかやるなぁ。見直した」

 


後を追って来たアルディが、オルハルトの背中に向けて言い放つ。



「剣は結局人殺しのための道具だぞ? 

 綺麗事だの何だの言われようと、俺はそんな闘い方は願い下げだ」


「しかし王子もなかなかの腕前だったが……、いつ訓練を?」

 


相変わらず憮然とした表情でスタスタと足早に歩く不機嫌な王子に、

追いついたアルディが質問を投げかけた。



「昔ちょっと習ったくらいだ。

 習ったといっても、相手の剣を払いのけることに利用するまでだ」


「いやいや、この御時世に、全く以って貴重な存在だよ王子は」

 


うんうんとアルディは一人うなずき、



「しかし俺のような傭兵は、それで飯を食っているからな」



そう言うと、目の前の王子の足が止まった。



「全く世の中腐り切っている」


 

深いため息をついたオルハルトは、

くるりとアルディの方を振り返り、元来た道を突然駆け出した。



(――何ごとだ……?)



アルディが怪訝な顔をしていると、

向こうからザッハンが険しい顔つきで走って来るのが見えた。



「王子! また授業をさぼりましたね! パロウ老がカンカンでしたよ!」



(――なるほど……)



アルディは得心がいく。



「よし、ザッハン! 王子は俺に任せておけ!」



そう言うと彼もすぐに走り出し、王子をあっという間に捕まえたのだった。

体力的には、筋肉隆々(きんにくりゅうりゅう)なアルディの方が断然上なのだ。





「――くそ、アルディの奴! 協力的な時もあれば非協力的な時もあったのか」



こってりパロウ老にしぼられ、クタクタになったオルハルトは愚痴をこぼす。



「何グチグチ言ってるんですか。私にしてみれば協力的だったわけですから、

 素晴らしい傭兵ではないですか。

 ……それで、協力的な時とはどんな時だったのですか?」


「いつぞや俺とお前の馬を、

 あいつに頼んでこっそり城外へ連れ出してもらった時だ」


「ああ、王子が抜け穴を教えてくれたあの時の……って、

 あれはアルディに頼んでいたのですか」

 


アルディは去年、シッカ城へ傭兵として雇われた。

オルハルトに気兼ねなく身分を越えて話しかけたりするので、

オルハルトはその堂々振りが気に入り、

とりわけ親しい間柄になっていたのだった。



「それよりも王子、早く王の所へ行って下さい」


「王の所? 父上がどうかしたのか?」


「王子をお呼びでした。何か頼みごとがあるようでしたよ」


「頼みごと? 何だそれは?」


「……さぁ、私にはわかり兼ねます」




***



 

アンモスは腹を立てていたが、そこは王、寛大な気持ちで息子を迎え入れた。



「父上何かご用ですか?」



オルハルトはアンモスの前に歩み寄る。



「唐突だが、これからお前にリーゲル邸へ赴いてもらいたい」


「今更何の用があって行かなければならないのですか? 

 もうじき日が暮れますよ」


「……これを見てもまだわからぬのかお前は」

 


そばに置かれた大量の食料を指差す。



「お前は令嬢に、またもや無礼を働いたそうだな。その時のお詫びだ」


「……そういうことですか」


「そういうことだ。急ぎ出立せよ。外では騎士たちがお前を待っておるぞ」


「気を付けて行くのですよ」

 


王の隣りに並んで座る王妃が、心配そうな目で息子を見送った。



「出発――!」


「寒くないですか王子? 今夜は冷えますよ」

 


ザッハンがそばに寄って来て言った。



「白々しいな、お前。本当は知ってて俺を呼びに来たんだろう?」


「何のことです? 私にはわかり兼ねます」

 


先刻と同じような台詞で、

あくまでとぼけるザッハンをオルハルトはひと睨みした。





十年前、当時まだ六歳のトゥインガは、

お気に入りのフリルとレースをふんだんにあしらったピンク色のドレスを着て、

オルハルト王子十歳の誕生日祝いにメレクと共にシッカ城へ招かれた。

自分より四つ年上の王子に初めて会うトゥインガは、

めいいっぱいのおしゃれをして意気揚々と出発した。

大きな屋敷に驚き、終始キョロキョロと落ち着きを見せなかった彼女は、

正装をして王の隣りに立つ金髪に蒼い瞳の少年にドキリとした。

まさに、夢見る王子様像そのものだった。顔を赤らめるトゥインガに、

オルハルト王子がにっこり微笑み、幼い少女は恥かしくなってうつむいてしまう。

もじもじする娘に、

「手洗いかね? もう少し我慢しなさい」と声をかけるメレクの声が、

彼女の耳に全く入らなかったほどだ。

しかし、幼心にも夢物語のような何かが始まることを期待していた少女の夢は、

その後、呆気なく打ち砕かれ、苦い初恋の思い出として記憶に残ることとなる。


舞踏会が始まり、

和気藹々(わきあいあい)と大人は大人同士で世間話や自慢話をしている間、

隅でポツンと一人突っ立っていたトゥインガに、

ちやほやされていた主役のオルハルトが近付いて来た。

トゥインガは急激に胸が高鳴った。



(――「可愛いね」とか「よく似合っているよ」

 ……そんなことを言ってくれるに違いない! どうしよう……!)



そう期待を込めて、目を堅く閉じていた、その瞬間――



「――お前、そのドレス似合ってないぞ」


「……」



あんなに早鐘を打っていた胸の鼓動が、

急に壊れて止まってしまったのかと思った。  

あまりにも衝撃的な王子の第一声に、

顔を見合わせる勇気もない少女の声は閉ざされたままだった。



「お飾り人形はつまらん。どうせお前も同じなんだろう?」



盛大に明言され、放心状態のまま王子の前から姿を消した少女は、

メレクの上衣の裾を引っ張るや否や、「今すぐ帰る」と吐き捨てた。

それからだった……。

トゥインガの『オルハー王子打倒計画』が開始されたのは――

似合わないと言われたドレスは二度と着なかったし、

年々少年のような格好で過ごすようになり、

庭にあった誰かが作ったであろう庭箒を持ち、独学でその振り方も学んだ。

どんどん男勝りになっていく娘に、メレクはただ嘆いた。

時々自分の子供は女だったか男だったかと思い悩んでしまうくらいに。

挙句、どこでどう聞き違えたのか、オルハルト王子の婚約者であると思い込む始末。

近頃ではトゥインガの剣――もとい、庭箒の素振りの凄みも豪快さを増していた。



「どこまでも憎っくき馬鹿王子! この恨み、晴らさないでおくものかーっ!」



ドンッと、握り締めた手で壁を叩きつける。

だが、一番憎らしいのは、

自分が王子の婚約者だと勝手に十年間も信じ込んでいたこと。

それが悔しくてたまらない。

勘違いだったと知れば清々(せいせい)してもいいはずなのに、

以前にも増して悶々としている自分に苛立ちを隠し切れなくなっていた――……。



フッとまぶたを上げれば、見慣れた天井が目の前にあった。今のは夢だった。

思い出すのも夢に見るのもおぞましい、昔のすぎ去りし記憶。



「――最悪」



目を据わらせたまま不機嫌に呟く。

婚約者だと思っていた頃、口では嫌がってはいても、

実際心の中ではさほど嫌だとは思わなかった。

むしろ逆に――……。



(さっさと寝直しよ!)



う~と唸りながら寝台で寝返りを打っていると、

不思議とすぐに睡魔に襲われる。

でもまぶたはなかなか下りようとはしてくれない。

その代わり、

彼女の寝室に白い夜着を身にまとう誰かが立っているのを茫然と眺めていた。



(女神様……)



彼女がそう称する姿も、トゥインガを見つめている。

やがて女神は扉の方へと移動し、

付いて来いとでも言わんばかりに一度少女へ振り返ると、

扉の前でスッと()き消えた。

意識朦朧としたままのトゥインガは、

緩慢に身を起こすと女神の後を追ってついて行く。

薄れゆく意識の中、女神に誘われ裏口から裏の森の奥へと進んでいくトゥインガ。

これも夢だと思いながら――。

けれどもそれは現実だった。

悪い夢であってほしかったと、後に彼女は願わずにいられなくなるほどの――




***




およそ二十余名の騎士の一団が、黒い(シェルド)を駆け抜ける。



「幾ら夜だからって、たかが森を一つ越えるのに、

 何だってこんな大勢で向かわなければならないんだ?」



盛大に不満を漏らすオルハルト。

この森で盗賊が出るとは聞いているものの、

これではかえって狙われやすいと言えなくもない。

森は日中、鳥たちのさえずりが響き渡り穏やかさをまとっていたが、

陽が傾くと徐々に闇が訪れ、うっそうとした森へ……、

本当の意味での黒い(シェルド)へと姿を変えていく。

辺りはいつしか、不気味な静寂に包み込まれていた。



「――それにしても王は、何故こんな遅くに出立を命じられたのであろうか?」



レッグド将軍が呟くが、それは誰もが思っていたことだった。

オルハルトが言い返す。



「詫び入れをするついでに偵察に行って来いというわけだろ……ん? 

 何だあの光は?」



オルハルトが口にしたその時、まばゆい光が空を照らした。

直後、ド――ンという耳をつんざく大音響が殷々(いんいん)と聞こえ、

息を呑み込んだ全員が剣呑(けんのん)(まなこ)で前方を見据えた。



「リーゲル邸の方角だ!」



オルハルトがガテリスの手綱を引いて一気に駆け出す。



「皆の者、王子に続け―――っ!」







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