表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

03.戯れ



「おいザッハン、何してる! 早く出て来なければ今すぐ埋めてしまうぞ!」



痺れを切らして苛立ったオルハルトは、抜け穴をのぞき込みながら一喝した。



「い、今出ますからっ!」



いつもは難なく城を抜け出すオルハルトが今日に限って手こずっているのも、

ザッハンがいたからであるが、

オルハルトにしてみれば脱走は日常的な行動であったため、

不慣れな従者に息巻くのも無理はない。



「はぁ……、ここに出るというわけですか。

 でもいつの間にこんなものを掘っていたのですか? 結構な距離ですよこれ」


「何、単なる宝探しだ」


「宝探し?」



城を取り囲む分厚い城壁の一角に、

大人一人がようやく通り抜けることができる小さな穴が見えていた。

当初は、崩れかけた小さな穴に過ぎなかったが、

目ざとくそこに目を付けたオルハルトが、

その真下に穴を掘って城外まで道を作ったようである。

シッカ国の王城でもあるシッカ城は、

広大な黒い森・シェルドによってぐるりと周囲を取り囲まれている。

誰に侵入されてもおかしくはない危険性を孕んでいたが、

その抜け穴は岩や草木に隠れていたし、

城の中庭からは、

至る所に配置されてある銅像や骨董物の陰に巧妙に隠されてあるので、

未だ誰にも見つかった形跡はなかった。



「ここの城の(やから)は、実にドン臭い間抜けな集団だな。

 この穴から侵入者が入って来たらどうするつもりだ?」


「侵入しやすくしているのは王子でしょう! 

 後でこの抜け穴は埋めさせていただきますからね。

 全く悪知恵だけは働くんだから……」



衣服に付いた土埃(つちぼこり)を、

両手で払い落としながら呆れるザッハンには見向きせず、

オルハルトは抜け穴を岩でふさいだ。



「ドン臭い間抜けな輩がここにもいたか。俺を甘く見くびり過ぎだぞお前。

 抜け穴候補は他にもあり、以後も続々計画中だ。心配には及ばん!」


「御自分の居城を崩壊させるおつもりですか!」



オルハルト王子は新たに何かを企んでいるのか、ニヤニヤ御満悦の様子でいる。

たびたび城を抜け出しては、臣下に心配をかける迷惑極まりない王子は、

大した問題を抱えて来ないためまだ救われるものの、仮にも王子なのである。

そんな軽率な行動が許されるはずもなく、それでも、

「城にいたくない。王位継承権も欲しけりゃくれてやる」 などと、

躊躇(ちゆうちよ)なく豪語されてしまえば誰もが(ひる)んでしまう。

しかもこのわがまま王子は、本心から口にするから性質(たち)が悪い。

「護衛も不要。但しザッハンだけは構わない」

という勝手な条件にも呆れたアンモス王は、

もはや好きにさせておけとさじを投げているのだった。



(――この国の行く末は、一体どうなってしまうのだろうか……)



ザッハンの苦悩は続いていた。

今から五年前の、十三歳になってちょうど半年が過ぎた頃、

ザッハンは使用人としてこの城にやって来た。

馬の世話係となった彼は、周囲から同い年のわがまま王子に

ちょっかいを出されないよう気を付けろと忠告されていたものの、

一週間が経っても二週間が過ぎても王子と会うことは元より、

見かけることすら全くなかった。

おかしいと思ったザッハンが同じ馬番の一人に訊けば、

「王子は只今、消息不明中」と事も無げに返されてきた。 

それを耳にした途端、開いた口がふさがらなかった彼だったが、

長年城に仕える者から見れば、

珍しくもないいつものことだと笑われて更に驚いた――というより脱力した。  

ある日、ザッハンの不注意で、ぶつかった勢いで馬を興奮させ、

城の重鎮(じゆうちん)の一人のパロウ老に軽い怪我をさせてしまった。

よくて追放、悪くて死罪となってもおかしくない重罪だったが、

どこからともなく飄々(ひようひよう)と現れた王子の一言によって、

ザッハンは救われることとなる。



「実は俺がそいつに頼んでやったことだ。

 一度パロウ老を、馬に蹴ってもらいたかったからな」


「――え……」



思わぬ事態に打ち震えながら失意のドン底にいたザッハンは、

目を見開いて咄嗟に顔を上げた。



「パロウ老は、いちいち勉学に励め励めとうるさくてかなわん。

 馬に蹴られて何とやらだ」


「なっ、何たることを!」



憤慨するパロウ。

オルハルトの悪戯(いたずら)は日常茶飯事だったので、

執拗(しつよう)に問われなかったザッハンは一日だけの謹慎で済んだ。

その代わり王子は一週間、

こってりパロウ老の授業を毎日十時間は受けるという罰が与えられてしまった。

そのことがあってからというもの、すっかり王子に目を付けられたザッハンは、

王子の恨みとも嫌がらせとも受け取れる、

『私は一生オルハルト王子に仕えます契約書』

なるものに有無を言わさず署名する羽目となる。 

そして王子側近の従者となって現在に至るのであるが、

無論どこの馬の骨ともわからぬ者をと反対もされた。

だがそんなことを全く意に介さないオルハルトにとって、

周囲の野次は馬耳東風、どこ吹く風だった。



「お前もたまには城を抜け出し、自由の身となれ! 

 じゃなきゃその内、パロウ老のように禿げるぞ」



昔に思いを馳せ、心を読んだかのようにオルハルトが言ってきたので、

ザッハンはつと眼前で草を()む二頭の馬を目にしてギョッとした。



「……なっ、何でこんな所に、王子と私の馬がいるんですかっ!」


「なーに、俺の気持ちを察してくれる優しい理解者がちゃんといるんだ。

 お前にはおおよそ『二頭の馬、木陰で仲良く草を()む』

 くらいにしか映らないであろうが、

 あれは俺たちを牢獄から自由の国へ繰り出さんとする、

 いわば天の()使いなのだ!」


「またわけのわからない御託を……。それよりもちょっと待って下さい王子。

 私まで家出の共犯者にするおつもりですか? 

 あなたが珍しく脱走に使っている抜け穴を教えると仰るから、

 私は付いて来たまでですよ」


「フッ、つべこべ言わず素直になれ。『私も王子のように城を抜け出し、

 気兼ねなくどこへなりとも行ってみたい』と言っていたのはお前ではないか」


「あれは皮肉を込めた警告です!」



ザッハンが顔を引きつらせてため息をついていると、

何やら後ろの方から騒がしい声が聞こえてきた。



「王子が逃げ出すぞ――っ! 王子お戻りを――っ!」


「ちっ! ほれ見ろ! ドン臭いお前のせいで見つかったじゃないか! 

 早くお前の馬に乗れ!」


「そんな横暴な……」


「王子お待ち下さ――い! ザッハン、王子をお止めしろ――っ!」



衛兵がこぞって何人も駆け寄って来る。



「敵に待てと言われて待つ奴があるか!」


「敵って……」



オルハルトは自分の馬であるガテリスに乗って、

黒い(シェルド)の中へと駆けていった。

どちらに従えばいいか迷ったザッハンも、

取り敢えずは馬に乗って王子の後を追うことに決める。




***




どれほどの時間が過ぎたであろうか。

黒い(シェルド)を抜けると、

辺り一帯には広大な平原とかつての葡萄畑が広がっていた。

ここはエルード女子修道院の葡萄畑だった所だ。

二人は馬上から、しばし枯れた葡萄畑を見渡していた。

オルハルトの金の髪が()にあたって、白金に輝きながら風になびく。

オルハルト自身は、

自分のその甘く見られがちな容貌を(うと)ましがってはいたが、

ザッハンは彼の端正な顔立ちに同性ながら見とれていた。



「ところで、これからどちらへ赴くおつもりですか? 

 確か先日は、酒場兼宿場の『子ネズミの隠れ家亭』に、

 丸一週間お世話になったと伺っておりますが。

 一体何をしているのですか?」


「飲んでしゃべってその他諸々(もろもろ)だ。

 金だって払ってあるし、何を遠慮することがある?」


「あなたは庶民ではなく一国の王子、王の後継者ですよ。

 もし危険な目に遭遇でもすればどうするおつもりですか。

 心配する我々の気持ちをお察しにはならないのですか?」



ザッハンが諦めに似た声を張り上げる。

すると、オルハルトの気落ちしたような寂しげな声が返されてきた。



「――お前は、俺の気持ちを察してはくれないのか?」


「え……?」



王子の吸い込まれそうな蒼い双眸が悲しげに向けられる。

ザッハンはたじろぐ。

しかしそれはほんの一瞬の出来事だった。



「さーてと、ここに来たついでに、あの凶暴じゃじゃ馬娘に挨拶でもしに行くか」



一拍置いてはぐらかされるも、いつもの何かを企む日常の彼に戻っていた。

ザッハンも胸をなでおろす。



「またですかぁ? 後が怖いですよ」


「何だお前怖いのか? そんなへっぴり腰じゃ、俺の護衛は務まらぬぞ」


「はぁ……。

 これ以上、くだらない茶番につき合わされるのは御免なだけですよ」


「そういう名前だったか? あの男装の令嬢は? 

 レヴィータっていう名前じゃなかったか? 

 いや、あれはガーヌで出会った踊り子だ。

 妖艶なあの舞はジェインにも引けをとらなかった」


「――誰と誰の話ですかそれは……?」



ザッハンの冷めた視線が向けられる。



「エキラは村長の孫娘か。

 別れ際に泣きつかれてな。大きな瞳が愛くるしかった。

 セインネスは……酒場で飲んだ娼婦だな。

 葡萄酒よりも赤い唇が妖しかった。ラーミヤは……」


「もういいですか王子。あなたの家出の真の目的がわかった気が致します。

 そういうことだったんですね。

 えーえー、あなたも一人の王子である前に一人の男ですからね」


「アホ! 一人の男である前に、一人の人間であるということを付け忘れるな」


「はいはい。それにしても……、さすがに葡萄酒は一段と格別でしたね。

 醸造技術からきっと他とは違うんでしょうね」



感心してザッハンは口にするが、オルハルトは鼻で笑って反論する。



「元々ここはセッツェン帝国の辺境領地――とはいえ、

 見放されているだけでまだ領地に入っているのかもしれんが、

 歴代皇帝を輩出しているスモンジェルダン派の修道院があった場所だ。

 リーゲル邸は当時の修道院を修復した屋敷だと聞く。

 大方この葡萄畑もかつての修道女たちが栽培していたものだろう。

 つまりメレク殿は、まるごと全てをぶんどったというわけだ」


「王子! そんな聞き捨てならぬことを大声で(おつしや)らないで下さい! 

 誰かに聞かれたりでもしたら――」


「ぬけぬけとよくも言ってくれたわね馬鹿王子!」


「うわっ!」



驚いて馬からずり落ちそうになったのは、ザッハンの方である。

背後には、騎士のようにごてごてしく武装した少年……否、

鎧の代わりのつもりなのであろうか、

なけなしの男物の服を何枚も着込んだトゥインガが、

背後から二人を睨むように仁王立ちしていた。

驚いた様子は微塵も見せないオルハルトが愉悦(ゆえつ)しながら、

馬ごとゆっくりと振り返る。

実は彼は、とうに少女の気配に気付いていて、

わざと大きめの声で言ってみたに過ぎなかったのだ。



「ぶんどったんじゃなく譲り受けたのよ! そこを間違えないで!」


「何とも慈悲深い話だな」


「この放浪癖王子! 今度は何しに来たわけ!? 

 人の領地に無断で入って来ないでよ!」


「何やら会う度に勇ましくなっていくが、

 騎士にでもなるおつもりですかな?」



口調を変えて語尾を強調し、馬ごとトゥインガの側に詰め寄るオルハルト。

反対に顔を真っ赤にした少女は、

手にしていた庭箒を馬上の彼に向けて「ふんっ!」と突き出した。



「リーゲル邸を守るためよ!」



(ほうき)を向けたままのトゥインガの(とび)色の明るい瞳が、

真っ直ぐオルハルトの昊天(こうてん)の瞳を射抜く。



「これはこれはとんだ御無礼を。

 しかし、その館の令嬢が騎士まで務めるとは……実に泣かせる話じゃないか」



同情し爽やかに立ち去ろうとするが、明らかな冷やかしに他ならない。

トゥインガの握られた庭箒が更に突きつけられる。

しかし口を衝いて出た言葉は、彼女も(かしこ)まった口調だった。



「貴殿はリーゲル家をよほど侮辱したいようにお見受け致しますが、

 いつ敵や賊が襲って来てもいいように、私は大切なこの家を守りたいのです! 

 私は人形ではありません。

 着飾ることしか能のない、その辺の御婦人と一緒にしないで下さいませ。

 私は武器を振るうこともできれば、

 馬に乗って遠乗りすることだってできます!」  


「遠乗り? リーゲル邸で馬を見かけたことはなかったが?」


「と、隣りのロビンおじさんの馬に何度か……じゃなくて! 

 遠乗りは趣味の一環にしておりました!」



憤怒を(あら)わにする少女に思わずオルハルトも噴き出す。

そして、

隙を見て彼女の武器だと公言する庭箒(にわぼうき)を素手で地面に叩き落した。



「あっ!」



次いで、トゥインガの身体がオルハルトにすくい上げられたかと思うと、

彼の目の前に強制的に座らせられる。



「な、何……っ!?」


「ザッハン! 俺はちょっとこちらの騎士様とひととき(たわむ)れてくる」



オルハルトが手綱を引くと、王子の愛馬のガテリスがいなないて駆け出した。



「た、戯れ!? って、ちょっと王子――!」

 


立ち尽くすザッハンは青ざめて途方にくれた――








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ