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12.崩壊



セッツェン城下の貧相な身なりをしていた民たちの姿が頭から離れない。

自分も決して豊かな暮らしではなかったけれど、彼らはそれ以上に深刻だった。

民のためにできることは何かないのか、何かをしてやりたい……と、

トゥインガは切実にそう思った。

とはいえ、連れて来られた身の自分に何ができるわけでもない。

だけどこのまま見過ごすこともできそうになかった。

増量した鬱憤が堤防を決壊して流れ込むように、

いずれ暴動が起きるであろう未来を魔法師でもない彼女でさえもそつなく見通せた。


案の定、罪人には即刻惨殺を命じるガイン皇帝は、

日ごと恐ろしい人物となり帝国中を震え上がらせていた。

皇帝のそばには常に魔法師(アウド)がいて意図も簡単に(あや)めてもいるが、

それに比例して小さな暴動も起きつつあることも確かだった。

皇帝は結婚もせず愛妾も娶らず、

いつもお気に入りの男だけを周りに侍らせる同性愛者だと流布されても

反論の余地はない。

皇帝が男色家なら世継ぎを望めないのも当然ではあるが、

しかしトゥインガは理不尽にもその相手と(もく)される魔法師の婚約者だ。

どうでもいいと投げやりでいても、

平静でいられるわけでもなく複雑な思いに駆られる。



「この国、一体どうなってるの……?」



宰相であるロイゼンと第一皇女のブローニアも本当にできているのだとすれば、

崩壊寸前も時間の問題だろうと(おもんばか)る。

だからこそ自分がここへ呼ばれたのも納得できるというものだが――



「シグネは愛し合う皇女と宰相に遠慮したのかしら? 

 シグネが結婚するならブローニア皇女とだってよかったわけだし、

 だから相手のいない私を選んだのかしら……って、

 それはそれで私に失礼な話じゃないの!」

 


自問自答した彼女は憤慨する。



(確かに私には、それこそ婚約者も愛し合うような相手もいないけどさ!)



ふと、ある国の王子の顔が思い浮かんで咄嗟に振り払う。



「もしかしてシグネは存外、慈悲深いのかしら? 

 でも皇女は一体いつ目覚めていたというの? 

 そもそもどこにいるっていうの?」



父親を(ほふ)った罪人に慈悲深いも何もないのだが、

トゥインガは思わず魔法師(シグネ)の名を呼ばずにはいられなかった。



「シグネ! いるんでしょ! いたら返事して!」



自室を見回しながら叫んでみる。

どうせどこかで自分の独り言も聞いていたに違いないのだから。

すると壁の中から音もなくシグネシェンが現れ、

半ば仰天するトゥインガは憤然と彼へ向き直った。



「教えて! ブローニア皇女はどこにいるの!? 

 眠り続けているというのは本当なの!?」



すんなり期待通りの答えを返してくれるとはさしものトゥインガも思ってはいなかったが、

シグネシェンは企みを孕んだ微笑で彼女を見据えている。



「ブローニア皇女様の寝室を見たようだな」


「ええ、見たわ! でも皇女は寝室にいなかった! 

 なのにロイゼンは眠り続けていると言う。一体どういうことなの!?」


「――教えてやってもいいが、その対価としてお前は何をくれる?」



結婚だけではない更なる要求に、トゥインガの息がグッと詰まる。



「何をくれるって……そんな代償を必要とするほど重大な秘密なの!?」


「無論。他言する者には命はない禁忌だからな」


「……どうせあなたの魔法で不可視にしているとかなんでしょ! 

 シグネ、あなたは一体何を望んでいるの!?」



掴みどころのない魔法師の双眸が細められた。

するとその詰問に、あっさりと彼は応じ始める。



「――望み……? この世界だよ」 


「!」



絶句するトゥインガは声を震わせながら「やめて……」と呟くが、

この魔法師(アウド)が話し合いで今後も気持ちを曲げるとも思えなかった。



「まさか……っ、この世界を手中に収める代わりに、

 ブローニア皇女を要求したとでもいうのっ!?」


「浅はかな。この世界を既に手にしているのなら、この世界はとうに滅びているさ」


「……っ!」



ということは、これから手に入れるということなのだろうか。

そんなことがあってはならない。

何としても阻止しなければならない。



「――それにお前には、ジブエの加護がある」



思いがけない証言にトゥインガは、素直に自らの全身を(くま)なく見回す。

そんな彼女にシグネシェンは凄惨(せいさん)嘲笑(あざわら)うと言を継いだ。



「お前はあの修道院のアウドリックへと通じる扉を開いたのであろう。

 それが何よりの証拠だ。あそこは女神が許した者にしか開けられない」


「あんたが破壊したから開けられたんでしょ! 

 私が開けたのはほんのちょっとよ!」

 


そんなことまで知っている目の前の不気味な男が心から憎い。

本当はこうやって話しかけることも顔を見ることも名を口にすることすら忌々しい。

それに扉が僅かでも開いたのは、

偶然以外の何ものでもないと彼女は感得しているのだ。

あの呪文が効いたわけでも何でもない。



「どう思おうが勝手だが、

 むしろ対価としてブローニア皇女を差し出したのは、宰相ロイゼンだ」


「なっ……!」


「あの男は皇女さえ手に入れば何もいらないと言った。

 ククク……、どこまでも身勝手な男よ」


「あんたが言える立場なの!? どうしてこの世界が欲しいのよ!?」


「――復讐のためだ。アウドリックへの……。そしてジブエの力を得るために」



シグネシェンの伸ばされた指で、

頬から(おとがい)を緩く撫でられたトゥインガの肌がブワッと総毛立つ。



「復讐……? ジブエの力……?」


「そう。そこでジブエの加護のあるお前との婚姻で、

 私はより力を得るという筋書きだ。

 この世界とアウドリックを我がものとするために――」


「世継ぎを儲けるための結婚ではなかったの!?」


「世継ぎ……? はん、それは口実だ。

 私が欲するものはお前を加護する女神の力だ。

 まぐわいによってそれは得られると私は考える」


「まっ……!?」



再び性教育の現場が脳裏をかすめる。



(私を加護すると彼が言うジブエの力を必要としていただけだったの……!?)



婚姻の最大の目的が世継ぎではない事実を知って、

立っていられなくなるほどの眩暈を覚えるトゥインガであったが、

それより今はブローニアを救い出さなければならない。

対価として差し出された彼女の行方は、(よう)として知れないままだ。

だが――



「お姉様を返して!」



今はそう口をついて嘆くのが精一杯。




オルハルトに助けてやると言われた時は正直嬉しかった。

でもこのまま自分だけが助かるわけにも、セッツェンの民を見捨てるわけにも、

帝国を魔法師(アウド)から取り戻さないままでいるわけにもいかなかった。



「――お前は逃げないのだな。十七年前のお前の両親のように。

 私や先皇帝を恐れて逃げ去ったあの二人のように……」


「!」



シュメーレクとトゥツァリーネ。

トゥインガの父母は、

この城から彼らに恐れをなして逃亡したのだと、

彼女の心を見透かすシグネシェンは言う。

歯噛みしたトゥインガは食い下がろうとして言いよどんだ。

十七年前、父と母がここを出ていった理由も何となくわかった気がした。

ただ愛し合っていたからという単純な理由だけではないのだろう。

シグネシェンと共にある先皇帝の執政についていけなくなったのが、

最大の理由ではないだろうか。

結果的に父母だけが逃げることになろうとも……。

医師のウェンリッグもそのようなことを仄めかしていた。

日に日に増すガインの辛辣で残酷な噂も耳に聞き及んでいる。



(でも、私は逃げない。私だけが逃げることなんてできやしないもの)



――だが、その全ての根源は、この魔法師(シグネシェン)

彼をどうにかしなければ、何一つ救われる道はないとトゥインガは踏んでいた。




***


 


再びアウドリックへ赴いていたオルハルトたちは、魔法師(アウド)の二人を引き連れ、

ルフィネリアンの移動魔法で自分たちの世界へと戻って来ていた。

そして彼らがそこで目にしたものとは――粉微塵に崩壊されたシッカ城だった。



「ルフィネ……、リーゲル邸ではなく、シッカ城へ戻るんだぞ……?」


「――間違いありません、ここがそのシッカ城へあたる場所です。

 残念です……、こんなことになってしまって。本当に申し訳、ありませんっ……」


「……」



瓦礫の山と化した廃墟を前に、一同は悄然(しようぜん)と立ち尽くしていた。

開いた口から何も言葉が出て来ようとしない。

出て来てくれない。

オルハルトにも本当はわかっていた。

ここが確かに自分の生まれ育った城であることを。

見慣れた数多くの城の壁や柱などが散乱している。

黒い(シェルド)も焼かれ、煙と共に悲鳴のようなくすぶり声を上げていた。

レッグドが肩を落として地面に膝をついた。



「畜生っ! 畜生っ! 絶対に許さんぞ――っ!」



悔し涙を噛み締めながら、彼は地面に拳を叩きつける。






「――父上……、母上……っ!」



オルハルトは周囲を見回し、王と王妃がいそうな場所へと駆け出そうとした。

すると――



「……王と王妃は、セッツェン城へ連れて行かれたようです」



その場を見据えながら、

過去の映像が見えているかのようにセシリージェンが呟いた。



「生きているのか!?」


「はい。人質にでもするつもりなのでしょうか。

 シグネシェンはあなたが来ることを……

 私たち魔法師(アウド)が来ることを待ち望んでいます」


「おお、我が王よ! 王子、急ぎましょう!」



神に祈るレッグドにオルハルトは黙然とうなずいた。

だがそこでオルハルトは、アルディがこの場にいないことに今になって気付く。



「おい、アルディは……?」

 


魔法でここへ移動して来てからというもの、その姿を見かけていない気がした。

レッグドとザッハンも周囲を見回すが、彼らしき大柄の男はどこにも見出せない。

ただ、何かを知っているのだろうか、

セシリージェンとルフィネリアンだけは黙って立ち尽くしながら、

何故かザッハンの方を見つめていた。

オルハルトの面にも陰りが差し込む。





「――婚儀は明日……。

 かのオルハルト王子がアウドリックから魔法師(アウド)を連れて来るだろうが、

 連れて来たところで無駄なことだ。

 この城には、私以外の魔法力を弱めるための結界を張り巡らせてあるからな」


「何……ですって!?」


「そうそう、シッカ城も崩落させておいた」


「そんなっ……!」


「案ずるな。国王夫妻や臣下たちは生きたまま捕らえてある」


「……っ! どこまで非道なの!」

 


まさかシッカ城までもがリーゲル邸と同じ運命を辿っていたなどとは知る由もなかった。

唯一の頼みの綱である援護の魔法の存在も見抜かれている始末。

圧倒的に不利だと悟ったトゥインガは、歯がゆさと絶望感に容赦なく打ちのめされる。



「それに――、この私が明日の婚儀まで花嫁に手を出さないとも限らないしな」


「なっ……!」

 


直感的に身の危険を感じた彼女は、

値踏みする視線の彼から距離を置くために後ずさるが、

それに乗じたシグネシェンは陶然とした面持ちで彼女を壁へと追いつめていく。

逃げ場を失わないよう突然駆け出したトゥインガは、

室内の扉を開けて続きの間にある寝室へと直行した。

自ら誘い込むような状況であるのは彼女も承知だが、

他に逃げ場がないのだから仕方がない。



「ほぉ? 自ら誘い込んでくれようとは……実に積極的な花嫁だ」


「勘違いしないで馬鹿っ! 誰があんたなんかと! 死んだ方がマシだわ!」



肩を怒らせるトゥインガは一蹴(いつしゆう)し、必死に部屋中を逃げ回る。

そのまま窓辺へと駆け寄った。

そこから飛び降りるつもりで閉じられた窓を開けようと、

窓枠に手を触れたその時――、

身体の自由が前触れもなく奪われその場に硬直した。

シグネシェンが拘束する魔法をかけたのだ。



「この卑怯者!」



近付く魔法師(アウド)()めつけるが彼は楽しんでいるかの如く、

くつくつと笑うばかり。



「こんな小娘になど露ほどの興味もないが、

 女神の力を得るためには致し方あるまい……」



(嘘……、嫌……、冗談じゃない! 助けて誰か――)



待ってろと言ってくれたオルハルトの姿が去来した。

トゥインガの自由の利かない身体がシグネシェンの両腕に抱かれると、

彼女は寝台の上へと横たえられる。

彼はそのままトゥインガの上から覆いかぶさった。



「い……や――――ッッ!!」



両手首を掴まれ首筋に唇が触れた――と、

直後にシグネの動きが不可解に静止した。

そして彼の身体が離れていく。



(え……? 何なの……?)



涙目になりながら瞑っていた両目を緩慢に開けると、

シグネシェンを剣で牽制(けんせい)するオルハルト王子の姿がそこにあった。

彼の背後には更に、魔法師(アウド)なのであろう、

シグネと同じ青い法衣を着たトゥインガよりも

幾つか年下に見受けられる少年と少女が、

手を掲げてシグネシェンを魔法で阻んでいる。

だが結界のせいで彼らの魔法力も脆弱になっているのだろう。

二人の若い魔法師(アウド)は焦りの色が滲む険しい表情で、

それでもシグネシェンの自由を奪取しようと躍起(やっき)になっている。



「フン、やっぱり来たのはお前たちか。久しぶりだな。

 しかし結界のおかげで、有能なお前たちの魔法力も弱々しく感じるぞ」


「とうに知っています」

 


ルフィネリアンが即答する。



「さすがだな。――それなら話が早い」

 


言うや(いな)や、

シグネシェンが余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と片腕を振り上げると、

パンッと何かが(はじ)け跳ぶ小気味よい怪音が響いた。



「くっ!」


「きゃっ!」 



シグネシェンにとっては因縁の二人の魔法師(アウド)へ、

彼は軽く攻撃魔法をお見舞いする。

シグネシェンへの拘束も解けていた。

そして彼は颯爽とこの場から立ち去ろうとする。

寸前に果たし状を言い置いて。



「城の地下神殿へ来い。

 ガイン皇帝とシッカの者共々待っているぞ。ハハハハ……!」

 


高笑いをしながらシグネシェンは消えた。

寝台で仰向けになっていたトゥインガは、オルハルトに優しく抱き起こされる。



「大丈夫か?」


「う、うん……何ともない……。あ…りが…とう……」


「礼を言うならあいつらだ。

 アウドリックの魔法師(アウド)、セシリージェンとルフィネリアンに」



二人はそれぞれに軽く頭を下げて挨拶をする。

つられてトゥインガも礼を述べながら頭を下げた。



「それよりも早く地下神殿へ急ぎましょう!」 


「地下神殿って、奴らはそこで一体何をするつもりだ?」


「おそらく儀式でしょうか……。

 地下神殿はジブエの力が最大限に感じられる場所のようです。

 セッツェン城は、ジブエを祀る大神殿の上に建てられているようですから」


「いわばジブエを強引に封印した、と言っても過言ではありません」

 


気を凝らさずとも、

女神の力を感知するセシリージェンとルフィネリアンが、厳かに口にする。





「――トゥインガ、取り敢えずお前はこの部屋でじっとしていろ」

 


アウドリックから引き連れて来た魔法師(アウド)たちにオルハルトが目配せすると、

真意を()み取った二人は、

外部からの侵入を阻むための防御魔法をトゥインガの部屋にかけてやる。



「どうして私だけ! 嫌よ!」


「せいぜいこれを持っておけ」



歯牙にもかけない彼は、リーゲル邸から持ち出した赤銅色の杖を手渡した。



「……え、これってまさか、うちにあった杖? 何であんたが持ってるの!?」


「それはただの杖じゃない。魔法国へと導く魔法の杖だったんだ。

 だが今はただの杖だ。万が一の時の武器にはなり得るだろ」


「……」


「それにお前にはそれが似合いだ。それがないとトゥインガ・リーゲルとは呼べん」


「どういう意味よ!」



皇族用の豪勢なドレス姿を着こなすトゥインガを従来の姿に引き戻すためには、

幾分見慣れた庭箒を持たせることによってバランスも取れるというもの。



「いいか、今度こそ絶対に出るなよ!」

 


釘を刺すが、彼女に前科がある以上、

それが守られることがないであろうことも、

オルハルトには火を見るよりも明らかだった。

部屋の外で待機していた侍女のガーネは、

何やら部屋の中から聞こえ出す不審な複数の声に、

部屋の扉をそっと開けてのぞき込み、

魔法で不法侵入していたオルハルトたちを(もく)するや否や、悲鳴を上げる。



「――あんたもこいつがここから出ないよう見張っていろ」



オルハルトは淀みなく侍女へ言い(さと)した。






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