参加者、岸谷大輔(36歳)の場合。
『今までの自分が信じていたものは本物だったのか?』
毎日酷暑の続く中、岸谷は今日もいつものように得意先まわりをしている。
営業成績もこの景気の悪さが影響し、伸び悩んでるのが現実である。
こんな世間を怨んでも、自分一人では世間は何も変わらない事も充分理解している、
しかしこのところの異常な暑さも岸谷の心の闇を増大させていく。
『変わらなくては…』
前向きな心を決して失った訳ではない、しかしその前向きな心よりも
更に大きな不満が包み込んでしまう。世間の悪循環に流されている
自分がそこにいるのである。
『こんなに嫌な思いをする為に生まれてきた訳ではないのだが・・・』
そう思うと岸谷は深い溜息をついた。
そんな岸谷の前にチラシ配りのアルバイトの女性が
一枚のチラシを岸谷の手元に突き出した。
『ご参加お待ち致しております。』
そのアルバイトの女性は岸谷にチラシを渡すとまた別の人に
同じように手渡している。
普段なら受け取らないのが今日に限って断るタイミングを逸したのか
不覚にも受け取ってしまった。
チラシには『優勝賞金100万円、決勝大会参加者全員にも
賞品があります。男女4人1組参加(男女各2名)』
岸谷は内容はあまり見ずスーツの内ポケットにチラシを押し込んだ。
今日も一日が終わり岸谷は妻と一人娘の菜月が待ってる
月7万の賃貸マンションに戻り、スーツを脱ぎ部屋着に着替える時に、
内ポケットからくしゃくしゃになった紙が落ちた。
『あぁ、昼間のチラシか…』
これから夕飯なので、その後にでもこのチラシを
捨てようと岸谷は居間に向かう。
いつもきちんと夕飯に最低3品はテーブルに並べる、
岸谷の妻の奈緒子は岸谷が無造作にテーブルに置いたチラシを
手に取った。
『あら、あなたもこのチラシもらったの?』
奈緒子は岸谷の顔を見て、話しかけてきた。
『お前もこのチラシもらったのか?』
『えぇ、買い物途中にお隣りの永田さんから頂いたのよ、
一緒に出ないって誘われたわ、参加は無料だし、
4人1組だからご夫婦一緒にどうって?』
『うちには菜月がいるだろ?』
『決勝なんて残れないわよ、ただたまには夫婦二人でどうって?
仮に決勝に残っても菜月は夏休みだからおばあちゃんの家に預かってもらうしね』
妻の奈緒子はまくし立てる。
『それに賞金100万円は魅力的じゃない?
お隣さんと分けても50万よ、ボーナスもパッとしなかったから、
もう一つのボーナスになるんじゃない?』
奈緒子は痛いところを突いてくる。
確かに不景気の煽りを受けボーナスはすずめの涙。
50万も入ればボーナスを2度貰った感じだ。
悪くない。
『よし、お隣さんと一緒に参加してみるか?』
奈緒子は笑顔を見せ、
『明日にでも永田さんに話しておくわ。』
そう言うとそそくさと夕飯の終わったお皿を片付け始めた。
『これで何かが変わるなら…』
岸谷は心の中で小さく呟いた。
『信頼ある4人で宝を手に入れましょう』