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7

 

 翌朝、葉山さんの家で目が覚めた私は状況を把握して納得するまでに十分を要した。


 ああ、そうだ。


 丸め込まれたんだと失礼な解釈をして深呼吸したら、あっさり吹っ切れたような気になった。


 もう今更だ。助けて貰ったなら、その恩を忘れず返して行けばいいと気持ちを改めて、まずは朝食からとベッドを抜けた。


 冷蔵庫には芹澤さんが揃えたのか、品数がそこそこ納められていた。この様子だと芹澤さんは一週間以内にこのマンションを訪れたように思える。


 有り難く拝借して定番な味噌汁と白米、焼き鮭と卵焼き、申し訳程度のサラダを添えて並べた。


 時刻は午前七時半、葉山さんの出勤までには後一時間もないくらいだった。



「おはようございます。食材、使わせて貰いました」


 寝ぼけまなこで起きてきた葉山さんにきちんと挨拶をしてテーブルの上にコップを置く。


 和食なのに牛乳と言うのは頂けないが、減り具合から恐らく葉山さんが牛乳を飲んでいる事は何となく分かった。


「おはよう」

「はい。おはようございます。葉山さん意外と早いですね」

「ああ」


 ぼーっとしたままダイニングテーブルに近寄って来る葉山さんに笑いたいのを我慢して顔を背ける。三十を過ぎた人に寝起きが可愛いなんて思ったら失礼だ。



 私が葉山さんが遅刻したのを見たのは一回だけで、慌てて来た葉山さんが眉間に皺を寄せて後ろ髪を跳ねさせていたのは正に衝撃的な場面だった。


 いつも真面目で完璧主義に見える葉山さんが遅刻をした事にチーフはとても笑っていた。いつもがちがちに真面目な人が人間味ある行動をすると微笑ましく思えるのは何故だろう。


 そんな事を考えながら席につく。


「頂きます」

「いただっ、きます」


 途中で噛んだ葉山さんに笑ってはいけないと意識するも、時既に遅し。声に出して笑ってしまった私に葉山さんはじろりと鋭い目を向けた。


「笑うな」

「すみません……っ!」


 俯きながら笑いを噛み殺して不機嫌な葉山さんを更に不機嫌にさせないよう口を閉じる。

 波を越えて落ち着いた頃に顔を上げると葉山さんは牛乳を飲んでいた。


「牛乳、好きなんですか?」

「悪いか」

「悪くないです。私も好きですし」

「……そうか」


 朝は余り喋らないのかも知れない。昨夜はよく回る口だと思っていたけれど、今朝はそうでもないみたいだ。


 レタスを食べながらふいに視線をリビングに向けると、手付かずの段ボールが一つだけ見えた。


「あれは、」

「片付けるのが面倒なやつだ。CDが入ってる。こう見えても割りと几帳面なんだ」

「五十音順とかジャンル別に並べたいタイプですか?」

「五十音順に並べるタイプ」

「うわぁ……葉山さんらしいですね」

「お前はがさつそうに見える」

「正解です」


 言い当てられた事に若干恥ずかしさもあるけれど、そういうのは先に分かって貰えた方が良いかも知れない。あっさり白状した私に葉山さんは呆れた目を向けて味噌汁を啜った。


 朝食が終わり、食器を洗っている最中に葉山さんがキッチンカウンターの前を横切って行く。


 着替え済みの姿は黒服の時と同じでジャケットが違うだけ。どうやら葉山さんは私服で通勤しない派らしい。


 暫くして食器を洗い終わって手を拭いていると、ハードワックスで頭を固めた“いつもの葉山さん”が現れた。寝癖のないオールバックは葉山さんの強面を惜し気もなく晒して厳しそうな人、という印象を植え付ける。


「俺はもう出るぞ。朝食、旨かった」

「あ、はい!いってらっしゃい」


 見送ろうとキッチンから出てきた私に葉山さんは眉を寄せる。


「別に見送らなくていい」

「分かりました」

「……」


 素直に頷いたのに何か言いたげな葉山さんに頭を捻りながらも、いいと言われてしまっては引き返す他ない。


 自分も準備をしようと背中を向けた瞬間に、葉山さんは小さく呟いて玄関に向かって行った。


 ――行ってくる。


 小さくても確かに呟かれた言葉は私の耳に入り、ほっこりと胸が温まる。誰かから行ってきますと言われたのは久しぶりで、ついにやけた顔を両手で隠しながら準備に向かった。




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