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WL、休日なのに、WL。
聳え立つホテルは高級感を見せつけて、もしもホテルが人間だったならWLはきっと見目麗しいナルシストだ。
芹澤さんや葉山さんが居るホテルは、見た目は穏やかだけど抜け目のない少し腹黒なホテル。
そんな事を考えながら、駐車場を芹澤さんと歩く。
「ディナーブッフェでも良かったんだけどね、前田さん居たら騒ぐでしょ」
「……う、否定が出来ません」
「だからランチ」
「なるほど……」
芹澤さんも実は着替えている。
Vネックの黒いシャツに細身のパンツ、普段は上げている髪を下ろして切れ長の鋭い目は前髪で少しだけ隠れていた。
涼しげな目元は葉山さんとよく似て、クールという言葉が似合う。
室内での業務だからか、黒服はみんな肌が白いような気がする。
襟足に掛かる程度の長さの髪はさらさらで、高い鼻が一際顔立ちを美形に見せる。葉山さんと違って厳しそうな眉をしていない芹澤さんは、笑いさえすればとてもモテそうな顔だと思った。
派遣の子は芹澤さんが淡々としているから怖がっているけれど、中には葉山さんに好意を抱いた宮坂さんのような人も居て、芹澤さんも意外と遠目からきゃあきゃあ言われている事がある。
そんな小さな好意を歯牙にもかけず、芹澤さんはすっぱりと厳しく一刀両断してしまうが。
密かに泣いた子が何人居ただろう。
こうして表から入ってみると、作り上げられたパーティー会場のようにきらびやかで自然と気分が高揚する。
飾られた生花は惜し気もなく姿を披露して、その生花を魅せる為に周囲は暗い色で纏めれていた。
制服の違うドアマンやフロントクラーク、ベルボーイやベルガール。
様々な人が行き交う場所を潜り抜け、芹澤さんはさっさと先に進んでいく。スタッフと言葉を交わし、ランチバイキング(ビュッフェ)の説明を聞きながら案内も余り気にかけずにエレベーターの方へ向かった。
「他のホテル、たまに見に行くんだ。どんなもんかなって」
似たように見えて、細かいところは違う。ホテルの特色や従業員への指導など、それぞれが違うだけで印象はがらりと変わる。
WLは少し尖ったホテルだと思う。
プライドが高そうな、気取った雰囲気のあるホテル。
グリートレス、レストランの案内をする女性スタッフがエレベーターが開いた少し先で待機していた。
すぐに此方に気が付いて、にっこりと愛想良く笑う。
笑顔が素敵な人だな、と思いながら芹澤さんの後に続いて先を歩く。手慣れた動作で中へと案内してくれたそのスタッフに会釈をしながら笑みを浮かべた。
うきうきと踊る内心が顔に滲み出てしまう。芹澤さんはそんな私をちらりと見て、すぐに溜め息を小さく吐いた。
「敵情視察だよ、佐藤さん」
「私今はここで仕事してるんですが」
「それはそれ、実家は違うでしょ。ここは修行先」
「実家って」
痒い。そんな風に言って貰えたら、とってもむず痒い。実家か……と照れる私を見て芹澤さんはランチを食べるよう促した。
冷製前菜、季節料理、温製料理、スープ、デザート。パスタにピラフ、ローストビーフにサラダとバリエーション豊富な料理がブュッフェ形式が並ぶ中、お皿を持ったまま立ち竦む私の背中を芹澤さんが軽く押す。
「感動しなくて良いから食べて」
「冷製スープにパセリが……!ピラフが五穀米……!」
「好きな物をどうぞ」
てきぱきと前菜を盛って、サフラン風味のピラフが盛られたお皿を手に芹澤さんは席についた。
初めての体験で気後れしていた私もハッと意識を取り戻し、クルトンの乗せられた鮮やかなサラダと南瓜の冷製スープを選ぶ。
二度行き来してテーブルに座り、ナフキンを膝に置いてフォークとスプーンを見比べた。
どうしよう、マナー……。心許ない知識しかなく、芹澤さんをちらりと窺う。
「気にしなくて良いよ。大してお上品な場でも無いし。ランチは主婦とか多いから」
そっと周囲に目を配れば、確かに主婦らしき年代の人が多い。カップルも数組居るにしろ、畏まった格好の人は思っているよりも少なかった。
フォークを手にして、前菜のお皿を見つめる。
夏野菜をソースで和えた物とサーモンのカルパッチョが数切れ。それから、エリンギとビーフを炒めた物。正式な料理名はわからないけれど、赤と黒のスパイスが目を楽しくさせてくれる。
頂きます、と小さく呟いた私に芹澤さんは浅く頷いた。
鮮やかなトマトとズッキーニは角切りにされていて、ソースはぴりっと辛くそれでもほんのり酸っぱい。酸味のあるソースは食欲をそそり、もう一口、もう一口とフォークで掬う間にすっかり無くなった。
サーモンのカルパッチョはひんやりとした冷たさが心地好く、添えられたベビーリーフは苦味も無くて食べやすい。
短冊切りにされたエリンギにフォークを刺したら、芹澤さんが私に言った。
「前菜の中ではそれが一番かな」
「え、芹澤さん、もう食べちゃったんですか?」
目の前のお皿しか目に入っていなかったのか、顔を上げて芹澤さんのお皿を見ると既に空になっている事に気が付いた。
弾力のあるエリンギは歯応えが良くて癖になる。同じく短冊切りにされたビーフはとてもやわらかくて、口の中でじゅわりと肉汁を溢れさせた。
「美味しい……」
芹澤さんの作るイタリアンもフレンチも、ホテルの料理に負けていない。
食べてまず浮かんで来たのは、比較するようなそんな言葉だった。
南瓜の冷製スープには青々としたパセリが散らされていて、とろみのある薄いオレンジをスプーンの窪みに掬ってみる。
生クリームもの白さと南瓜のオレンジのコントラストがとても綺麗で、勿体ないと思いながらも一口飲んでやさしい甘さにうっとりとした。濃厚で、それでも冷たいからかしつこくはない。
サフラン風味のピラフも香りが良くて、食べる度に虜にされた。
「美味しい?」
「はい!」
「それは良かった。じゃあ、帰ってきたらうちのランチにも行こうか。比較して貰わなきゃ」
「え!じゃあメモを……」
「持って来てるの?」
「いつでもポケットに、というのは流石に無いですが、鞄にはいつも入れてます」
「ああ、結局持ってるんだ……」
目を細めた芹澤さんに頷き、メモを取り出そうかと身体を捻る。
鞄に手を掛けたその刹那、芹澤さんは「ストップ」と告げた。
「今日は良いよ。料理が目当てで来たんじゃ無いし」
「あ、はい、分かりました」
それでは次に、とあっさり料理へ戻ろうとした私へクスリと小さな笑みが聞こえた。
芹澤さんだって早々と完食してるじゃないですか、というのはいつもながら口に出さず。
意外と内心では葉山さんのように私もずけずけと言っているような気がしないでもない。




