22
完全に言葉が私の中に浸透した瞬間、ぷつん、と何かが切れた気がした。
悔しくて堪らなくなって。
そんな風に、そんな事を。
「私が、そんな事を、するように見えますか」
「……可能性の話」
「私がっ、葉山さんから!そんなに簡単に離れられると思ってますかっ!」
ぐちゃぐちゃになった胸の中には、沢山の不安が溢れていた。
いつ愛想を尽かされるか分からない、いつ見離されるか分からない。そんな風に不安になって、それでも圧し殺して来た。
「いつ、葉山さんが別の人を好きになるか分からなくて、どうすれば良いかも分からなくて、なのに、芹澤さんは」
「……ご」
「葉山さんから離れろって、私に言うんですか!」
「めん」
芹澤さんの言葉を遮って喚いた私に、芹澤さんは珍しく眉尻を下げて項垂れる。
泣き出しそうな私の顔は、とても不細工になっていると自分自身でも思っていた。
だけど、言わずにはいられなくて。
「――葉山さんが、好きなんです」
強引だった。
私を無理矢理助けようとしてくれたあの人は、最初は自己中心的な人だと思った。
だけど、投資だと真顔で言った葉山さんが、葉山さんだけが、私を引っ張って連れ出してくれた。
独り善がりでいっぱいいっぱいになっていた私の腕を引いて、周りを見ろと教えてくれた。
誰かに頼りたくないと思いながら、頼りたくて堪らなかった。
素直になれない私を強引に助けた葉山さん。肩肘を張って頑なになっていた私に力を抜いて良いと言ってくれた葉山さん。
恥ずかしくて逃げ腰になる私を、優しく抱き締めてくれた、葉山さん。
いつだってその腕は、私の為に伸ばされて。
手を取らずにグズグズしていたら、あっという間に引かれていて。
「どうしようもなく、好きなんです」
私が申し出を断ったら、他の人は「そうか、偉いね」と苦笑いをして頷いた。
とても優しい親切を断る自分が嫌で、断った後はいつも自己嫌悪に陥った。
子どもが何を意地張って、と思われているだろう。
背伸びしている自覚はあった。本当は誰かに本気で心配されたかった癖に。
どうしようもなく、葉山さんが好きだ。
気まずそうに私を見たり、照れ臭そうに目を反らしたり、時には意地悪な顔をして、たまに穏やかに目を細めて。
全てに胸が高鳴った。
ああ、この人は私をちゃんと見てくれる。一人きりにはしないのだと。
「佐藤さんは移り気じゃないだろうなとは思ってたけど、一途過ぎ。兄貴じゃなくても他に男は居るし、佐藤さんがそんなに拘るほどに兄貴は魅力があるの?」
「ありますっ!」
「うっわ即答。まぁ、俺が言いたいのは佐藤さんがどうこうじゃなくて、兄貴に拘わらなくて良いよってこと」
「……葉山さんに拘らなくて良いって、どういう意味ですか?」
「不安にさせるような男は止めて、他の一途な男に行っても誰も責めないよ。まだ佐藤さんは若いんだし」
ガツン、と頭を殴られたような衝撃は私の顔色を真っ青にした。
そんな事を考えた事も無かった自分が、余りにも滑稽だった。私が別の人に、という発想に衝撃を受けたのではなく、私が葉山さんとの未来を疑わずに考えていたという事がショックで堪らなかった。
いつ別れるか分からないという不安を抱きながら、私は想像してしまっていた。
葉山さんと二人で歩む、その先の明るい未来を。
知らず知らずの内に葉山さんと生きていくつもりで居た事をたった今自覚して、浅ましい自分に愕然とする。
職業柄だったのか、描いた未来でウェディングドレスを纏った私がガラガラと崩れ落ちて行く。
「せ、芹澤さん、」
「うん」
「別の人じゃ、想像が出来ないんです」
「なんの?」
「ウェディング……じゃなくて、隣に並ぶ想像が、葉山さんとしか、出来ない……」
別の人、という発想が私の中に無かった事が妙に頭を冷静にさせた。
地に足が付いていなかった。
やっぱり私は、浮かれていたのだ。
葉山さんが私を選ぶと慢心して、他の可能性を無いものとした。
見ないふり。
悪い癖は、こんな所でも現れる。
「兄貴の方から離れるような事はないと思うけど。……何か佐藤さんって悩むポイントずれてるよね」
「私が他の人と、って発想が全く有りませんでした……」
「うん、そういう所が可愛いんだけど。兄貴ばっかり得してる気がしてムカつくなぁ」
「芹澤さんは、崎山さんを、」
「まぁ、それは色々あるから。本当に兄貴で良いの?付き合ってやる必要はないよ。不安になってるでしょ、現在進行形で」
不安になってしまったのは、自業自得な部分もある。あんな風に隠れなければ、きっと崎山さんと葉山さんは一緒には帰らなかった。
葉山さんを少しでも疑って、どんな対応をするか気になった自分も悪いのだ。
葉山さんはメールでも、隠さずに事情を言ってくれたのに。
「葉山さんじゃないと、駄目なんです。だから釣り合うようになりたくて……」
あんな風に自分を強く抱き締めてくれる人は居ない。
骨張った逞しい手のひらが優しく髪に触れる瞬間、私は葉山さんが好きなのだと言葉に出来ないほど実感する。
そんな人を簡単に忘れられるなら、きっと今WLで頑張ってない。
「分かった。佐藤さんが兄貴をこれでもかって位に好きなのは」
「……芹澤さん」
「じゃあやっぱり見に行こう。強引な奴だったら牽制しなきゃ危ないでしょ」
「でも、バイキングに出てるような人じゃ無いですよ?」
「ホテルの中に入ればいくらでも会う手段はあるよ。」
どんな手段ですか、と聞こうとして不敵に笑った芹澤さんに嫌な予感を感じ寸前で止めておく。変な事をし始めたらすぐに止めようと頭の隅に置きながら。
「結局、行くんですね……」
「食べてみたかったなら一石二鳥だし。その前に買い物も行こう」
「買い物?」
聞き返した私に、芹澤さんは答えを返してはくれなかった。




