10
午後のパーティーは芹澤さんと梶川さんが担当だった。
出勤が遅かった梶川さんは、私を見るなり喜んでくれてその笑顔にちくりと胸が小さく痛む。
溝口くんは私を見るなり嫌そうな顔をしたけれど、いつもより頑張ったのかあの芹澤さんから褒められていた。
満更でも無さそうにしている溝口くんをもしかしたら芹澤さんは育てたいのかも知れない。……あの人ならやりそうだ。何年仕込みの新入社員にするつもりなんだと言いたくなった。
二度目の勤務が終わってから、控え室に戻った私の携帯に届いたメールの内容は「駐車場で待て」と言うぶっきらぼうなものだった。どうやら、設営は繰り越しになったらしい。
前田さんが教えてくれたのだけれど、ケイと言うのは車の名前ではないらしい。
軽自動車の事をケイ、と読んでいたんじゃないかと過去の不思議を解き明かしてくれた。
謎が解けてから「ケイで行くか」と言っていた父を思い出して、しみじみ思い出に浸ったのは内緒だ。
葉山さんの車はセルシオと言うらしい。
梶川さんがどうしても欲しい車らしく、ちまちま貯金していると言っていた。
従業員入口を抜けて、駐車場の方へと向かう。
そのまま行くのか家に帰ってから出るのかはわからないが、やっぱりどきどきしてしまう。ドライブデート。初めての響きに期待するのは当然だった。
葉山さんのセルシオを見つけ、近くの壁の方に寄る。以前、探していた時に真横から車が発進して驚きの余り暫く立ち竦んでしまったからだ。
なるべく端に寄っていようと決めてから、それ以降車の邪魔になった事はない。人間は学習する生き物です。
「お願いします!」
携帯で時間を確認していると、通路から大きな声が聞こえた。咄嗟に隠れた車の後ろで、小さく身を縮め踞る。
「お願いします、教えて下さい。どうして進行重視じゃいけないんですか?」
「それくらい自分で考えろ。お前、聞いてばかりで情けないと思わないのか」
「だって、営業はプランを絶対に変更させるなって言ってました!なのに、」
「営業は実際に会場に入るスタッフじゃない。考えたら分かるだろう」
「分かりません!」
「……」
「教えて下さい。時間外業務だって言うなら、私がご飯を奢りますから」
必死の訴えは胸が痛くなるほどに悲痛に感じる声音だった。
何も知らない第三者が見ていたら、それくらい付き合って教えてやったら?と言いたくなる位に必死な声。
「今日はもう帰る。考えても分からなかったら明日教えてやる」
「明日は私休みなんです!」
「じゃあ明後日だ」
「嫌です!」
「……お前はどこの三歳児だ」
「お願いします。教えて下さい!今すぐじゃないと気になって眠れません……!」
本当に三歳児か、と言いたくなる説得に何となく胸が痛くなった。
ドライブデートは完全にプライベートだ。だけど、この訴えは例えこじつけだとしても、仕事に関してのものだった。
葉山さんは優しくて、時に厳しい仕事に真剣な人でもある。本人は適当に就職したと言っていたけれど、仕事に打ち込む姿はとても適当とは言えない。
「……分かった。送ってやるからその間に終わらせろ。だが、今後一切業務時間外に質問をするな。もし聞かれても、答えるつもりは更々無いぞ」
「はいっ!」
だから、こうなるのは仕方がない事なのかも知れない。
……なんて、誰が思うもんか。どう考えたってこれは葉山さんが馬鹿だ!大馬鹿だ!
丸め込まれただけなのに、絶対内心では「これで収まったな」とか思ってるはず!
隠れていた私に気付かず、二人は車に乗り込んだ。去っていく車を見送って、久し振りに怒りに燃える。
――馬鹿だ。葉山さんは馬鹿だ。
だけど、一番の大馬鹿は。
「……隠れた私、だと思う」
大声がした瞬間、私は崎山さんだと気付いた。
梶川さんがバラしたと言っていたのだから、隠れなくても本当は良かった。それなのに隠れ続けたのは、最終的に葉山さんがどうするかを知りたかったからだ。
浅ましい自分に対して自己嫌悪もするけれど、きっと葉山さんはまだ私が駐車場に居ないと思っていたに違いない。
振動した携帯が、その予想を裏付けた。
“悪い。一旦崎山を送って行くが、まだホテルに居るならそのまま待っていろ。すぐに迎えに行く。”
珍しく社員が派遣と大体同じ時間に終わったのだ。
チーフはまだ残っているかも知れないが、他の人はもう終わってお喋りに耽っているだろう。特に前田さんと梶川さん。
葉山さんがこんなに早く出てきたのはきっと一直線に駐車場に来てくれたから。
私が待っていると思って。
だけどやっぱり、ああそうなんですねと簡単に気持ちは納得しない。
面倒臭いやつだと思われたくない、でも許せない。まんまと誘いに乗った葉山さん、仕事を絡めた崎山さん。どちらにもむかっとしたのは事実で、それは中々消えそうにない。
「帰る。もう帰る。帰って寝る」
それが一番、楽な道だ。
もやもやしながら待つより、葉山さんに何か余計な事を言う前に、寝てしまうのが最善だ。
くるりと踵を返して駐車場から出ようとしたら、バッタリ前田さんと鉢合わせた。
――何となくそんな予感はしました。
「佐藤さん、ゲット!さぁ飲み行こ!」
「いえーい」
「おー!やった!佐藤ちゃんゲットだ!」
何だかハイテンションな前田さんにやる気のない芹澤さん、にこにこしている梶川さん。
抜け出すにはメンツが強すぎて、諦めて同行する事にした。




