Second part.1
少し書き貯めが出来たので続編を投稿。ペースは遅いですがお付き合い宜しくお願いします。
視点は新入社員の崎山
就職するなり様々な部署に回された。
結果的に宴会部へと配属が決まり、内心ホッとしたのも事実。
研修した中では宴会部が一番雰囲気が温かく、正直言って楽だった。
マニュアル通りに簡単な指示をして、事前準備の確認をするだけ。――そう、思っていたのに。
改めて配属が決まると、研修時とは打って変わって急に厳しくなったチーフやマネージャー。
簡単だと思っていた仕事が全て“失敗のない仕事”だったと気付いたのは配属されてから半月が経ってからだった。
つまり私は、重要な仕事をひとつすら任されて居なかったと言うことで。
研修中だったから仕方がなかったのかも知れない。だけど、その事実を知って受けたショックは計り知れない程に大きかった。
派遣に指示をしてその失敗をフォローすれば良いのだと、安易に考えていた自分に腹が立つ。
実際の所、派遣がした失敗は全て自分の責任になり、スムーズに行かなかった宴会は嫌になるほど苦情が届く。
あちこちから注意され、辟易としている私を見ても周りは誰も慰めを言わなかった。
チーフはただ、「周りをよく見て」としか言わないし、他の社員も「みんな同じだよ」としか言わない。
私の何が悪いのか、どこが悪いのか。アドバイスなんて優しいものは誰一人としてくれなかった。
やり方は教えたと、後は自分で考えろと、指導担当になった芹澤さんは冷たく私を突き放した。
指示を聞いてくれない派遣に苛立って、無理を言い出す客に戸惑って、いっぱいいっぱいになりかけて、それでも誰も助けてくれない。
たった半月で辞めたいと思う私が弱すぎるんだろうか。
今日もまた派遣の子はビールを倒して泣いていた。私にどうしたら良いかと訴えて来ても、私にだって分からない。ひたすら頭を下げる私に客は呆れた顔をした。
「崎山さん、どうして苦情が入ったか分かる?」
チーフは私をデスクに呼びつけ、苦笑いしながらそう聞いた。鼻水が垂れそうになって、慌てて鼻をずずっとすする。
「分かりません……」
涙声で答えた私にチーフは小さく息を吐いて、デスクの上にあるメモを私の方に差し出した。
「今日まで待っていたけれど、崎山さんは一度も見せた事が無いね?」
「え……?」
「メモ帳」
チーフの言っている意味が分からず、ぽかんと口を開けた私に背後から冷たい声が掛かる。
「何でメモ取らないの?まさか自分が記憶力良いと思ってる?」
相変わらず酷い言い種の芹澤さんを振り返り、ポケットからメモ帳を取り出した。
「ああ、持ってたんだ。なのにメモは取らないって……どういうつもり?」
「そんな事言ったって……取るような時間が無いじゃないですか」
「書くから待ってくれって言えば良いだけじゃないの?」
冷ややかな眼差しで私を見つめる芹澤さんに、返す言葉が無くなった。
書く時間を取らせてくれない――と言うのは確かに思い込みだった。思えば、書かせてくれと言った事は一度もない。
だけど、書くような時間は無かったし……と言い訳を自分にしながらも、言われるまでそれに気づけなかった自分自身に正直なところ驚いた。
「いくら教えてもメモ取らないし、やる気ないとしか思えないんだけど。言われた事しかしないし。覚える気がないのかと、」
「芹澤」
チーフが芹澤さんにストップを掛けた。
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。何でそんな風に言われなくちゃならないのだと思う反面、楽勝だと最初から高を括っていた事にも気が付いた。
「泣くならトイレで泣いて。教えてもその場限りでしか覚えない人間に泣く資格なんてないと思うよ」
「――芹澤、言い過ぎ。でも、間違ってはないからよく考えておいで」
前田さんが私の背中を軽く叩いて、事務所を出るようやんわり促す。
言われなくちゃ分からない。何が駄目なのかをちゃんと教えてくれなければ、新人の私には分かる訳がないのに。
そんな事を思いながら、従業員用の女子トイレに駆け込んだ。
辞めたい、もう他に行きたい。ホテルなんて止めておけば良かった。
そんな不満が止めどなく溢れ、流れた涙で顔がぐちゃぐちゃになっていった。
顔を何とか見られるように誤魔化して戻ると、営業と事務所の外で話していたマネージャーと梶川さんが事務所の中に戻って来ていた。
「崎山さん。設営、行けそう?」
チーフの問い掛けについ黙り込む。本当は行きたくない。もう帰りたい。だけど、それじゃあいけないと分かっている。
「行きま、」
「来なくて良いよ」
またしても私に睨みを向けた芹澤さんは、呆れたように溜め息を吐いた。
「そんな顔で行きますなんて言われても、こっちの気分が悪い。チーフ、帰らせても良いですか」
「芹澤」
マネージャーが咎めるように芹澤さんの名前を呼んだ。出鼻を挫かれたような気分になって、俯く私に降ってきたのは、
「俺が組む。二階に降りるぞ」
地獄への招待の言葉だった。
無言のマネージャーに着いてエレベーターに乗り込む。
マネージャーは私を一瞥して、身を翻しエレベーターを降りた。
「設営の紙は読んだな?」
「はい……さっき読みました」
「配置は覚えてるか」
「覚えてる、と思います。確か、ビュッフェ形式で、」
「長テーブルがいくつあった?」
「八つ、です」
「今から向かうのは、全く設営がされていない空き会場だ」
「……はい」
何が言いたいのかよく分からないマネージャーに首を傾げながら、言葉の続きを大人しく待つ。
「崎山に出来る事は何だ」
「え?」
「俺はまず、テーブルを運ぶ。倉庫から会場にな」
「……はい」
「その間に準備出来るものは?」
鬼のような怖い顔でマネージャーは私に凄む。今すぐ逃げ出したくなる衝動に襲われながら、言われた事を考えた。
「く、クロス……?」
「そうだな。取ってこい」
正解したみたいだ。ホッとしてクロスを取りに行こうと踏み出し、いくついるのかを聞き忘れたと気が付く。
「いくつですか?」
「……長テーブルはいくつだ」
「八つです」
「クロスは?」
「いくつですか?」
「お前はインコか」
鬼のマネージャーと言われる葉山さんは、盛大に顔を顰めて私をじっと睨んだ。
「長テーブルの数からクロスの数が分かるだろう。自分で考えて持ってこい」
そう言われて漸く気が付いた私に、マネージャーは呆れを隠さず顔を歪めた。
――言われた事を自分なりに考える。
この日から私の指導担当は、芹澤さんじゃなくマネージャーに変わった。
どちらも私に恐怖を与える人だったけれど、マネージャーは根気強く何度も私に教えてくれた。
一ヶ月が過ぎる頃には、私は何が悪かったのか気付けるようになっていて、みんなが呆れていた理由が何となく理解出来るようにもなっていた。
多分、私は仕事に対して甘さを持ったままだったのだ。
それは他の人からすれば、とても不快で情けなく、教えるのが嫌になるくらいのものだった。
すぐに嫌な顔をする、言われた事だけしかしない、自分で考える事がない、メモを全く取らないから覚える気がないと思われる。かといって聞き返しもせず、単純に自分の中だけで答えを出して失敗する。
派遣の子が曖昧な指示を出す私に不満を持っていたことも、お客が謝るだけで対処をしなかった私に呆れていたことも、マネージャーから問われることで徐々に分かるようになった。
マネージャーがしぶとく付き合って教えてくれたおかげで、私は自分が学生気分で居たことを身を持って知る事が出来た。
気が付いたら、目で追っていた。
強面で、すぐ怒鳴って、それでも根は優しいマネージャーを。
見た目は怖くて厳つくても、派遣の子から恐れられていても、マネージャーの根っこの部分は本当は優しいものなんだと、私だけが知ってしまったような気がして。
マネージャーは優しかった。
言い方や表情は抜きにして、必ず私を答えまで導いてくれる所が優しかった。
だから、私は。
「やっと一ヶ月経ちましたね」
勘違いをしてしまった。
マネージャーは、葉山さんは、私を気に掛けてくれていると。
そこに“何か”があるんじゃないか、と。
「佐藤さん、パワーアップしてたりして!私生活ではどうだったんですか?」
「家で仕事をする訳じゃないだろう。……まぁ、思いの外、疲れる場所ではあったみたいだが」
にこやかな梶川さんが、事務所でマネージャーに話し掛けて。
前田さんがそれに続いて、口にした“彼女”と言う聞きたくない言葉。
耳を通り過ぎて行く話は、私を奈落の底に突き落とすかのように痛い。
マネージャーに彼女が居て、明日からここに勤務する?冗談じゃない。そんなものは見たくない。
チーフや芹澤さんも会話に参加して、他の社員も楽し気に“佐藤さん”の話をした。
気が付いたら、私は口走っていて。
――それに周囲が困惑したのが分かった。




