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 葉山さんの告白から一週間、答えを言わないまま過ごして来た私はかなり現実的な問題に直面していた。


「……どういうこと?」


 控え室に入った途端に聞かれたのは、葉山さんと同じマンションに住んでいるのかと言うもの。聞いてきた女の子の後ろで、宮坂さんが怖い顔をしながら私を睨む。


「何がですか?」


 とぼけた私に更に睨みをキツくして、宮坂さんはロッカーを殴った。取り合えず着替えを始める私に言葉の槍が突き刺さる。


「あんた独り暮らしじゃないの?確か親居ないんだよね?……まさか、そういう話で葉山さんに取り入った訳?」


 私の事情を知らない派遣の女の子が目を見開いて私を見た。


 ――最悪だ。よりにもよって、今日は新人さんが五人も居るのに。


 溜め息吐きたくなる私に未だ宮坂さんは追求を止めない。


「言いなさいよ!」


「宮坂さんに何か関係がありますか?」


「は?」


「業務の話なら分かりますが、プライベートの事は宮坂さんに説明する理由がありません」


 きっぱり言い切った私に宮坂さんが唇を噛む。大体、本当に付き合ってるとかそういう色っぽい関係じゃない。居候させて貰っているだけだ。……今のところは。


「……そんな態度取るならこっちにも考えがあるし」


 どんな悪役の台詞だ。

 ツッコミを入れたくなるのを我慢して、シニヨンで頭を纏めて身形を整える。


 ゆっくり振り返って、丁寧に一礼。


「それでは今日も宜しくお願いします」


 腹が立っているとは言え一応と頭を下げた宮坂さん。仕事に切り替えた後の顔は見事に俊敏なスタッフに見える。それでも、苛々は隠しきれていないけれど。



 十九時から約二時間の、六卓総勢四十八人パーティー。

 宮坂さんが入るのは別のパーティーだけれど、帰りにまた控え室で顔を合わせるのは避けられない。しゃんと背中を伸ばして事務所へ向かった私に、葉山さんの視線が刺さる。


 わざとらしく誰かに背中を押され躓きそうになった私を見て、宮坂さんがひっそりとほくそ笑んだ。


 見ていた葉山さんは目を鋭くしたけれど、何も言わずに横切っていく。


 これくらいは日常茶飯事、派遣の小さないざこざに社員は首を突っ込まない。業務にひどく支障を来す場合に限り様々な配慮をしてくれるけれど、今葉山さんが何も言わなかったのは私が業務に来すような感情を抱いていないと判断したからであって、知らない振りをされた訳じゃない。


 それでも、宮坂さんは葉山さんに何も言われなかった私を見て笑う。これがヒートアップして言い合いになったなら、社員さんが間に入るだろうけど…そんな事にはしたくない。


 にっこり笑って出勤を記入し、宮坂さんに渡す。気にしてません、という愛想笑い。これくらいは反撃しても大丈夫だろうと判断して、自分の心が掻き乱されない程度にストレスを解消しておく。


 宮坂さんと違って、絶対に私は顔に出しません。そんな意味を僅かに込めて。


 割り当てられた会場へ向かい、今日のパーティーを担当する梶川さんに指示を仰ぐ。訊ねること、指示を聞くこと、勝手に動き出さないこと、段々と板について来た私は、出来うる範囲で成るべくレベルの高いサービスを提供出来るように心掛けていた。



 *


 何事もなく終えたパーティーは、片付けも経てまっさらな会場に戻される。午後二十二時を迎えて、宮坂さんの方のパーティーより早く終わった事に安堵した。


 予想していた通りチーフは、私が入ったパーティーに入っていた派遣社員全員先に上がるように言った。以前までの私なら、別会場の片付けも手伝うと申し出ていたけれど、今は素直に帰宅する。宮坂さんに会わないうちにと、さっさと着替え外観が麗しい職場のホテルを後にした。


 むかむかするのは背中を押された一件で、やっぱり消化出来ていない。

 二十二時半まで開いているスーパーに滑り込んで食材を買い、葉山さんの自宅兼私の居候先に帰る。


「……あれ、明日休み?」


 マンションに付いた後に気がついたメールは派遣会社からのもので、朝も夜も仕事がないことを知る。


 久し振りの丸一日の休みに宮坂さんへの苛立ちは飛び、反対に少しだけ苦笑い。仕事が無かったら寂しいと思うくらいワーカホリックの癖して、十二連勤もすると休みが嬉しくなる単純な私。


 夕飯は特に拘らず焼き魚と肉じゃが、その他二・三品を手早く作って行く。


「お風呂と、洗濯と…」


 時短レシピのお蔭であんまり手間が掛からずに出来上がった料理をテーブルに並べ、お風呂のお湯を溜めるスイッチをオンにする。


 昨晩、最後に入った葉山さんが浴槽は洗い済みだ。お風呂を洗うのは最後に入った人、と家族会議ならぬ同居人会議で決めてある。他にも洗濯は私、ごみ出しは葉山さんと役割分担は決まっていた。


 なんとハイテクにも、葉山さんの自宅には乾燥機が置いてある。出掛けに回して既に乾いている洗濯物を取り出して、リビングでせっせと畳んでいく。


 ちなみに、葉山さんのパンツはボクサータイプ。下着を見られるのが何となく嫌だという理由で、私の方が洗濯を申し出た。最初はどきどきしていた葉山さんのパンツも、三日もすれば慣れたものだ。


 手早く畳んで重ねていき、葉山さんの自室の前のかごに入れておく。このかごも私の提案で、葉山さん不在の部屋に入るのを遠慮した結果だった。



「もう終わるかな」


 帰宅する時は必ず私にメールを入れる葉山さん。それに合わせてご飯を出すようにしているのは、単に一人で食べるのが味気ないからだ。


 そろそろ終わる頃、と携帯を開いて時間を見る。


「あれ?もう十二時?」


 バタバタしていたせいで時間の流れがとても早く感じる、と考えて首を傾げる。


 そう言えば、連絡がない。


 葉山さんは深夜十二時を越えそうな時はなるべく連絡をくれる。先に食べて寝ていて欲しい、という意味を込めて。


 今日はまだその連絡がないなと思いながら、取り合えずは待ってみる。


 そうやって、連絡が来ると思っていた私の元に、結局葉山さんからの連絡は明け方を過ぎても来なかった。



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