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投稿テストを兼ねた作品です。

 今現在、私はやむを得ずネットカフェで生活をしていた。すっかりその生活に慣れてしまって、今では店員さんとも顔なじみだ。話したことは殆どないが、私の顔を見るたびに「今日もか……」と言いたげな視線を向けられているので恐らく顔なじみで間違いない。

 ついさっきもチラリと見られた。交代の時間なのだろう、入れ替わりできた別の従業員から生暖かい視線を向けられたのだ。そのせいで若干気まずい思いをしながらも、喉が渇いたので飲み物を取りに行く。

 ドリンクスペースでアイスティーにミルクを入れていると、スーツ姿の綺麗な女性から話し掛けられる。その人が最近になって知り合った相手だと私は気付き軽く頭を下げた。


「こんばんは」

「こんばんは、美月みつきちゃん。あの話なんだけどね……本当に大丈夫?」

「……大丈夫です。すみません、本当にありがとうございます」


 明子(めいこ)さんは少し眉を寄せて、気遣うように聞いてくれた。

 出会ってそんなに経っていないけれど、明子さんはとても優しい人だ。付き合い始めて日が浅くても、その間に何度も会話をすれば良い人だと言うことは分かる。パッと見は真っ赤なルージュが似合いそうなグラマラス美人だが、着ているスーツは柔らかい色合いで爪の先もパステルカラーだ。目尻が少し上がり気味だから勝気な顔に見えるのだけれど、そんな自分を理解しているらしく明子さんは意識して淡い色ばかりを身に付けていた。ビビットカラーが顔にはぴったりなんだけどね、と苦々しい表情で話してくれたのはまだ記憶に新しい。

 だけど、私は思うのだ。明子さんのような美人が少女漫画を涙ぐみながら読んでいる姿はとても可愛らしくて、コンプレックスに感じているというきつそうな顔立ちなんてそんなものは全く気にならないと。むしろ、そのギャップ萌えというものを明子さんは武器にしても良いと思う。女の私でもきゅんとしてしまったくらい可愛い姿だったのだから。

 そんな素敵な明子さんの顔が、たった今私のせいで曇っている。これはいけない。慌てて明子さんに微笑んで大きく頷いてみせた。


「制服は来てから渡すって言ってるから手ぶらでも大丈夫よ。……無理、しないようにね」

「はい! 明子さんの顔に泥を塗らないように精一杯頑張ります」

「……そんなに畏まらなくてもいいのよ。困った子」


 明子さんは苦笑いして、少し拗ねたような顔をした。そんな顔もとても綺麗だ。とはいえ、私のせいで悲しませるのは頂けないのでもう一度にっこりと笑って明子さんを見つめる。


 私が明子さんに紹介して貰ったのは、軽食を作る裏方の仕事だった。詳細はとっくに聞いていて、どんな仕事をするかも事前に理解した上での勤務なのでなにも不安なことはない。


「もっと子供らしくても良いと思うんだけど……」


 そう言って肩を竦めたあと、明子さんは逆さになっていた空のグラスを手に取った。どれにしようかと悩んでいるのか、グラスはなかなかサーバーに置かれない。


「……やっぱり、最初は揉まれましたから」


 どう返して良いか分からなくて、どう言えば気を遣わせないで済むのかと考えた結果、否定も肯定もしなかった。曖昧な言い方で自分の気持ちを誤魔化すことしかできない。そうですねとも、それは無理ですとも言えないようになってしまった。心配してくれているのに、話を流すことばかり考えてしまう。


「ねぇ、美月ちゃん。周りが大人ばっかりで、ずっと辛かったんじゃない?」

「楽しいことも沢山ありましたよ。知らなかったことをいっぱい知ることができました」


 ミルクティーに仕上がったグラスを手にして後ろを振り返ると、明子さんはまるで保護者みたいに優しい瞳で――それでも、苦い顔をしていた。


「……まだ、十八歳なのに」

「来月で十九歳ですよ。あと一年と少しでようやく二十歳になれます」


 ようやくだ。ずっと待ち望んでいた、大人になれる節目の年。大人だと認められる年齢にやっとなれるのだ。


 両親が亡くなったのは中学三年生の時だった。

 高校進学を諦めて働くことになった私は、両親の恩師だったという中年男性のツテにより、幸運にもすぐ仕事が決まった。中年男性は本当に気の良いおじさんで、家賃の安いアパートを探してくれて保証人にもなってくれた。けれど、そのおじさんが事故で死去した後に、私の生活は劇的な変化を迎えた。おじさんは私の存在を家族には黙っていたらしく、烈火の如く激しい勢いでおじさんの妻は私を目の敵にした。囲うなんて冗談じゃない、まさかパトロンになっていたなんて、とおじさんの妻は息巻きながら言っていたけれど、それは完全に誤解だった。

 おじさんはアパートの保証人になって、最初の月だけ家賃を肩代わりして、携帯を契約してくれただけで、直接的に金銭は一切受け取っていなかった。それに、最初に払ってくれた一ヶ月分の家賃は既に返済済みだった。おじさんの妻が言うような怪しげな関係は全くない。そう言っても、おじさんの妻は当然のように信じてはくれなかったけれど。あれよあれよと言う間に大家に話をつけられて、無情にも私は退去を命じられた。


 ――それが三ヶ月前のことだ。

 未だ未成年の私に保証人なしで部屋を貸してくれる不動産屋はいない。おじさんが仕事先を紹介してくれていたことをおじさんの妻は知らなかった。職を失わずに済んだのは、不幸中の幸いとでも言うべきだろうか。

 しばらくは、いつか必要になると思って溜め込んでいた貯金を切り崩してネットカフェに泊まる生活が続いた。

 そして一ヶ月前、明子さんは私に気さくに話し掛けてくれて、毎日のように顔を合わせていればお互いなんとなく話すようになった。明子さんはとても話が上手だ。巧みなその話術により、何故か私は身の上話をすることになり明子さんは真剣に最後まで話を聞いてくれた。

 ネットカフェ生活は当然財布にやさしくない。よければ保証人になるわ、と明子さんは言ってくれたけれど、流石にそれは遠慮させて貰った。おじさんみたいに両親の知り合いだったとかそういう関係とは違い明子さんは全くの他人で頼るにしても限度というものがある。親しき中にも礼儀あり。両親からもよく言われていたことわざはしっかり私の中にも染み付いている。

 明子さんのありがたい申し出を一も二もなく断ったのに明子さんはせめてもの協力といって、親切に仕事を紹介してくれた。きちんとその仕事の良いところと悪いところ、店の評判や今お店にいる人の話まで聞かせてくれて。


 人の縁って言うものはすごい。明子さんと出会ってつくづくそう思わされた。

 今のところ現代版家なきこだけれど、私は仕事ができる歳だ。現実的に考えれば、家に帰るような時間が無ければいいわけで。今、私がしている仕事は基本的に朝の十時から夕方六時まで、紹介して貰ったアルバイトは夕方七時から翌朝三時まで。三時から十時までの七時間を何とかやり過ごせばいい。夜にも働けるようになったならネットカフェでの滞在時間は減るし、何よりお金が稼げるのは魅力的だった。


「美月ちゃん見てると、うちの妹はなんて子供っぽいんだろうと思わされるわ」


 明子さんは溜め息を吐きながら呟いた。毛先が緩やかに巻かれている焦げ茶色の綺麗な髪は大人っぽくて羨ましい。


「明子さんの妹さんはおいくつですか?」


 綺麗な明子さんとは裏腹に私は仕事以外では全く化粧っ気のない顔で、髪だって染めたことのない黒髪で野暮ったいショートヘアだ。きっと、明子さんの妹さんも綺麗な人なんだろう。明子さんは気遣いができてその上面倒見がすごくいい。妹さんと服を買いに行ったり、メイク道具を選んだりするのだろうか。


「今年で十九よ。デザイナーになりたいとか言って専門学校に通ってるの」

 デザイナー! 思った以上におしゃれな人みたいだ。

「デザイナーですか。凄いですね」

「全然。我が儘で嫌になっちゃうわよ」


 嫉妬や羨望の気持ちがない訳ではない。大学生や夢に真っ直ぐな人を見ると、やっぱり自分もそんな道を歩いてみたかったと思う気持ちになる。高校生にすらなれなかった私は他より人一倍頑張らなくてはならないことも、よく分かっている。高卒資格がない状態では、どこも社員として雇ってはくれないから。


「……美月ちゃんは凄いと思うわ。早くから働いてるのもそうだけど、それだけじゃなくて……余り卑屈になっていない所がね、凄いのよ」


 明子さんはドリンクスペースの反対側の壁に凭れて、しんみりとそう言った。

 確かに、境遇が可哀想だとか早くから働いて偉いだとか、同情されたことは沢山ある。自分から言い出さなくても噂はある程度広まってしまうし、そればっかりはどうにも出来ない。だけど、反発して同情は欲しくない! なんてことは思わないし、自分が世間的に可哀想な立場だと言うことは理解して受け入れている。十七歳くらいのときだっただろうか、自然とわだかまりが消化されて、可哀想だと言われたら苦笑いするようになり、偉いねと言われたら愛想笑いをするようになった。


 仕事をするときは絶対に泣かない。“これだから若い子は、これだから中卒は”って言われないように、必死になって働いて来た。人より社会人になるのが早かっただけで、いずれ誰もが通る道。思っていたよりもあっさりとした気持ちで割り切ることが出来た、と思う。

 だから、周りからはよく言われる。

 ――中卒だなんてそんな風には見えないね、と。


「あの、明子さん。……私、今日はもう休みますね。仕事のこと、本当にありがとうございます」

「いいのよ。少しでも私が勝手に何かしたいと思っただけだから。……おやすみなさい、美月ちゃん」

「おやすみなさい、明子さん」


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