第8話「店長さんにアタック」
わたしは店長さんに恩返しできてるんでしょうか?
いつもお店で働いているけど、売上は大変みたいだし…
テレビの取材も、なんだか失敗はわたしのせいとかなんとか…
そんな迷える子羊にコンちゃんが助けの手を!
コンちゃんの出したのは「鶴の恩返し」…なんだけど…
「ねぇ、コンちゃん」
「なんじゃ、ポン」
朝のパン屋さん。
もうお店の方の準備は終ってて、あとは開店を待つばかり。
わたしはコンちゃんの祠の掃除をやって、ご神木に水やり。
コンちゃんは今、歯を磨いている最中です。
朝のコンちゃんはスケスケな寝巻きなんだけど……
髪はボサボサでセクシー半減です。
歯を磨いている最中は、なんだかお腹を掻いたりしてますよ。
「コンちゃんその寝巻き、恥ずかしくない?」
「なんじゃ、これか?」
「うん……スケスケ」
「これがいいんじゃ、わかってないのう、ポンは」
「だ、だって……」
「これを見たら男どもはイチコロなのじゃ」
「でもでも店長さんには通用しませんよ」
「ふん、あーやって気のない素振りで実はちらちらとわらわを見ておるのじゃ」
「あ! それはあるかも!」
わたしの手のジョウロから水がなくなります。
コンちゃんの方を改めて見ると……正直目のやり場に困っちゃいます。
「店長さん怒ってるんじゃないです?」
「なんでじゃ?」
「だって、その格好はちょっと……どこ見ていいのか」
「ふむ、ポンはどこを見ていいのかわからんか……どこに目がいくかの?」
「そ、それは……その」
「ここか? 胸か? のう?」
「うう……胸とかお尻とか……」
「ポンもエッチじゃのう」
「こ、コンちゃんが聞いたのに!」
コンちゃん腕でもって胸を強調するポーズ。
「店長は怒っている振りをして、わらわにぞっこんなのじゃ」
「そ、そんな~」
「ポンが結婚する前にわらわがゲット!」
「うう……」
じっとコンちゃんを見ます。
スタイルばっちりです。
わたしが山で勉強した雑誌にも載ってたのに負けないプロポーション。
コンちゃんにはかないませんよ!
「うう……」
「なんじゃ、ポン、いつもみたいに『コンちゃんなんかおばあちゃん』とか言わんのか?」
「うう……だってコンちゃんのスタイルが良いのは本当なんだもん」
「ああ、つまらん、ポンが怒るのが面白いのに」
「むー!」
わたし、自分の胸を触ってみます。
この間「どら焼き」って言われました。
ずばりな表現です。
でも、どら焼きよりはやわらかいと思うんだけど……
「なぁ、ポンよ」
コンちゃんが口をよそぎながら言います。
「おぬしは店長に命を救われた……んじゃよな?」
「うん、お腹空いているところを助けてもらったから」
「それで、恩返しでここにおるわけなんじゃよな?」
「うん」
「で、ポンは恩返ししておるのか? 恩返し出来ておるのか?」
「!!」
「ポンは恩返しとは、どんな事と思っておるのじゃ?」
「そ、それは……」
わたし、考えちゃいました。
言われると、すぐに出てきません。
「そ、それは……」
「どうじゃ、ポン、おぬしの恩返しを言うてみい!」
「え、えっと……」
わたしが山に捨ててある本で勉強した事……
そう、男の人は女の子に胸をときめかせるんです……
だから、女の子の姿になって恩返しに来たんです……
「わたしは捨ててある本で勉強したんですっ!」
「おお、で、どーするんじゃ!」
「そ、それは女の子なんでやっぱりセクシー!」
「は……」
「だ、だからセクシーで……セクシーで……」
コンちゃんを見ると、開いた口が塞がらないみたいです。
「な、なんです! コンちゃんが聞いてきたから言ったのに!」
「い、いや、ポン、おぬしの口からセクシーなんて言い出すとは思わなんだ」
「え?」
「いや、ポンはもっと清純なのかと思ったが、おぬしもう処女ではないのか?」
「きゃー!」
「まだ……よのう?」
「わたしの初めては店長さんに捧げるんですっ!」
「ふむ……では、とっととセクシーで恩返しすればよいではないか」
「えっ!」
「わらわみたいに、スケスケで迫るのじゃ、持っておらぬなら貸すが?」
「そ、その格好をするのは……こっぱずかしい……」
「おぬし、何をするのか知っておろう、はずかしがるところか」
「そ、そんな~」
わ、わたし捨ててある雑誌で勉強してるけど、やったことないもん。
「コンちゃんわたしにも出来る作戦ないですか?」
「むー、しょうがないのう、この狸娘は頭でっかちで困るわい」
コンちゃん考えてから、一度お店に引っ込みました。
すぐに一冊の絵本を手に戻ってきます。
お子さま用の絵本。
「これ、読んだことあるかの?」
「ふえ?」
見れば「鶴の恩返し」。
「これはお店の本棚にある絵本ですよね……読んだことないです」
「ポン、おぬし余計な知識ばっかりで、こーゆー基本がなってないのう」
「き、基本っ!」
「そうじゃ、この通りにするんじゃ!」
パラパラめくって読んでみます。
子供向けで字が少ないからあっという間におしまい。
「コンちゃん……わたしはタヌキで鶴じゃないから……飛んで行けません」
「バカかおぬし、恩返しのところが大事なのじゃ」
「え……毛で織物なんかしたら風邪ひいちゃいます」
「痛い……じゃないのか?」
「そ、それは痛いけど……」
わたし、やっぱりわかりません、鶴じゃないから!
「むう、ポンは本当に世話がやけるのう……」
「だ、だって~」
「よし、わらわが手本を示してやる」
夜、夕飯が終ってお風呂も終りました。
テレビを見て、あとは寝るだけです。
『コンちゃんお手本は?』
『うむ、今からやるから、よく見ておけ』
わたしとコンちゃんは一緒のソファーで、店長さんは向かいのソファー。
コンちゃんが立ち上がって、
「うむ、もう寝るとするかのう」
「コンちゃんおやすみ」
「店長も一緒に寝るかの?」
「うんにゃ」
「てれずともよい」
コンちゃん言いながら、一人お布団の部屋に向かいます。
ふすまを開けて、隣の部屋へ、
「店長、そんなに女の誘いを断るとは……」
「女っても、お稲荷さんだし……」
「ふん、恥をかかせおって……クスン」
あれれ、コンちゃん泣いてますよ。
目をこすりながら、
「謝っても、ゆるしてあげないんだから!」
なんだか言葉遣いもいつもと違います。
ふすまが閉まって、わたしと店長さんだけ。
「店長さん、コンちゃん泣いてましたよ」
「なんだかウソ泣きっぽかったけどな~」
「見にいかなくていいです? へそ曲げてるかも!」
「……」
店長さん、なんだか浮かない顔で立ち上がると、ふすまを開けます。
「コンちゃんなにを……」
ふすまの向こうには、裸のコンちゃん!
「店長……わらわは裸を見られたからには……もう」
「……」
「責任取って!」
コンちゃん瞳をウルウルさせて、店長さんに抱きつきます。
う、うまい、こーやって店長さんのハートをつかむのか!
ふすまを閉めていて、開けるといきなりで、逃げられないのがミソみたいです。
「好き……」
コンちゃん瞳を閉じて、店長さんの背中に腕を回してます。
ああ、いいな~、わたしもあんなに抱き合いたい。
店長さんも、コンちゃんの背中に腕を回しました。
こ、恋人みたいですよ。
「ぐえ……」
でも、なんだかカップルの台詞には合っていない声がしました。
見ればコンちゃんぐったりしてます。
店長さんそんなコンちゃんにパジャマを着せて、お姫さま抱っこして、布団に寝かせちゃいました。
「て、店長さんどうしたんです?」
「コンちゃんいつもふざけてばっかで……こう、ぎゅっと抱きしめて気絶させたの」
「この間もやってましたね」
「ポンちゃんもやってほしい?」
わたしブンブン横に首を振ります。
でもでも、なんとなく作戦はわかりました。
ふすまを開けさせるのがいいみたいです。
開けたら「言いがかり」をつけて、既成事実完成。
わたしも作戦実行するしか!
「店長さんおやすみなさい」
「ポンちゃんおやすみ」
「店長さん、わたしが部屋に入ったら、ふすまを開けてはいけません」
「……」
「ではでは、おやすみなさい」
ふふふ、「鶴の恩返し」だってそうです。
「開けたらダメ」って言われると、開けたくなるんですよ!
ふすまを閉めて、あとは店長さんを待つばかり。
『ポン、うまく持ち込んだの!』
『コンちゃん起きてたんです?』
『うむ、なんだか寝かされたところで目が覚めた……どうなったかさっぱりわからん』
『そうですか』
『しかしさっきの台詞だけで店長が来るかの?』
『ダメって言われたら、やりたくなるものなんです!』
『おお、ポンもなかなかやるのう』
あ、店長さんの足音が近付いて来ます。
早く脱がないと……でも、はずかしいから下着は着てよう。
「ポンちゃん!」
ふすまが開きます。
店長さん、隣の部屋の明かりを背にシルエット。
「ててて店長さん開けちゃいましたね!」
「……」
「わわわわたしは正体を見破られたからには……」
「鶴の恩返しだと、出て行かないといけないんだよね」
シルエットだった店長さんの顔が見えてきました。
笑ってるけど、ひきつってて、怒ってます。
「え……わたしコンちゃんから既成事実って」
と、とりあえずコンちゃんのせいにしちゃえ。
「わらわはそんな事言ってな~い!」
コンちゃん起き上がって大否定。
店長さんの肩が震えてます。
にっこり笑顔の額に「怒りマーク」。
そんな「怒りマーク」がピクピクしながら大きくなります。
村の夜は暗いです。
お店の前なんか駐車場で、本当に真っ暗。
わたし、コンちゃんと一緒にお店のドアの前。
「ポン、おぬしのせいで追い出されたではないか!」
「こ、コンちゃんの言う通りやっただけだもん!」
「おぬしなんか好かん!」
「わ、わたしだって!」
でもでも、離れられません。
だって山の夜は寒いんです。
「ねー、コンちゃん、なにか別の作戦はないんですか?」
「むー」
コンちゃん考える顔をしてから、
「大きなつづらと小さなつづらの話なんかどうかの?」
祠の神さまはコンちゃん…
村のご神木さんは、今は枝になっちゃってます…
わたし、おばあちゃんに他に神さまいないか聞きました。
なんでも山のてっぺんに、別の神さまがいるらしいです。
そんな神さまに手を合わせたら、わたし、とんでもない事をやらかしちゃいます。