第3話「馬糞のおはぎ」
「命をかける……ふむ……たとえば?」
「タヌキは狸汁……キツネは……思い浮かばないです」
「ああ、そう、昔流行ったんじゃが、襟巻きがある」
次回はコンちゃんとわたしで店長さんの命令遂行です。
わたし、成功させて店長さんと結婚…できるのかな?
「化けタヌキの技といえば馬糞のおはぎのいたずらとか」
店長さんが言いました。
そんなわけで、三日目はコンちゃんと一緒に馬糞のおはぎを作らないといけません。
「ねぇねぇ、コンちゃん」
「なぁ、ポンよ、そのコンちゃんはやめぬか」
「なんで?」
「お前にコンちゃんとか言われると、ちょっと不愉快じゃ」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「お稲荷さま」
「でもでも、コンちゃんの方がかわいいよ」
「は?」
「お稲荷さまって……いなり寿司みたいにしわしわな感じでかわいくないよ」
「うう……いなり寿司か……たしかに美味しいが、見た目はかわいくないな」
「でしょ、コンちゃんの方がかわいいよ」
「うむ……しかたない、ポンの方があの家では一日先輩故、従うとするかの」
「うふふ」
「しかし、あの人間もけったいな事を言い出すな」
「うん?」
「馬糞のおはぎ……どこでそんな話を……」
「昔話であるみたい……キツネやタヌキの定番なんだって……わたし知らないよ、そんな悪さをするのはキツネだけだよ」
わざと言ったら、コンちゃんすごい剣幕。
「ご、ごめん、わざと言っただけだし」
「大体馬糞なんて、わらわみたいな神がさわる訳ないじゃろう」
「でも、タヌキも馬糞を人に食べさせるなんてした事ないと思うよ」
「うむ、そうであろう」
「でもでも、店長さんがやれって言ったから、わたしはやるよ」
「!」
「馬糞のおはぎを持っていったら結婚してくれるなら、わたし頑張る!」
「ポンはあの男が好きなのか?」
「わたしがもう死にそうな時、店長さんはパンをくれました……あの時からわたしの命は店長さんのもの」
「じゃあ、狸汁にでもなればよいのじゃ」
「そ、そんな、死んじゃいます!」
「命はあの男のものじゃないのか?」
「コンちゃんいじわるな事ばっかり言います」
わたしも反撃はんげき!
「コンちゃんは結婚できません!」
「うん?」
「だってコンちゃんは、店長さんのために命をかけれますか?」
「命をかける……ふむ……たとえば?」
「タヌキは狸汁……キツネは……思い浮かばないです」
「ああ、そう、昔流行ったんじゃが、襟巻きがある」
「コンちゃんよく知ってるね」
「うむ、昔は猟師がキツネで襟巻き作っておった……まったく」
「ふえ……それは猟師がキツネを鉄砲で撃って殺して」
「うむ、それで皮を剥いで作るんじゃ……まったく」
それまで怒っていたコンちゃんは、すぐに頬を赤らめて、
「うん、そうだな、わらわがあの男の襟巻きになるのもよかろう」
「ええっ、コンちゃん本気でやるつもり!」
「うむ……そうじゃな……」
コンちゃんはさらに頬を赤らめると、
「こう、寒い夜にじゃ、あの男の布団に入って、わらわが毛皮代わりになって……」
「こ、コンちゃんそれって全然命がけじゃないよっ!」
「そうか? しっかり絡み付いて、もう朝まで……」
「コンちゃんのエッチ!」
「まぁ、お子さまのポンには大人の世界はわからぬじゃろう」
「わわわわたしだって、山に捨ててある雑誌で勉強したんだから萌え免許皆伝です」
「まぁ、胸が大きくなってから言うんじゃな」
「もう、コンちゃん意地悪ばっかり!」
そんな事を話ながら村を歩いていたけど、いつのまにか田んぼと畑しかなくなっちゃいました。
もう、すっかり村外れ。
「コンちゃん、どうしよう」
「うん?」
「村から出ちゃったよ」
「よいではないか……ほら、あそこに牛がおるから、馬もおろう……」
そんな事を話ながら、またしばらく歩きました。
歩けども歩けども、出会うのは牛ばかりです。
「馬、いないよ」
「うむ、そうじゃな」
「あ、あそこにおじいちゃんがいるから、聞いてみる」
すぐに走って行って聞くと、
「ああ、この辺に馬はいないなぁ」
「ええっ! どうしてっ!」
「牛は牛乳とれるからの、馬は……昔はおったけど……そうそう、山を越えたら競走馬を預かってるよ」
「えー、山を越えるの」
「うん」
「どうすれば……」
「この辺は山を越えるバスもいないからな、でも、車なら一時間もすれば」
「はい……」
とぼとぼと戻ってコンちゃんに報告。
山を越えるなんて、遠すぎです。
でも、コンちゃんは顔色一つ変えずに、
「じゃ、明日にでも行こう、一度街に出てから電車にでも乗れば行けるじゃろう」
「コンちゃんでもでも!」
「なんじゃ、ポン?」
「だ、だって明日って」
「あの男は別段今日とは言ってはおらぬ、急いで大事になるより、ゆっくりしっかりじゃ」
「コンちゃん、すごい大人」
「大体歩いて行くなんて難儀じゃ、バスと電車で行けるじゃろう」
でも、村に帰ってみたら、誰もいませんでした。
夜になっても、灯り一つない村。
どの家も真っ暗で静かです。
「コンちゃん、誰もいないよ」
「うむ……ともかくパン屋に戻ってみよう」
でも、途中でパン屋の窓が真っ暗なのに、涙がこみあげて来ました。
鍵もかかっていなくて、中はガランとしてます。
「コンちゃん、どうしたんだろ?」
「うむ……今朝出る時はなんともなかったのにな」
「店長さん、帰って来ないのなか?」
「うむ……なんだか様子が変といえば変」
コンちゃんはちょっと考えてから、
「さっき畑で会ったじいさんは、どうなってるんじゃ?」
「そ、そんなのわたし、知らないよ」
でも、謎を解く切っ掛けはそこしか!
「わわわわたし行って来るっ!」
「バカ、やめておけ、おぬしがタヌキだとしても、野犬にやられるぞ」
「うう……」
「しかし、村全体が真っ暗……そういえば、最近トラックがやたら走っていて……」
そこまで言って、コンちゃんの表情が凍りつきました。
瞳を見開いたまま、震え出すコンちゃん。
「ここは……ダムに沈む……ダムつくってるおるから」
「え!」
「村全体が、別の所に引っ越したんじゃろう」
悔しそうに唇を噛んでいるコンちゃん。
「店長さん、わたし達置いていっちゃったのかな?」
「うむ……ヤツも所詮は人間じゃからな」
「うう……わたし店長さんの事、本当に好きだったのに」
「所詮人間と獣や神とでは、結ばれぬ運命なのよ」
「わーん!」
思わず声を出して泣いちゃうと、コンちゃんがそっと抱きしめてくれました。
店の中は真っ暗で、窓から入ってくる月明かりが青白い。
「わーん、あの時パンをもらって、好きになったのに~」
「うむうむ……そんなヤツには見えなかったが」
その時、店の外に小さな明かりが見えました。
一つ、何かのライトみたい。
近付いて来ると、バイクです。
ドアが開いて、カウベルがカラカラと鳴ると、そこに店長さんが立ってました。
「店長さんっ!」
「あー、ごめんゴメン」
「どうして、わたしを置いて行っちゃったんです!」
「あー、ポンちゃん泣くなよ、もう……」
「それより、村はなんで真っ暗なのじゃ?」
「ああ、今日、ダム工事で停電……村の人はまとまって温泉に行ってるよ」
「おぬしは?」
「戻って来るつもりだったんだけど、途中の工事現場で事故でさ、車通れないから、現場の人にスクーター借りて戻ってきたんだ」
「そう……か」
店長さんはシャツでわたしの涙を拭いてくれました。
ハンカチも持っていたけど、それはコンちゃんに渡してた。
「看板娘をほっとけないしな」
「わーん、店長さん大好きっ!」
「うむ、今宵はわらわが襟巻き代わりになって、暖めてやるぞ」
わたしとコンちゃんで、店長さんを両手の花!
でも、店長さんはわしっとわたし達のしっぽをつかまえて、
「しっぽ、出てるよ」
もう、わたしもコンちゃんも真っ赤々!
「店長さんのエッチ!」
でもでも、月明かりは青いから、店長さんにはわからなかったと思うよ。
店長さんが帰ってきてよかった~
でもでも、また新しい問題発覚です。
村がダムに沈んだらお店ができないんです。
そこで店長さんは移動販売の車を準備するんですが…
それをコンちゃんが吹き飛ばしてしまうんですっっ!