表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

甘い罠

作者: U-NO


「好きなんだ、付き合ってくれないかな」


一世一代の告白。そう言えるほど大それたものでもないけど、やっぱり緊張するもんはする。でもそんな素振り絶対に見せたくないから、ぎゅっと握りしめた両手はズボンのポケットに突っ込んだ。……あ、やべ、手汗でなんかぬるぬるしてきた。制服の裾で手を拭って必死で余裕そうに見えるようにしながらも、体が強ばったままの俺に返ってきたのは、――…ぼろぼろ異常なくらい涙をこぼして何度も何度も謝りながら教室を出て行く彼女という、予想もつかない応えだった。



甘い罠



ふと視線を向けると目があったり、話し掛けられる回数が他の男子より多かったり。まぁ言ってしまえばたったそれだけの理由なんだけれど、意識するには充分だろう。そっからメールとか、よく話したりとかするようになって来たころ、いけるかな、なんて思ったのが運の尽きだったのかもしれない。勇気が無くて告白してこないだけで、俺から行けばOKしてくれるんじゃないか――俺の自意識過剰って訳じゃなく、友人にもそう茶化されてたのだ――。そう浮かれていたのは、結果だけいうと失敗だったわけで。


もの凄い、そりゃもう軽く引くぐらいの勢いで謝り倒し、泣きながら教室を出て行った彼女は、俺のことが好きだったわけではないらしい。マジで意味が分からなくて、例えば初めに不思議に思った、彼女の体についた僅かな傷。あれはDVな父親にやられたんじゃ、男と付き合うなんて許すかと殴られたりしたんじゃ……と青ざめたが、それは違ったようだ。


端的に言うと、どうやら俺は彼女――猪狩さんに利用されたらしい。猪狩さんは可愛い。ちょっと気のある様子を見せれば簡単に男は落ちることを知ってたのかは分からないが、たぶん本人的には一か八かだったろう。そうだと思いたい。そうやって上手く俺を釣って……というか、彼女にとって重要だったのは、俺を惚れさせるという結果ではなく、その過程で仲良くするという行為だったらしいが、とにかく猪狩さんはそれを彼女の…………恋人に、見せつけたかっただけだったのだ。


実際に本人を見たことがあるわけではないが、聞くところによるとクールな人のようで、猪狩さんに対しての愛情表現が少ないらしい。で、不安になった猪狩さんが、恋人に嫉妬してほしくて俺に近付いた、と。



…………俺、完全に当て馬。



うんまぁいいけどね!ちょっと気になってるかな程度だったし!付き合ってもいいかな程度だったし!?

――……。そして、そう、猪狩さんのあの傷は、



「彼女、ドMなんだよね」

「………は?」


淡々としてはいるが筋道の通った説明の途中、急に発された突拍子もない単語に俺はしばし言葉を失った。


ど、……どえむ?猪狩さんが?と口を半開きにする俺の目は、正に点になっていることだろう。唖然とする俺に憐れむように溜め息をついて、北上は話を続ける。


「そ。恋人さんは生粋の、但し無自覚ドSで、(みやこ)は隠れドM、なんだ」

「て、ことは……、」

「葛西が心配してるようなことではないよ、っていうのはさっきから言ってるけど。あの傷は二人にとって愛情表現だから、心配するだけ損だってこと。―――あとそれから、」


葛西じゃあのドMは扱いきれないってこと、と目線を軽く逸らした北上に小さく苦笑を零す。参ったな、表に出しちゃいないつもりだったけど、そんなに顔に出てただろうか。


「…そ、っかあ」

「……ごめん」

「なんで北上が謝んの。大体、そこまで傷ついてる訳じゃないよ」

「――……京もさ、いい子なんだ。いい子なんだけど………、どうにも、恋人さんのことになると暴走するっていうか。もうお互いに凄まじい執着っぷりでさ」


無表情のまま机に肘を突く北上に、苦労してんだなと感想を漏らすと、そうでもないよと返ってきた返事にきょとんとする。まさかこいつもドMとか言い出すんじゃ無かろうなと思わず腰を引かせていると………北上は、年齢に不釣り合いな表情で、微かに微笑んだ。普段無表情な北上の笑みに、一瞬ドキリとする。


「漁夫の利を狙ってるんだよね」

「?、はあ」

意味が分からず眉根を寄せるが、北上はまた微かに口端を上げるだけで、何も答えてはくれない。

「…訳分かんねえ」

溜め息と共に襟足を掻きつつ不平を洩らすと、分らなくていいよと軽くあしらわれた。なんなんだよ。……今気付いたけど、北上、以外と胸あんのな。机の上に組んだ腕を置いているから、つい目が行ってしま……じゃない!失恋したばっかでさすがにそれはないだろ、俺!


がっくりと一人肩を落とす俺を蔑むような目で見た北上が、こっちに向かってしっしと手の平を振る。

「…なんだよ、」

「あとは一人でカラオケでも言って傷を癒してきなよ。そんなどんよりした感じでそばにいられるの、うざい、迷惑」

お前が後から来たんだろうが!…とは、怖くてとても言えない。分かったよと溜め息をついて立ち上がる。じゃーなと言って教室から出ようとしたとき、葛西、と呼び止められた。


「あたしは、…葛西のこと嫌いじゃないよ」

「はいはいそらどーも」

さすがに騙されたばっかでそんな簡単に勘違いしない、とか…うん。

「(ほんと、俺最低)」

テンションあがりそうになるおめでたい自分に半ば自己嫌悪に陥りながら、はあ、とまた深い深いため息をついて、俺は教室のドアをくぐった。


―――――だから、気付かなかったのだ。

「やっと計画通り…。ったく、葛西もヘタレなんだから」

極彩色の笑みを浮かべた、彼女の言葉に。


「ふふっ、楽しみだなあ…。―――早くおちてきてよね?葛西」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ