村一番の嫌われ者
村に、とても心の優しい男がいた。
男は毎日の神への祈りも怠らず、
常に人々の幸福を祈り、そして尽くしていた。
ある日、男が宿屋の前を通った。
家の隣にある馬屋の入り口で宿屋のおかみが馬をなんとかなだめようとしていた。
しかし馬はいうことを聞かず、前脚を蹴っておかみに威嚇した。
それを見かねた男は、
「どれどれおかみ、手助けをしてさしあげましょう」
と声をかけた。
「いんや、手助けは無用さ」
おかみはそう断ったが、
「遠慮はいりません」
と、おかみの手からたずなをとって馬を馬屋に納めてしまった。
そして、礼も無用です、と言って、すたすたと去って行った。
けれどもおかみはまったく嬉しくない。
だって、馬を馬車に繋ごうと、馬屋から通りに運ぶところだったのだから。
またある日、男はパン屋の前を通った。
ところがなにやら店の前が騒がしい。
パン屋の主人と十くらいの少年が言い争っているのだ。
これはいけない、と思った男は、
「ご主人、相手は子どもです。そう目くじらを立てないでやってください」
と仲裁にはいった。
「何を言っている?このこぞうは毎日のように俺の店からパンを盗んだコソドロだ」
「そうなのですか。しかしご主人、彼もなにか理由があってのことでしょう。ここは一つ、広い心をもってあげてはどうでしょう?」
パン屋の主人が男と話している間に、少年はいつの間にか逃げてしまっていた。
ついでに言っておくと、少年は、川にすむコイをつかまえたくてパンを盗んだ。
またある日、男は農家の前を通った。
家の庭で、農家の娘が鶏を追いかけている。
「お嬢さん、ご苦労なようだね?」
男は声をかけた。
「ええ、鶏がすばしっこくてつかまえられないの」
娘は答えた。
ならば私がつかまえてさしあげよう、と言って男は庭の垣根をまたいで、手際よく鶏をつかまえた。
そして鶏の首をポキッ、と折って、
「首を締めるのは気が引けるでしょう。私がやってさしあげました」
と娘に鶏をさしだして、垣根を越えて行ってしまった。
娘は困った。この鶏とりんごを交換してもらうよう言いつけられていたのだ。
男はなぜだか、村で一番の嫌われ者。