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私のおとなりさん

悲しみのそこにあるものが、本当のやさしさなのかもしれません。ひとは支えあって生きていくのですね。

「菜美ちゃ~ん、菜美ちゃん、ちょっとぉ~」

おばあちゃんがよんでいる。

「いま行くから、ちょっと待って~」



桜の季節は忙しい。

丘の上にある、しだれの一本桜は、知る人ぞ知る花見スポット。今日も朝からカメラをもった観光客でにぎわっている。


私はその丘の中腹にある花工房「風のカーデン」で働いている。

ここはもともと、おばあちゃんの趣味からスタートしたイングリッシュガーデンだが、いまや、この桜の丘同様、立派な観光名所だ。

工房といっても、つまり花農園、季節の花をはじめ様々なハーブ類を育て、販売している。

さて先ほどのおばあちゃん、85歳をすぎた頃からは、さすがに農園での仕事がつらくなったのか、

「あたしは中、菜美は外!」

といって、SHOP内での接客を担当している。ただ、あまりの忙しさにテンパるときまって、

「菜美ちゃ~ん」

と甘えた声で私をよぶ。「あぁまたか…」

そのたびに私は自分の仕事を中断してSHOPにかけつけるのだ。私の両親は共働きで忙しく、私はおばあちゃんに育てられた。俗にいう、おばあちゃん子。6歳から愛読書は園芸本で、最近では、私自身が園芸雑誌に写真付きで紹介されたりする。

もちろん、無類の花好きで、この仕事は天職だと感じている。


このあたりでは、桜の花が散ると同時に、種まきがはじまる。今はその準備に忙しい。


苗まで育ったものを植えつけるのは簡単だが、それは私のポリシーに反する。

苗は私が手を貸さなくとも、きっとどこかで咲くことができる。でも種は誰かが袋をあけ、土にまき、水を与え育ててやらねば、決して咲くことはできない。だから私は種まきが好きなのだと思う。

こんな私は、花達からみたら、自意識過剰であろうか…?


さて、話はかわるが、ガーデンの仕事で、この時季とてつもなくおそろしいものがある。紫外線だ。

初夏にむかう今が、一年のうちで一番紫外線が強いと本で読んだ。

UVケアはもちろん、完全防備の私は、おばあちゃんにいつも、

「いよいよ強盗?」とか

「ガーデンと名のつくところで働くスタッフなんだから、もうちょっとオシャレな感じにならないの?」とか

「お嫁にいけなくなるよ」とか…小言をいわれた。

帽子・サングラス・マスク・ジャージ・長靴そして首にはタオル…

「たしかに、どっからみてもおばさんだな。」

大きなお世話だとかえしたいところだが、我ながらひどい格好だと思う。さぁ冗談はここまで。



この3年の間に、私は両親をたてつづけに亡くした。なんで助けられなかったのかと、自分をせめつづけた挙げ句、私は心をこわしてしまった。

そんな私を心配して、おばあちゃんが、このガーデンで働くことをすすめてくれた。そのおかげで今の私がある。花に囲まれて暮らすうちに、私の心は少しずつ元気になっていった。そして、もうひとつ私の心をすくってくれたもの…それは丘の上にあるカフェのご主人の存在だった。

近所のいわば、『おとなりさん』ではあるが、話したことは一度もない。

この「おばさん姿」にあちはから声をかけてくるはずもない。

『おとなりさん』の情報は、もっぱら、花見見物のあと、カフェでお茶をのみ、その後でうちのガーデンによって帰るという観光ルートのお客さんの口コミなのだ。


若くてかわいい奥さまと2人ではじめたカフェだったが、奥さまが急に亡くなり、今は1人でカフェをやりながら、夜は小説を書いているという噂をきいた。

若い子から年配の奥さま方まで幅広い年代の女性に人気があるのは、誰にでも丁寧に、平等に、やさしく話すことができる心の広さにあるらしい。なんでも、生まれてこのかた、人の悪口というものを一度もいったことがないという奇特な人だという。

たしかに、カフェの庭先までお客さんを見送る時の『おとなりさん』の姿はとてもすてきだ。

「またいらして下さい」という声がまたいい。

口コミできいた、無類の若い子好きだという情報をのぞけば、『おとなりさん』を悪くいう人はいない。

私は毎日こっそりいやされている。



わたしが知るかぎり、月に一度、満月の夜のカフェは早めに店じまいをする。

閉店後も店のあかりがきえることはなく、ただただ静かに、月あかりがカフェを照らしている。

ほどなくして、コーヒーの香りがこの丘のすべてをつつみこむ。

私はこの香りがすきだった。

「きっと特別なお客様がいらっしゃっているんだろうな…」

そう思っていた。ところが、今月の満月の夜、カフェのあかりが消えた。

どうした??

気になる

なにかあった???

気になる


その次の満月も

その次の満月も

あかりは消えたままだった。



「丘の上のカフェつぶれたの?」

「マスターどした?」観光客の奥さま方がみんな口をそろえていう。


ある日、私はこっそりカフェをたずねた。

「お元気ですか」のカードにクローバーを添えて、ポストにいれてきた。

なんて思いきったことをしたのだろう…

自分でもわからない。

ただそうせずにはいられなかった。

何かに導かれるように…

返事はとくになかった。

私はそれを毎日続けた。「元気をだして」

「ゆっくり休んでくださいね」

「ご飯しっかり食べてくださいね」

ありとあらゆる方法でその気持ちを伝えた。


返事はとくになかった。


でも、私はあることに気がついた。

ポストにかかれた『おとなりさん』のなまえ

…山上優介…


あわい初恋の記憶のなかにある名前だった。



季節が秋にかわると、ガーデンでは春にむけて球根のうえつけがはじまる。今年のイチオシは「スノードロップ」。テレビドラマで紹介され、花言葉の「去年の恋の名残の涙」とともに人気のある花である。きっと来年、雪の下から顔をだし、春を告げる花として私達を楽しませてくれるだろう。



晩秋の風が丘のススキをゆらす頃、わたしの心はようやく決まった。

『おとなりさん』にクロッカスの球根を届けよう。

花言葉は「あなたを待っています」

…四ッ葉菜美…


そう、最愛の両親が四ッ葉のクローバーなみに幸せになるよう願って名付けてくれた、この名前を添えて。


わたしを覚えていますか?

ひととひとがつながる時って、それぞれが持つ歯車のようなものが、カチッとかみあった時だと思うんです。

その『カチッ』をかきたかったんですが、むずかしいですね。

『僕のおとなりさん』とセットで読んでいただけるとうれしいです。

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