第14話 協定の代償
冬は、静かに牙を立て始めた。
夜明け前の城下は白く凍り、井戸の水面に薄氷が張る。配給の列は以前より整然としているが、顔色は良くない。咳の音は減ったが、食欲のない子供の目が増えた。
私は執政室で最終案をまとめる。
「教会との正式協定、締結します」
ハロルドが顔を上げる。
「条件は?」
「医療の常時人員確保。寄進の透明化。代わりに——」
私は一瞬だけ言葉を区切る。
「教会の慈善事業への領地補助を固定化する」
赤字に触れる提案だ。
セドリックが即座に言う。
「負担が増えます」
「安定が増える」
「教会は得をします」
「民が得る」
彼は沈黙する。
「あなたは教会を崩さないと決めた」
「ええ」
「ならば共存ですか」
「監視下の共存」
その日の午後、城館の大広間にて協定調印が行われる。
マルケスは穏やかな笑みで現れる。
「ご領主様、賢明な判断です」
「必要な判断です」
文書が読み上げられる。
医療人員の固定。
寄進の報告義務。
領地補助の確定。
民衆は静かに見守る。
調印。
拍手はない。
だが混乱もない。
マルケスが小声で言う。
「あなたは敵を作らない」
「作っています」
「ですが倒さない」
「今は」
彼は微笑む。
「あなたは冷酷だが、愚かではない」
「評価は不要です」
協定は成立した。
教会は立ち続ける。
だが帳簿は公開される。
夜、セドリックが言う。
「あなたは譲りました」
「守った」
「何を」
「秩序」
彼は頷く。
「私はまだあなたを赦さない」
「必要ない」
「ですが」
視線が揺れる。
「あなたは、父よりも現実的だ」
その言葉は、評価でも侮辱でもない。
記録だ。
——
数日後。
商人ギルドが正式復帰を宣言。
塩と穀物の流通が安定する。
軍の未払いも解消。
城下に小さな灯が戻る。
だが支持は急上昇しない。
民衆は様子を見る。
私は塔に立つ。
冬は本格化し、吹雪が近い。
黒字は小さい。
赤字は管理可能。
医療は安定。
教会は監視下。
均衡は完成に近い。
セドリックが隣に立つ。
「第一段階は終わりました」
「ええ」
「ですがこれは始まりです」
「知っている」
彼は低く言う。
「あなたは正しくない」
「知っている」
「ですが、あなたは必要だ」
私は目を閉じる。
王都では、私は排除された。
ここでは、私は嫌われている。
それでも灯は消えていない。
「悪役でいい」
それは諦めではない。
選択だ。
冬の風が城壁を打つ。
遠くで鐘が鳴る。
第1部は、静かに終わろうとしていた。
だが地平線の向こうには、さらに深い影がある。
穀物価格の異常上昇。
王都からの徴税強化の報。
私は目を開ける。
次は——
国家だ。




