第12話 祈りの灯
祈祷集会の灯は、冬の闇よりも明るかった。
城館の塔から見下ろすと、教会前の広場は人で埋め尽くされている。蝋燭の炎が波のように揺れ、歌声が夜気を震わせる。
私は参加しない。
参加すれば、教会の物語に組み込まれる。
参加しなければ、冷酷な領主として固定される。
私は後者を選ぶ。
執政室の机に置かれた裏帳簿は、封じられたままだ。
セドリックは三日、顔を出していない。
必要な書類は提出される。計算は正確。だが言葉はない。
均衡は、細い糸で保たれている。
その夜、医療班から報告が入る。
「南区の流行病、拡大傾向」
私は目を閉じる。
「教会の診療所は?」
「祈祷集会に人員を割いています」
唇を噛む。
私は命じる。
「城館の医療室を開放。薬剤備蓄を半分投入」
「赤字に戻ります」
「戻さない」
私は立ち上がる。
「私が行く」
——
南区は湿った空気と咳の音で満ちていた。
医療班が忙しく動き回る。教会の神官は少ない。
私は袖をまくる。
「薬を」
使用人が戸惑う。
「ご領主様が?」
「指示だけでは足りない」
私は子供の額に手を当てる。熱い。
母親が震える声で言う。
「神父様は祈ってくれると……」
「祈りも必要です」
私は答える。
「だが今は薬を飲ませなさい」
夜が明けるまで、私はその場にいた。
手は震え、体は冷える。
だが帰らない。
翌朝、祈祷集会は続いていた。
私は教会へ向かう。
マルケスが微笑む。
「ご領主様も祈りに?」
「医療人員を戻してください」
彼は首を傾げる。
「民は希望を求めています」
「今は薬が必要です」
周囲の信徒がざわめく。
ルカが叫ぶ。
「あなたは信仰を否定する!」
「否定しない」
私は静かに言う。
「だが優先順位を決める」
マルケスの目が細まる。
「あなたは神を数字に変える」
「神は否定しない。だが冬は否定できない」
沈黙。
やがてマルケスは言う。
「半数を戻しましょう」
「全員」
「半数です」
交渉。
私は一瞬迷う。
だが押し切れば、対立は深まる。
「……半数で」
妥協。
私は背を向ける。
勝利ではない。
消耗だ。
城館へ戻ると、セドリックが待っていた。
「あなたが医療に出たと聞きました」
「報告は早い」
「無謀です」
「必要です」
彼は机に寄りかかる。
「あなたは冷酷だと思っていた」
「今もそうよ」
「だが昨夜は違った」
私は視線を逸らす。
「統治だ」
「違います」
彼は言う。
「それは個人です」
言葉が胸に刺さる。
私は低く答える。
「統治者が個人であってはいけない」
「ではなぜ行った」
沈黙。
答えは簡単だ。
死者の名が、二人になったから。
私は言わない。
代わりに言う。
「秩序を守るため」
セドリックは長く私を見る。
「あなたは正しくない」
「知っている」
「ですが」
彼は続ける。
「あなたは冷酷であることを、選んでいる」
「ええ」
「そしてその冷酷は、逃げではない」
私は目を閉じる。
祈祷の歌声が遠くに聞こえる。
教会は灯を掲げる。
私は帳簿を掲げる。
民衆は揺れる。
支持は最低水準。
だが流行病は抑えられつつある。
黒字は減った。
だが秩序は保たれている。
私は静かに呟く。
「好かれなくていい」
それは強がりではない。
事実だ。
冬は深くなる。
祈りの灯は揺れ、
医療室の灯もまた揺れる。
そして私は、その両方を見ている。
悪役のままで。
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