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悪役令嬢は嫌われることにした ~嫌われても辺境で黒字を出す~  作者: 桐谷ルナ


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第11話 握り潰された正義

 証拠は、あまりに明確だった。


 教会の裏帳簿。

 二重計上された寄進。

 診療費の水増し。

 孤児院への支出と記録されながら、実際には存在しない施設。


 セドリックはそれを机の上に並べた。


「決定的です」


 声は冷静だが、指先は白い。


「これを公開すれば、教会の発言力は失われます」


 私は書類を一枚ずつ確認する。


 数字は正確だ。

 反論の余地はない。


「医療体制は?」


「混乱します。数週間は止まる」


「代替は?」


「不可能です」


 沈黙。


 窓の外、冬の空は低く垂れ込めている。


 私は問いかける。


「公開すれば、民衆はどうなる」


「怒り、混乱し、信仰が揺らぐ」


「死者は?」


 セドリックは答えない。


 答えは分かっている。


 医療が止まれば、弱者から死ぬ。


 私はゆっくりと書類を閉じた。


「公開しない」


 空気が凍る。


「……何と?」


 セドリックの声が低くなる。


「握り潰す」


「それは正義を捨てる行為です」


「秩序を守る行為です」


 彼の瞳に、初めて露骨な怒りが浮かぶ。


「あなたは父と同じ道を否定した」


「違う」


「同じです!」


 机を叩く音が響く。


「父は真実を公表しようとして失脚した。あなたは真実を隠す」


「父上は正しかった」


「ではなぜ!」


 私は立ち上がる。


「冬だからよ」


 声は静かだが、硬い。


「今、教会を崩せば医療は止まる。孤児は放置される。死ぬのは不正を働いた神官ではない」


 セドリックは息を荒げる。


「だが不正は続く」


「監視する」


「隠蔽です」


「統治です」


 長い沈黙。


 彼は低く言う。


「あなたは冷酷だ」


「ええ」


「そして卑怯だ」


 その言葉が胸を刺す。


 私は目を逸らさない。


「そうでしょうね」


 数秒の静寂の後、セドリックは書類を掴む。


「では私は抗議を記録します」


「どうぞ」


「歴史に残ります」


「残しなさい」


 彼は扉へ向かう。


 去り際、振り返る。


「あなたは正しくない」


「知っている」


「……ですが」


 言葉を飲み込み、出て行く。


 室内に残るのは静寂。


 私は椅子に座り直す。


 正義を捨てた。


 いや、選ばなかった。


 違いはあるのか。


 その夜、教会では盛大な祈祷集会が開かれた。


 マルケスは説教する。


「神は試練を与える。しかし希望は消えない」


 民衆は涙を流す。


 私は城館の窓からその灯りを見ている。


 教会は勝った。


 少なくとも今夜は。


 翌朝。


 西区でまた一人、病死。


 医療の遅延。


 私は報告を受け取る。


 手が、わずかに震える。


 エミルの名を思い出す。


 そして新たな名を書き加える。


 掲示板に、二人目。


 広場がざわめく。


「まただ」


「統治のせいだ」


 私は広場に立つ。


 罵声が飛ぶ。


 石は飛ばない。


 だが視線は鋭い。


 私は言う。


「責任は私にあります」


 謝罪はしない。


 ただ事実を置く。


「それでも、教会は崩さない」


 どよめき。


「なぜだ!」


「今崩せば、もっと死ぬ」


 ルカが涙を流す。


「あなたは悪だ」


「ええ」


 私は静かに答える。


「悪でしょうね」


 その瞬間、胸の奥で何かが固まる。


 好かれようとする衝動が、消える。


 支持を得たいという微かな欲が、死ぬ。


 私は悟る。


 私は正しくない。


 だが必要だ。


 夜、執政室。


 セドリックが戻ってくる。


 目は冷たい。


「教会と非公式協定を結びましたね」


「ええ」


「内部監査の条件付き黙認」


「監視は続ける」


 彼は机の前に立つ。


「あなたは父を超えました」


「侮辱?」


「いいえ」


 彼は低く言う。


「父は正義を守ろうとした。あなたは秩序を守ろうとした」


 沈黙。


「私はあなたを赦さない」


「必要ない」


「ですが」


 彼は視線を上げる。


「あなたは逃げていない」


 私は目を閉じる。


 冷たい冬の風が窓を叩く。


 教会は立っている。

 民衆は揺れている。

 支持は下がっている。


 だが秩序は崩れていない。


 私は呟く。


「好かれなくていい」


 それは覚悟ではない。


 到達だ。


 悪役であることを、恐れない。


 冬はまだ深くなる。


 だが私は、退かない。


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