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悪役令嬢は嫌われることにした ~嫌われても辺境で黒字を出す~  作者: 桐谷ルナ


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第10話 余剰の行方

 黒字は、静かに現れた。


 それは歓声を伴わなかった。ただ帳簿の最下段に、初めて赤ではない数字が並んだだけだ。


 月次収支、わずかだが黒。


 ハロルドが震える声で読み上げる。


「……黒字、二百三十金貨」


 部屋の空気が止まる。


 二百三十。


 王都なら誤差だ。


 だがレヴァンでは、意味がある。


 私は帳簿を見つめる。


「一時的だ」


「ですが事実です」とハロルド。


 セドリックは冷静だ。


「継続性を見なければ意味はありません」


 その通りだ。


 黒字は結果であって、保証ではない。


 私は言う。


「余剰は備蓄へ回す」


 即答。


 予想していたかのように、セドリックは頷く。


 ——だがその日の午後、広場はざわついた。


「黒字が出たなら減税だ」

「配給を増やせ」


 声は広がる。


 誰が広めたのか。


 答えは簡単だ。


 商人か、教会か、あるいは民衆自身。


 数字は希望を生む。


 希望は要求を生む。


 私は広場へ出る。


 ガルドが腕を組んで立っている。


「黒字だとよ」


「一時的だ」


「でも出た」


 私は頷く。


「出た。だから備蓄する」


 ざわめきが怒りに変わる。


「また溜め込むのか!」

「いつまで我慢させる!」


 ルカが前に出る。


「神は分かち合えと言う」


 私は答える。


「冬は分かち合ってくれない」


 マルケスがゆっくりと現れる。


「ご領主様。余剰は祝福です。民と分かち合うべきでしょう」


「祝福ではない。誤差だ」


 彼の笑みが揺らぐ。


「あなたは希望を削るのですか」


「削る。期待は暴動になる」


 空気が張り詰める。


 私は続ける。


「余剰は全額、穀物備蓄へ。減税は春」


 罵声が上がる。


 石は飛ばない。


 だが視線が刺さる。


 私はそれを受け止める。


 ——


 夜、執政室。


「支持はさらに下がります」とハロルド。


「計算済み」


「ですが黒字です」


「黒字は盾だ」


 セドリックが静かに言う。


「あなたは分配を拒否した」


「必要な分配はした」


「不必要な期待を切った」


「ええ」


 彼は一瞬だけ視線を逸らす。


「父なら分配したかもしれない」


 私は答える。


「あなたの父は、何を守ろうとした」


「正義です」


「私は冬だ」


 沈黙。


 彼は頷く。


「あなたは正しくない」


「知っている」


「ですが、あなたは継続を選んだ」


「それだけ」


 そのとき、急報が入る。


「南の農村で小規模暴動!」


 私は立ち上がる。


「原因は」


「減税延期への不満と、教会の説教」


 予想内。


 だが臨界点は近い。


 私は即断する。


「武力鎮圧はしない。代表を城館へ」


「危険です」


「承知している」


 数時間後、農民代表が到着する。


 怒りと疲労の混じった顔。


「黒字なのに、なぜ我慢しろと言う!」


 私は帳簿を広げる。


「この黒字は一ヶ月分だ。来月が赤字なら消える」


「でも今はある!」


「だから残す」


 代表は拳を握る。


「あなたは人を信じない」


「信じるから残す」


 同じ言葉。


 だが今は重い。


 沈黙が続く。


 やがて代表は言う。


「春まで持つなら、従う」


「持たせる」


 短い契約。


 帰り際、代表は呟く。


「……あんたは嫌われるな」


「慣れている」


 扉が閉まる。


 私は椅子に沈む。


 黒字は、安心を生まない。


 むしろ欲望を呼ぶ。


 だがここで揺れれば、全てが崩れる。


 セドリックが静かに言う。


「あなたは橋を焼いた」


「まだ燃えている」


「渡りきれますか」


 私は窓の外を見る。


 冬の空は暗い。


「渡るしかない」


 黒字は小さい。


 支持は低い。


 だが秩序は維持されている。


 私はペンを取り、新たな備蓄計画に署名する。


 悪役であることは変わらない。


 だが今、その悪は——


 未来に向いている。


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