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Another route ~最愛の人が死んで数年、過去に戻れるアーティファクトを手にした~

作者:
掲載日:2026/01/21

新年初投稿!(>_<)

気楽に短編投稿するかぁとか思ってたら、めっちゃ長くなったんだが・・・・・・

――another route

Side 篠澤


最近、というには少し時間が経っているけれど。

私は一年ほど前から、悪夢を見るようになった。


最初は偶然だと思っていた。

疲れているときに、たまたま嫌な夢を見ることは誰にだってある。

そうやって自分に言い聞かせていたのに、回数を重ねるごとに、その言い訳は通用しなくなっていった。


頻繁に見る。

それも、決して同じ夢ではない。


けれど、不思議と断片同士が繋がっている。

まるで一本の長い物語を、毎回違うページから読まされているような感覚だった。

夢の中で見た出来事は、それぞれ独立しているはずなのに、背景や空気、流れだけは確かに連続している。

私はその世界の「結末」を、少しずつ覗かされているようだった。


もし内容が荒唐無稽なものだったなら、ここまで気に病むことはなかったと思う。

空を飛ぶだとか、意味不明な怪物に追われるだとか。

そういう夢なら、目が覚めたあとに苦笑して終わりにできた。


けれど、私が見る悪夢は違った。

妙に、現実的だった。


度重なる社員の不祥事。

それが引き金となって、父が経営する会社が傾いていく。

社内の空気が重くなり、家の中からも会話が消えていく。

父の背中が、日を追うごとに小さくなっていくのを、私はただ見ているしかなかった。


やがて、自分の体に異変が起きる。

理由もはっきりしないまま体調を崩し、検査の結果、癌だと告げられる。

その宣告を受けた瞬間の、頭が真っ白になる感覚。

医師の言葉が遠くに聞こえて、現実感が失われていくあの感触。


回復の兆しはあったものの、いきなり状態が悪化しそのまま・・・・・・


そのときの恐怖も、苦しさも、諦めにも似た感情も。

あまりにも鮮明に残っているから、目を覚ましたあとの気分は最悪だった。

胸の奥に冷たいものが張り付いたようで、しばらく現実に戻れない。


さすがに不気味に感じて、私は両親に相談した。

笑い飛ばしてくれることを、どこかで期待していたのだと思う。


けれど返ってきた言葉は、予想とは違った。


「・・・・・・もしかしたら、なんらかのスキルかもしれないな?」


一瞬、冗談かと思った。

『スキル』なんて、どこかスピリチュアルじみた響きがある。

少し前の私なら、きっと戯言として切り捨てていた。


でも――今の時代、それは笑い話では済まされない。


四年ほど前。

世界中に、迷宮と呼ばれる遺跡が突如として出現した。

内部には未知の生物や鉱物が存在し、社会は一時的なお祭り騒ぎになった。


その激動の変化の中で、人の中にも『スキル』と呼ばれる異能を持つ者が現れた。

一般的には、迷宮で発見されたスクロールを使用することで得られる力。

けれど、ごく一部には、スクロールを介さずに発現する人間もいる。


それが『開花』と名付けられた現象だった。

両親は、私の悪夢もそれではないかと言ったのだ。


だとすれば前例がないかと、データベース上で似た経験を持った人物を探ったが、残念ながら見つからなかった。


「大丈夫だ。なにかあればいつでも相談してくれ。それなりに伝手もある。もしもの時は、その人たちにも助けてもらおう」

「お母さんも調べものを続けてみるわ。今は情報がなくても、きっとすぐになにか出てくるはずよ」


私の表情から、拭いきれない不安を感じ取ったのだろう。

両親はそうやって、私が安心できるように言葉を重ねてくれた。


その声音は無理に明るく装っているわけでもなく、かといって過剰に深刻でもなかった。

「大丈夫だ」と言い切ってくれる強さと、「一人で抱え込むな」という優しさが、ちょうどいい距離感でそこにあった。


そのおかげで、胸の奥に張り付いていた重たい感覚が、少しだけ緩む。

完全に消えたわけではないけれど、立ち上がるだけの余裕は生まれた。


もし、あの悪夢のような出来事が本当に起こるのだとしても。

そのときは、そのときだ。

何も知らずに流されるより、覚悟していた方がまだましだ。


そう思える程度には、気持ちを持ち直していた。


――のだけれど。


「・・・・・・あれ~?」


現実は、拍子抜けするほど平穏だった。


全く、悪夢の通りにはならなかった。

細部に、かすかに「通っている」部分はある。

けれど結果だけを見れば、ほとんど真逆と言っていい。


父の会社は順調も順調。

不祥事どころか、業績は安定し、社内の空気も明るいままだ。


私はというと、実際に癌細胞は見つかったのだ。

けれどそれも初期段階で発見できたおかげで、治療は驚くほどあっさり終わった。

今では疲れを知らない健康体で、日常生活に何の支障もない。


悪夢の通りにならないよう、ささやかな抵抗はしていた。

無理をしないようにして、体調の変化にも敏感になって、検診も欠かさなかった。

でも正直なところ、ここまで簡単に結果が変わるとは思っていなかった。


もっとこう……

修正力のようなものが働いて、「運命は変えられない!」みたいな展開になるのだと、どこかで身構えていたのだ。

それが、肩透かしを食らったように、あっさりと回避されている。


ただの悪い想像を、私は深刻に受け取りすぎていただけなのか。


そんな疑問が頭をもたげる中で。

悪夢と最も違っていた存在がいる。


父の会社に所属している配信者の一人――渡界護さん。


同じ学校に通う同級生の男性で、いつも柔らかく、優しげな笑みを浮かべている人だ。

黒髪で、髪型は短く整えられていて、清潔感がある。

・・・・・・という個人的な感想はさておき。


問題は、彼の「立ち位置」だった。


悪夢で見る彼は、現実の彼とはまるで別人のようだった。

存在そのものは同じなのに、人生の進み方が決定的に違う。


まず、父の会社に入社してくる時期が違う。


夢の中では、大学卒業後に数年の冒険者業を経てからだった。

迷宮に潜り、モンスターを倒し、魔石を売って生計を立てる。

その後に配信活動を始め、ようやく会社に所属する――そんな流れだったはずだ。


けれど現実では。

彼は高校を卒業すると同時に、もう所属することになっていた。


そしてなにより、夢の中ではあまり自信なさげな態度が多かった印象なのだが・・・・・・


「大丈夫ですよ。私の方で少し手を出してもいいですか?」


想定外のことが起こると、なんでもないというような声音で、いの一番に助け舟を出す。

それが現実の彼だった。


細かい部分にまで目がいき、うちに所属している人の殆どが一度は彼にサポートを受けているといっても過言ではないかもしれない。

彼のマネージャーである私も例に漏れず、いや、他の人以上に助けられていた。


「篠澤さん。いつも長時間作業されてますけど体調は大丈夫ですか? あまり無理をすると体を壊してしまいますから気を付けて下さいね」

「ご心配ありがとうございます。無理はしていないので大丈夫ですよ。お言葉を返しますが、私としては渡界さんの方が心配ですね。メールの返信もすぐに返ってきますし、ちゃんと寝られてますか?」

「ええ、しっかり寝てますよ。寝すぎなくらいです」

「それならいいですけど」

「まあ私のことは気にしないで、自分の体を労わって下さいね」


・・・・・・過保護だ。


気分としては、初めて補助輪なしの自転車に乗る子どもを、少し離れたところから見守る保護者。

そんな例えが、妙にしっくり来てしまう。


同年代、なんだけどな・・・・・・。

そんなに、私は無茶をしているように見えるのだろうか。



夢とは別人に見える彼だが、同じ部分もあった。

一言で言えば、誰にも隔てなく誠実に向き合う姿勢が。


夢の中では、自分にできる最大限を返せるように。

こっちでは、相手の最大限を引き出せるように手を差し出すように。


そして偶に見せるおっちょこちょいな所や、ちょっとした背伸びだったりも。


「ふふっ」

「なにか面白いことでもあった?」

「ちょっと思い出し笑い」

「ご機嫌がよろしいようで」


まあ後半の気づきは、彼と少し親密な関係になるまでは分からなかったことだけど。


なんにせよ、悪夢が杞憂に終わって良かったと胸を撫で下ろす。

これからも、胸を張って彼と共に歩んでいきたい。


そんな、ささやかで確かな願いを胸に抱きながら。

私は、また日常へと視線を戻した。




――first route

Side 渡界


篠澤蛍、最愛の恋人。

彼女は病床の上、病に蝕まれながらゆっくりと目を閉じた。


掴んでいる両手から徐々に彼女の手の力が抜けていくのを感じながら、俺はどうしようもない現実に対しての怒りと、不甲斐ない自分自身への情けなさで、嗚咽とも苦渋ともとれる声を漏らす。


もし、あのとき違う行動を取っていれば。

もし、もっと早く気づいていれば。

もし、もっと――。


無数の「もしも」が頭の中を埋め尽くす。

それを考えるたびに、分かっているはずの答えに行き着く。


どれも、今さらだ。


そんなことを考えてしまう自分に嫌悪しながら、ただ歯を食いしばる。

悔しさも、悲しみも、全部ひっくるめて、吐き出すことすらできなかった。


なにかが起きてからでないと動けない。

取り返しがつかなくなってから、ようやく後悔する。


根っからの消極的。

渡界護という男は、惰性に満ちていた。




高校を卒業したあと。

生涯年収だの、就職のしやすさだのを考慮して、大学に進学した。


自分で選んだつもりだった。

けれど、明確に「これをやりたい」というものはなかった。

だから卒業後、俺は冒険者になる道を選んだ。


『冒険者』。

およそ八年前、地球に突如として出現した『迷宮』を探索する職業。

未知の空間に潜り、モンスターを倒し、素材や魔石を持ち帰る。

自由業に近く、成功すれば一攫千金も夢ではない世界だ。


選んだ理由はいくらでも並べられる。


あまり頭がいい方ではなかったこと。

家計が自転車操業で、少しでも金になる可能性を求めたこと。

超人的な力を持つ冒険者への、漠然とした憧れ。


などと並べ立ててはいたが、結局は普通の就職という道から逃げたのかもしれない。普通という退屈から目を背けて、何者かになれると夢想していた子供だったのだ。


幸い夢から覚めるのは早かった。

迷宮の中には、異形の姿をしたモンスターが存在しており、それらとの命のやり取りの中で現実味の無い妄想など考えている暇はなかった。


手加減のない攻撃、流れる血、明確な死を連想させる世界に足を踏み入れ、冷水を浴びせられたかのような錯覚にさえ陥る場所だった。

それでも冒険者は続けた。

大層な理由があった訳じゃない。ただ“冒険者を辞めた後”が想像出来なかった。就職したいと思えるものはなく、そもそもこんな経歴でまともな場所に就けるとは考えられなかった。それでも税金は払う義務がある。食っていくにも金はいる。


ならば、危険とはいえ、力の弱いモンスターを倒していけばいいと考えた。


そうして気付けば丸三年。

紆余曲折がありながらもなんとか低層のモンスターであれば安定して倒せるまでになった。


変化はそれだけではない。

俺は配信事務所に所属することになった。

迷宮内での探索を配信してその収益の一部を事務所に、そして事務所側は備品の支給や動画編集などを行うことで補助をするという関係。底辺冒険者の俺が創出できる収益は微々たるものだったが、安定した冒険で心配がいらないと社長には好評だった。


評価された、というより。

ようやく居場所を見つけた、という感覚に近かった。


その事務所で俺は彼女に出会うことになる。


「装備の点検は問題ありませんか? 備品や編集に関してもなにか気になる事があったら遠慮なく言って下さいね」


丁寧な物腰。

黒髪で緩くカーブのかかったウルフヘアーをした女性。

おしゃれはしているが、背をすっと伸ばして姿を見て、『しっかりした人だ』というのが、篠澤蛍と初めて出会った時の感想だった。


初めて、というのは少々語弊があるかもしれない。

話をしていく中で彼女とは高校が同じであることが分かった。同学年でもあるため、おそらく視界には捕らえていたはずだ。


リクルートスーツを着こなし、テキパキと動く姿は、とても同年代とは思えなかった。

加えて彼女は、事務所社長の娘でもあるらしい。


劣等感。

嫉妬。

胸の内で顔を出す、どうしようもなく醜いマイナス感情。


それらを、無意識のうちに相手へ向けてしまうことが、何よりも怖かった。

自分では制御できているつもりでも、ふとした拍子に滲み出てしまうのではないか。

そんな不安が、常に胸の奥にあった。


だから俺は、極力距離を取った。

必要以上に踏み込まず、踏み込ませず。

仕事としての関係を保ったまま、それ以上近づかないようにしてきた。


それが一番、安全だと思ったからだ。


その均衡が崩れたのは、あるコラボ配信でのことだった。


「俺より年上で、その年収って。ぶっちゃけ渡界さんって、冒険者の才能ないんじゃないっすか?」


相手は、俺よりも年下の配信者。

それでも年収は俺の数倍。

実績だけを見れば、人生の成功者と言って差し支えない男だった。


胸の奥で、何かが小さく軋む。

けれど、それを表に出すわけにはいかない。


『ははっ、そうかもしれないね。でもまあ、最低限食えてるし、いいかな?』

『えぇ? なんというか、欲がないっすね?』


彼は、思ったことをそのまま口にするタイプだった。

考えるより先に言葉が出る、反射型の人間。


その明け透けな物言いは、今の時代では一種の才能だ。

遠慮のなさが「正直さ」として評価され、視聴者を惹きつける。

実際、コメント欄は盛り上がっていた。


だがそれは、自分に揺るがない自信がある人間にしかできない振る舞いだ。


俺には無理だ。

同じ言葉を使えば、きっと自虐か、僻みにしか聞こえない。

対極にいる人間だと、思い知らされただけだった。



「すみませんでした!」


コラボ配信が終わり、事務所に戻ってきた直後。

篠澤さんは、迷いのない動作で頭を下げた。


「コラボ相手の確認が不十分で……渡界さんに、不快な思いをさせてしまいました」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひくりと痛んだ。


「不快だなんて、そんなことは。確かに少し過激な発言はありましたけど、配信内のことですし。多少の誇張は、仕方がないと思っています」


そう答えたのは、本心だった。

あれくらいの言葉で動揺していたら、この世界ではやっていけない。


けれど。


「配信内であることと、相手を侮辱する発言が許されることに、関係はありません」


篠澤さんは、きっぱりと言い切った。


「ネットリテラシーの低い相手を選定してしまった、こちらの不手際です。本当に、申し訳ありませんでした」


真剣な眼差し。

逃げ道を与えない、けれど感情的ではない声音。


俺が「気にしていない」と言っても、

彼女の申し訳なさそうな表情は、少しも変わらなかった。


――ああ。


この人は、自分の責任を、きちんと自分のものとして背負う人なのだ。

だからこそ、余計に胸がざわつく。


本当は。

不快だったのは、相手の言葉よりも。

その言葉に何も言い返せなかった、自分自身だった。


その感情を、彼女に悟られたくなくて。

俺は、視線を逸らしながら、曖昧に笑うことしかできなかった。

そして俺は、つい。

相手の気が楽になるだろうと、軽はずみな言葉を口にしてしまった。


「社会的に見たら、やっぱり俺って安定してない、ただのフリーターですし。気にしてませんよ」


自分を下げておけば、相手はそれ以上責任を感じずに済む。

そういう場面を、俺は何度もやり過ごしてきた。


きっと、『そう言っていただけると助かります』と、胸を撫で下ろしてくれる。

そんな光景を、無意識に思い描いていた。


けれど。


顔を上げた篠澤さんは、張り付けたような笑みを浮かべていた。

その笑みは、安心や安堵とは程遠い。


こめかみが、ぴくり、ぴくりと動いている。


あ。まずいと焦りを覚える。

明らかに、何かに怒っている。

それも、感情的に爆発する手前の、いちばん危険な種類の怒りだ。


内心で解決策を模索しながら、彼女が次に発する言葉を待つ。

同時に、今からでも訂正できないかと、必死に思考を巡らせる。


「謝罪をしている立場でありながら、言えることではないというのは承知しています」


低く、けれどよく通る声だった。


「ですが、渡界さんは少し、他者の視線を気にしすぎです。そんなに、社会の言う普通が大事ですか?」

「えっと・・・・・・大事、じゃないですか?」


反射的に、そう答えていた。


これまでの集団生活で、最も重要視されてきたのは「普通」であることだった。

浮かないこと。

目立たないこと。

平均から逸脱しないこと。


SNSを見れば、普通から外れた人間を嘲笑し、叩く声はいくらでも見つかる。

つまり、社会そのものがそれを推奨しているのだ。


そう言おうとして、言葉にできなかった。


「たった八十回ほど四季を見て終わる、短い時間を」


篠澤さんは、畳みかけるように言葉を重ねる。


「誰かの視線を気にしながら、消費するんですか?」


一瞬、言葉に詰まった。


「確かに、人間は共同体で生きています。それを維持するために、多少の譲歩が必要なのも理解しています」


そこまでは、理屈として分かる。

俺も、そうやって生きてきた。


「ですが、渡界さんのそれは、個人の自由や意思が、完全に欠如しています」


ずいっと一歩、歩みを寄せる篠澤さんの希薄に押されて、俺は壁際に追い詰められる。


「人が言うステータス。容姿も富も、死んだ先には持っていけません。今世では唯一、幾分かの心の充足感を抱けるというだけの利点だと思っています。他人の採点だけを気にする今の生き方で、満足できますか?」


とんでもない極論だ。

必死に今を生きているのに。

明日をどうやって乗り切るかで精一杯なのに。

彼女は、最期の瞬間を見据えて、そこから逆算した生き方をしろと言っている。


正論かどうかは、分からない。

ただ一つ確かなのは。


――俺は、その問いに、即答できなかった。


そしてその沈黙こそが、

俺自身が、どこかで答えを知っている証拠のように思えて。

胸の奥が、痛いほど静かになっていくのを、ただ感じていた。




それから、何度も彼女の言葉が脳内で反芻した。

しかし、死角から投げ込まれたものにすぐ対応なんて思い浮かばず、明確な答えはでない。そこで俺は、ならば当の本人はどのような動きをしているのかと、わざと空けていた距離を少し縮めて観察する事にした。


彼女は働き者だった。

優秀な能力を遺憾なく発揮し、社内では中核的な存在として威光を放っていた。


もっとも。

彼女は、仕事をこなすだけの機械ではなかった。


社員に幸運があったときは、誰よりも先に気づいて、満面の笑みで祝福する。

逆に、無茶な動きで体を壊しそうな人間がいれば、そのとき浮かべるのは、

俺が身に覚えのあるあの圧を秘めた笑みだ。偶にペース配分をミスした社員がその笑みで震え上がっているのが見えた。


まるで仕事が生きがいであるかのような姿を見て、彼女との打ち合わせの中で『篠澤さんの幸福って、働くことなんですか?』と作業の合間に軽く質問した。


「うーんと、ちょっと違いますね。私の幸福は家族の笑顔です。事務所経営の業績が、家の安泰に繋がりますから」


話を聞くに、俺が所属する以前は相当大変だったらしい。

というのも、所属配信者と社内スタッフの不祥事があり、危うく事務所を畳む寸前にまで陥ったのだとか。


今はようやく業績が好調に転じてきている段階。

そして一緒に支えてくれたスタッフ達や所属配信者は、ある意味でもう一つの家族だと思っていると言う。


「あっ、会社全員がファミリーなんて、ブラック会社みたいなので他の人には内緒ですよ?」


と少しはにかみながら、彼女は苦笑した。



詳細は聞けなかったが、苦しい時期があったことは察せられた。

そんな経験を経た彼女からすれば、他人の評価に踊らされている俺は、ひどく矮小なことに怯えていると見えたのかもしれない。


彼女は、自分の幸福を「他人の評価」には置いていない。

誰かにどう見られるかではなく、誰を守りたいか、何を続けたいかで、選択している。


それは、普通から外れないように、周囲の目を気にし続けてきた俺とは、あまりにも違う在り方だった。


俺は初めて、正面から篠澤さんに目を見た。

彼女の視線は、他の人から向けられる品定めのようなものがなかった。







一年後、事務所には新人の配信者が入って来たり、コラボも実施して、他人との会話が増えた。

自身の配信では、緩やかにではあるが視聴者も増えている。

要因はおそらく、コメントにかかれるようになった、『ちょっとずつ堂々としてきましたね』ということだろう。


配信者は他者の意見や視線に左右されるものではあるが、最近になって、自分がどうしたいかで動くようになった。行動原理の支柱を明確にできた訳だ。


「渡界さん。最近、ポーションの使用が増えていますね」


会議室での打ち合わせ。

資料に目を落としたまま、篠澤さんの声が少し低くなる。


「迷宮の深度が下がるにつれて、危険度も上がっています。今一度、安全意識を徹底してください」


その声色だけで、彼女が本気で心配しているのが分かる。

同時に、軽率な行動を取った自分への自覚も、胸に刺さった。


「ははっ、すいません」


誤魔化すように笑うと、即座に視線が突き刺さる。


「笑い事ではありませんよ。ご両親も心配されるでしょうし・・・・・・」


一瞬の間。

そして、ほんのわずか言い淀んでから。


「・・・・・・彼女も、きっと心配していますよ」

「そう、ですね。ではもう少し慎重に行動することにします」

「そうして下さい」


仕事が終わり、事務所の外に出て立ち止まる。

少しして、事務所から出てきた篠澤さんが俺の姿を見つけると、少しはにかみながら隣に体を寄せる。


その距離は、会社の関係としては適切ではないが、問題はなかった。

ようは、交際関係になった訳だ。


告白は俺から、正直思い出したくないが、何度も嚙みながら想いを告げたあの日は、恥ずかしさで忘れることはできないだろう。

仕事での関係が崩れることを承知での一世一代の告白は、紆余曲折はありながらも見事に実った。


その日の夜のことはよく覚えている。


『後々、理想と違ったというのが嫌なので、今から私の闇を吐き出しまくります。それでもいいのなら交際を続けましょう』


告げられたその言葉は、告白の返事としてはあまりにも異質だった。

だが、篠澤さんらしいとも思った。


彼女の中での交際できる関係とは、お互いの欠点を平均化して、それでも妥協できるかどうかということらしい。

篠澤さんは綺麗事なしで、本当は心に秘めている憎悪や自身の欠点に関して、規制用語を連発していた。が、特にその本音を知っても俺の気持ちに変わりはなかった。


ついでに俺も、その流れで本音を喋ったが、返答は単純なもので。


『余裕です。欠点にもなりませんね』


と漢気溢れる抱擁を見せてくれた。

何故か交わされる握手に困惑しながら、俺達は交際を始めた。





「また眉間に皺が寄ってるよ。考え事?」

「ちょっと昔の恥ずかしいことを思い出してしまって・・・・・・」

「う~ん、渡界くんは張り切ると少し空回りしてしまうからね。最近も少し張り切っているようだし、彼女としてはちょっと心配です」


仕事に私事は持ち込まないという篠原さんは、プライベートだとかなり台詞が砕ける。

彼女の素の面を見るにつれ、沼に浸かっていくような気がする。


最近張り切っているように見えるのは、堂々と篠原さんの隣に立てる男になりたくて、という想いが根底にある。

役職柄、見目の整っていたり口の達者な配信者と関わることを思うと、スター性がない身としては気が気ではなかった。


篠澤さんと共に生きていく未来を想像して、一層のやる気を出していた。


――半年後、篠澤さんは倒れて病院に搬送された。


検査の結果、癌であるということが分かった。

既にステージは4で、全身に癌細胞が転移してしまっているらしかった。


確かに、思えば時々体調の悪い様子はあった。

『薬を飲んでるから大丈夫!』と言う言葉に流されたが、やはり無理をしていたということだろう。強引にでも病院で検査してもらうべきだったのだ。


「ごめんね」


今までからは想像もつかない、気弱な台詞。

医者の診断を聞いたのだろう。そして治療の難しさも。

三年後の生存率は二十%未満、五年になると一桁にまで落ちるという。


「大丈夫です! 絶対よくなります!」


今度は俺が支える番だと思った。

心が弱くなっている時、そっと寄り添って貰えることの有難さを彼女に教えて貰ったから。


それに、勝算もあった。

迷宮から産出されるポーションだ。

病原に効果があるとされるのはキュアポーションと呼ばれるものであるが、高位のものであれば、今までは不治であった病気も治したという症例があった。


更に迷宮の深くまで潜る必要はある。

比例してモンスターの脅威性も増すが、恐怖よりも、奮起した心の方が勝っていた。


とはいえ、意思だけでどうにかなるほど現実は優しくない。

迷宮の攻略は進みだしたものの、牛歩が続く。

なんとかポーションを使用して賄える範囲で済んでいるものの、怪我も増え、心臓の鼓動が早鐘を打つ展開も通例となってきていた。


『怪我してない? 体は大丈夫?』


スマホに送られてくるメッセージ。

分かっている。

心労を掛けていることは、痛いほど。


篠澤さんとの会話の履歴は、幾らスクロールしても俺への心配事がちらつくようになってしまった。


なるべく不安を残さないよう、いつも迷宮から出たらすぐに篠澤さんの元で顔を見せに行く。だがどうしてか、ポーションで完治したはずなのに、怪我を負った分だけ体を労わるように『今日はもう少し喋りたいな~ 実は院内で最強の花札士になったから、対戦しようよ』と軽口を叩いて、俺を引き留めようとした。


不思議とその時間で俺も疲れが取れる。

彼女は病気を患っていても支えてくれていた。


「もう少し・・・・・・もう少しなんだ・・・・・・」


はやる気持ちを抑えつけ、地道に進み続けるのは難しかった。

迷宮は、努力に対して誠実ではない。

どれだけ命を賭けても、成果が出ない日もある。

もう少し深く、あと一層。その積み重ねが、いつしか自分の限界を押し広げていった。



気付けば、二年の月日が経っていた。

冒険者の中では中堅と呼べる実績を重ねるにまでとなり、今、俺の手にはキュアポーションが握られている。


もう何度潜ったか分からない迷宮探索だが、一週間の遠征の中でようやくドロップした。


胸中は歓喜の色で一色だ。

早く篠澤さんに届けたい。そして再び元気になった彼女の姿を想像して、足が早くなる。


疲労が吹き飛んで最速で迷宮を出て、久しぶりの太陽光はいっそ晴れ晴れとしていた。


「・・・・・・?」


その時、微かな違和感が胸を掠めた。


本来なら、

この時間帯は冒険者やスタッフの声が絶えないはずだ。

だが、耳に届くのは、風の音だけ。


人の気配が、ない。


スマホが震える。

一度だけじゃない。

立て続けに、何件も。


電波を掴んだ画面に、通知が雪崩れ込んでくる。


無意識に、手が画面を操作した。

手に取り画面に視線を向ければ、通信社のある一面が目に入った。


――東京都新宿にてモンスターパレードが発生。植物系のモンスターがボスであるとの見解――


通知バーをタップして、記事の内容に目を滑らせ、重要箇所だけ読み取る。

『広範囲に菌糸を飛来』

『多数の体調不良者が通報。病床が圧迫』

『疾患・癌等の傷病者の容態が悪化』


『モンスターの菌糸による、ウイルス・細胞の変異が発生。現代医療では――』


その先を、読む必要はなかった。

ただ全力で走った。


病院に着いて、忘れていた呼吸を浅く繰り返す。

そのまま受付にいくと、受付担当の人が俺に気付く。

もう何度も病院に訪れているためお互いに顔見知りだ。


「あのっ、篠澤蛍さんのお見舞いでっ、来ました。面会カードの手続きを・・・・・・」


声が、ひどく上ずっていた。

それでも、いつも通りの手順を踏めばいい。

そうすれば、いつも通り彼女に会える。

そう、思っていた。


「渡界さん・・・・・・落ち着いて聞いて下さい」

「えと、なんでしょう? 実はキュアポーションが手に入ったのですぐに飲ませてあげたくて」

「篠澤さんは、先日亡くなられました」


言葉が耳に届いて、一気に視界が狭まるような錯覚を受けた。


「・・・・・・それは、どういう?」

「すいません! ちょっと端に寄って下さい!」


誰かの声。担架が通り過ぎる。

現実は、俺の理解を待ってくれない。


「すいません。・・・・・・今日は、ちょっと出直します」


働かない頭で、なんとかその場から離れることを選択して慌ただしい院内から出る。


ほぼほぼ無意識の中、いつもの道程を辿る足は、家に向かった。

鍵を開け、そのままベランダに移動し、風を浴びながら眼下を見渡す。


冷たい風が染みて、火照った脳の熱を徐々に溶かしていく感覚だけがあった。

次第に、手に持っているキュアポーションに意識が移る。

その存在が、あまりにも異物だった。


――なんで、まだ持ってるんだ?


一瞬、そんな疑問が浮かぶ。

そして、次の瞬間には、その答えが分かってしまう。


間に合わなかったからだ。


「・・・・・・ははっ」


失笑が漏れる。

本当に呆れる程、俺という男は一歩が遅い。


変わりたいと思った。

変えてもらった。

それなのに――


一番大事な場面で、

何一つ、返すことが出来なかった。


彼女が差し出してくれた言葉も、視線も、覚悟も。

全部、受け取るだけ受け取って。


俺の手元に残ったのは、使われることのなかったポーションと、どうしようもない後悔だけだった。


・・・・・・

・・・


それからしばらくは、なにも気力がわかずに、迷宮にいかずに生活をした。

正直、ご飯も喉を通りそうにはなかったが、鬱々としていると、不意に篠澤さんの言葉がフラッシュバックした。


『しっかりと食べないと体を壊しちゃうよ? え、写真? どれどれ、って野菜がなにもないじゃん?!』

『洗顔して、髪を整えるだけで、気持ちが一段パワーアップするよね。ふふっ、休日のサ〇ヤ人みたいな髪思い出しちゃった。あれの方がやる気は出てたり?』

『・・・・・・最近二の腕に余計な脂肪が。うぐぐ、私も走ったりしようかしら。渡界くんは、あらムキムキ』


しっかりと食べて、体を整えて、ただ怠惰になることだけはしなかった。

傍から見て、『篠澤さんが死んだから』というような、彼女に責があるような生活はしたくなかったから。


徐々に余裕が出てきて、その間触っていなかったテレビの電源を付けた。

少しばかり喧騒が欲しかったというのもある。



『世界各地でモンスターとの戦闘が激化しています。立て続けにスタンピードが発生し・・・・・・』



画面に映し出されている映像。

重症を負った人々の姿、倒壊する建物。

そして上空から映し出されるモンスターの群れ。


「・・・・・・」


日本で発生した菌糸系のモンスターは既に倒されている。

篠澤さんの仇ともいうべき存在は既に存在しない。

だから今抱いている感情は、正当なものではないだろう。

何故なら、画面に映されている被害者を慮っての感情ではないのだから。


『各国政府は近隣諸国に救援要請を・・・・・・』


でも、どうにも感情が煮立ってどうしようもなかった。

憂さ晴らしをしに行くように、俺は装備を整えて外に出た。





人間四割、モンスター六割。

それが四年後の世界の内訳だ。


文明の半分が崩壊した町並みは、以前の自分であればとても信じられない光景だろう。


迷宮から次々に出現してくるモンスターに、明らかに対処できていない。

年々、優秀な探索者が死んでいく現状に、そのうち人類は消滅すると考える人も多い。


その中でも生きている俺は、笑う程悪運が強いと言えるだろう。

毎日モンスターと戦い続けても死なないのは、途中で手に入れたスクロールによって、【超再生】のスキルを手に入れたおかげだ。


即死さえしなければ、どんな怪我を負っても再生するという破格の性能。

掃討戦で、自分だけが生還するというのも、いつの間にか珍しい光景ではなくなった。


かつての戦友はもういない。

今肩を並べている人達も、いずれ顔ぶれが一新する。口には出さないが、今までの経験で薄っすらとした確信を抱いていた。


「・・・・・・ん?」


案の定、大規模な戦闘で自分一人が残った。

スタンピードのボスを倒したところで、アーティファクトがドロップした。


(戦闘系ならトニーに渡すか。それ以外なら、取り敢えず日本に送って様子見かな)


利用法を考えながら、慣れた手付きでアーティファクトの鑑定をする。

詳細を記す紙をかざし、その内容を見て――思わず手から落ちた。


慌てて拾い上げ、見間違いではなかったかと見直す。


【落涙の砂時計】

性能:任意の過去に世界を巻き戻す。

砂時計を反転させることで使用。


書いている内容をみれば、まさしくタイムリープ。

ここまでの経験から、騙されるな、都合のいい話があるわけがないと警鐘を鳴らしている。


「ははっ・・・・・・」


それらを差し置いて溢れ出る涙に苦笑した。

先程から、死んだ戦友達の顔がちらついて離れてくれない。仲間の死が日常となっていても、慣れはしなかったらしい。


そして何よりも、また、彼女に会えるかもしれない。


これが罠だとしても。

代償がどれほど重くても。飛び込みたくなるぐらいの魅力があった。


選択なんて、していなかった。

これは決断ですらない。


ただもう一度、彼女に会いたい。

その衝動だけが、俺の腕を動かしていた。

掴んだ砂時計を、迷いなく、反転させる。


落ちるはずの砂は、重力を無視するように、静止し――


世界が、音を立てて、裏返った。







――another route


コンコンッ


黒板に当たるチョークの音。

制服姿の学生が席に座り、ノートに書き写している者や教師に気付かれないように前後で喋っている様子が一望できる、後方の窓際。


顔を横に向ければ、窓に自分の顔が薄っすらと映る。

そこには学生服を着たかつての自分が座っていた。


勢いよく席を立つ。

その拍子に椅子が音を立てて倒れた。

教師の注意の声を背後に、そのまま教室を飛び出す。


移動しながら、他教室を廊下から確認した。

突き当りの教室に、彼女はいた。


扉を開け、後方の席に座る彼女に近付く。


驚いた表情で彼女は、篠澤蛍は教室に入って来た俺を見返した。

アーティファクトの使用者ではないため記憶の引継ぎはない。今までのことも彼女は知らない。それでも、また生きている姿が見れた事に歓喜した。


「篠澤さん、君は将来癌になってしまう! もしかしたらもう既に症状があるかもしれない。なるべく直ぐに病院で検査してくれ!」

「ひゃっ?!」


感動の再会であるが、浸っている暇はない。

涙を滝のように流しながらよく分からないことを言う俺はさぞ怖いだろうが、なんとか彼女に伝わってくれと願いを込めて言葉を捲し立てる。


「癌のステージが進行してしまったらまともに生活もできなくなってしまう。今の内ならきっと処置も簡単に済むはずだ!」

「ちょ、ちょっと君いきなり教室に入って来てなにをしてるんだ?! 早く元の教室にって、う、動かん! ぐっ、先生方! 少し手伝ってください!」


その後、先生方数人がかりで教室から出された。

明らかにいつもとは違うおかしい行動は受験前のストレスが関係しているのではという判断で、保護者に連絡がいき親の車で家に帰宅した。


帰宅後、心配する両親に対して、俺はことの経緯を話した。

一切の隠し事なく説明した直後は戸惑った様子を見せていたが、一つ一つ噛みしめるように言葉を嚥下して、


「そうか、大変だったな。なにができるか分からないが、俺も手助けしよう」

「右に同じよ」


こういう両親だ。

あの世界でも気圧されることなく図太く生きていたから、本人たち以上にその性格を俺は知っている。

これから起こるであろう事、そして自分の考えを大まかに話した。


一段落した後、部屋に戻り机の上に紙とペンを出す。

物事を整理するのはやはり書くのが一番だ。


目標『篠澤さんの生存』


書いた瞬間、胸が詰まった。

あまりにも単純で、あまりにも重い四文字。その下に、箇条書きで続ける。


・癌

・モンスター


目標、そして大きく括って二つの障害がある。

彼女の病気、そして迷宮に存在するモンスターだ。


癌に関しては、できれば『早期の受診』をして欲しい。

ただ、それで完治したとしても安心はできない。

可能であれば迷宮のキュアポーションを早い段階で入手したい。癌が進行する前、できれば兆候が出る前に。


そしてモンスターの討伐。

中でも、ウイルスを変異させる菌糸系のモンスター。

あれの存在が医療を根底から破壊する。


「できるはずだ」


実行するうえで幸いな点が二つ。

モンスターに関する記録を覚えていることと、身体能力が下がっていないこと。


アーティファクトやスキルはないようだが、迷宮に潜って上昇した身体能力だけでも十二分の戦力になる。【超再生】がないため無理はできないが、そこはポーションで補完するしかない。


記憶だけなら、他の冒険者も巻き込む必要があったが、これなら死者を出さずに目標を達成するという希望も見えてきた。


その日、モンスターの詳細を忘れないよう、ひたすら紙に書いた。




・・・

・・・・・・



そこからは、両親と話し合った予定通りに行動を始めた。

担任には、高校卒業後は冒険者になると告げた。進学や就職を勧める言葉もあったが、もう迷いはなかった。


十二月。

期末試験が終わり、自由登校になったタイミングで、迷宮に潜り始める。


同時進行で、動画の撮影も行っている。

配信者として、篠澤さんの働く事務所に入りたい。

そして、モンスターパレードが起こった際に、一般人が自衛できるような教材として、


『比較的簡単にモンスターを討伐できる方法』と銘打ってチャンネルの運営を始めた。


動画作業とは別に、身体能力の高さを活かして迷宮のモンスターを狩り進め、キュアポーションの確保にも動いた。







「・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」


深層、およそ2500メートル付近。

迷宮の奥底で、肩で息をする。


足元には、菌糸のモンスターが沈んでいた。

少しして、幾ばくかの素材とスクロールを残し、完全に姿を消す。


過去に戻って、ちょうど一年だろうか。

保険にキュアポーションを確保、その他迷宮で確保した素材は全て換金し、全てを菌糸系ボスモンスターを屠るために動いた。


そして今日、討伐に赴き、死闘の末に殺した。


よくやった。

と、自分を褒めるのはまだ先だ。

立ち上がり、その足で迷宮の出口へと向かう。


少しふらつく体を押して向かったのは、春から入社できた配信事務所。


「あれ、渡界さん本日打ち合わせの予定はありませんよ?」


中に入れば、運よく俺の担当となってくれた女性――篠澤蛍が驚いた表情を浮かべながらも、開いている部屋に案内してくれる。


「・・・・・・お疲れですか? なんだか元気がないような」

「ははっ、少々徹夜で作業をしてしまいまして。若干ハイになっているかもしれません」


ベッドに伏せていた彼女が、二足で立ち、健康な体で動いている。

余念なく、悪化する原因も取り除けた。今日に限って、気分が高揚するのも仕方がなかった。


心情を例えるのなら、

――いつ崩れるかもしれない土台が、少し固まった。

そんな感じだ。


「もう少しで作業が終わるんですけど、この後夕飯ご一緒しませんか? おすすめの店があるんです」

「二丁目の店ですかね」

「あれ? もうお話しましたっけ?」

「いえ、なんとなくそんな気がしただけです。あそこは美味しいので是非ともご一緒したいですね」


俺のテンションが上がっていることに気付いたのか、篠澤さんは少し頬を緩めて、おどけた調子で俺を店に誘ってくれる。


「ふふっ、じゃあちゃちゃっと仕事終わらせちゃうので、少し待ってて下さい」


陰りの無い表情。

二度と見る事はないと思っていたそれを、次こそは守りぬく。


軽く雑談しながら、何度でも胸に刻む。


そしていつか、君に、また想いを伝えたい。

愛していると。


それに、愛の深さが見えないと言われたなら、今度は実体験に基づいて表現できる。


――愛している。

あなたの笑顔を取り戻すためなら、



『世界を巻き戻すぐらいには』


後で今年の投稿については、活動報告にでも記載しますわ。

そろそろ色んなものを投稿しないと刺されそう・・・・・・(◞‸◟)メンゴ

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