騎士ショエル
マンスドゥス兵の耳目を避けて、ノーラはショエルと物陰で二人きりになった。
「ご無事でよかった、王妃殿下」
「あなたも……。今は、どうしているの?」
「私は、サルム平野の戦いから辛くも落ち延び、今は同志を集めています。
イスオドス市街に潜伏し、機会を窺っているのです」
聞けば、ショエルの仲間たちは、今や数百人にのぼるという。
彼のとりまとめる地下組織には、レバーリャ王国の生き残り、降伏に不満を抱く貴族・軍人、処刑を逃れた聖職者たちが身を寄せていた。
ノーラは、それを聞いて、胸を痛めた。
「そんなにも多くの方が、今も苦境に置かれているのね……」
ショエルは、静かにうなずいた。
「はい。しかし、敵は強大です。
立ち向かうには、まだまだ足りません」
「味方はいないの? 例えば、北部の国々は助けに来てくれないのかしら。ペルン王国は、サルム平野では一緒に戦った仲なのに……」
「このインバレラ帝国は、複数の国の寄せ集め。
サルム平野で負けた途端に、みな、自分の国の保身ばかり。
団結や助勢など、夢のまた夢です」
ノーラは、唇を噛んで、うつむいた。
「……では、どうやって戦うの?」
「我々は、『光輪騎士団』に派兵を願っています」
ノーラは息を呑み、そして納得した。
このインバレラ帝国で広く信じられている宗教、『光耀教』。
その光耀教の武装勢力を、『光輪騎士団』と呼ぶ。
太陽神の「光の輪」を名に冠し、国の利害を超えて戦う、聖なる武力だ。
彼らが動けば、息を潜めている諸国もまた呼応するに違いない……ショエルは、そのように熱弁した。
地下組織は、光輪騎士団を待ちながら、秘密裏に同志を募り、武器を集めて、蜂起に備えているという。
ノーラは、ほっと安堵の息をついた。
味方がいるなら、戦える。
しかし、ショエルは苦々しい面持ちでささやいた。
「我々の組織には、まだ足りないものが二つあります。
旗頭と、武力です。
立場がばらばらの構成員を、ひとつにまとめ上げるための、『象徴』が必要なのです」
ショエルは身を乗り出し、詰め寄ってきた。瞳には、熱がこもっていた。
「あなた様に、その旗頭になっていただきたいのです、ネロエーシャ殿下」
ノーラは、目を丸く見開いた。
間髪入れずに、その手を取って、ショエルは興奮気味に続けた。
「あなた様にしかできぬ役目なのです。
レバーリャの誇り高き王妃として、ラヌス王のために仇討ちをする覚悟を、あなたは、もちろんお持ちのはずだ!」
ノーラは、瞳を震わせた。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「私に……そんな役目が?」
両目に、涙の膜が張った。
聖炎軍に潜入してからのノーラは、ただ状況に翻弄される、無力で疲れた女でしかなかった。
その心臓が、どくりと音を立てた。
誇り高きレバーリャ王妃、ネロエーシャ・ファドラ・デ・ルブハクの熱い血が、彼女の胸の内側で息を吹き返し始めた。
だが、冷たい腹の底では、黒い不安が広がった。
聖炎軍の支配は盤石に見え、味方はあまりにも少ない。
そこでふと、シグの姿が脳裏に浮かんだ。
どの傭兵にも負けない強さを誇る、あの少年。
彼は、ノーラの言うことをよく聞いた。
胸がざわついた。
彼は、手はかかるものの、「良い子」だ。
無知な子どもを利用して、復讐を果たす。そんなことが許されるのだろうか。
(……いいえ、彼は普通の『子ども』じゃない。
普通の子どもが、人を斬り殺した直後に、のんきにお風呂に入りたがるわけ無い。
あの子は……『剣』よ。
その剣を私が振るうことの、いったい何が悪いというの)
ノーラの胸の裏側を、黒い炎がじりじりと焼いた。
いくつもの記憶が、彼女の背を押した。
レバーリャ国王ラヌス、いつも優しかった年上の夫。彼の暖かな手のひら。戦場へ発った日の、強がってみせる彼の表情。そして、守れなかった彼との子ども。あまりにも小さな木の棺……。
(ああ、ラヌス。そうよ、私、あなたのために。戦うために、私はここへ来たのよ……)
黒い炎が、ごうっと唸った。
迷いは灰になって崩れ去った。
ノーラは、ショエルにうなずいた。
「……わかりました。私はあなたたちに協力します」
喜ぶショエルに、さらに一言申し出た。
「それと……もしかしたら、武力の方も。少しだけ、お力になれるかも知れません」
(第一章:ノーラ 完)
■次話:『聖炎軍の思惑』




