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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第一章:ノーラ
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騎士ショエル

 マンスドゥス兵の耳目を避けて、ノーラはショエルと物陰で二人きりになった。


「ご無事でよかった、王妃殿下」


「あなたも……。今は、どうしているの?」


「私は、サルム平野の戦いから辛くも落ち延び、今は同志を集めています。

 イスオドス市街に潜伏し、機会を窺っているのです」


 聞けば、ショエルの仲間たちは、今や数百人にのぼるという。

 彼のとりまとめる地下組織には、レバーリャ王国の生き残り、降伏に不満を抱く貴族・軍人、処刑を逃れた聖職者たちが身を寄せていた。

 ノーラは、それを聞いて、胸を痛めた。


「そんなにも多くの方が、今も苦境に置かれているのね……」


 ショエルは、静かにうなずいた。


「はい。しかし、敵は強大です。

 立ち向かうには、まだまだ足りません」


「味方はいないの? 例えば、北部の国々は助けに来てくれないのかしら。ペルン王国は、サルム平野では一緒に戦った仲なのに……」


「このインバレラ帝国は、複数の国の寄せ集め。

 サルム平野で負けた途端に、みな、自分の国の保身ばかり。

 団結や助勢など、夢のまた夢です」


 ノーラは、唇を噛んで、うつむいた。


「……では、どうやって戦うの?」


「我々は、『光輪騎士団』に派兵を願っています」


 ノーラは息を呑み、そして納得した。


 このインバレラ帝国で広く信じられている宗教、『(こう)耀(よう)教』。

 その光耀教の武装勢力を、『(こう)(りん)騎士団』と呼ぶ。

 太陽神の「光の輪」を名に冠し、国の利害を超えて戦う、聖なる武力だ。


 彼らが動けば、息を潜めている諸国もまた呼応するに違いない……ショエルは、そのように熱弁した。

 地下組織は、光輪騎士団を待ちながら、秘密裏に同志を募り、武器を集めて、蜂起に備えているという。


 ノーラは、ほっと安堵の息をついた。

 味方がいるなら、戦える。

 しかし、ショエルは苦々しい面持ちでささやいた。


「我々の組織には、まだ足りないものが二つあります。

 旗頭と、武力です。

 立場がばらばらの構成員を、ひとつにまとめ上げるための、『象徴』が必要なのです」


 ショエルは身を乗り出し、詰め寄ってきた。瞳には、熱がこもっていた。


「あなた様に、その旗頭になっていただきたいのです、ネロエーシャ殿下」


 ノーラは、目を丸く見開いた。

 間髪入れずに、その手を取って、ショエルは興奮気味に続けた。


「あなた様にしかできぬ役目なのです。

 レバーリャの誇り高き王妃として、ラヌス王のために仇討ちをする覚悟を、あなたは、もちろんお持ちのはずだ!」


 ノーラは、瞳を震わせた。

 そして、ぽつりとつぶやいた。


「私に……そんな役目が?」


 両目に、涙の膜が張った。

 聖炎軍に潜入してからのノーラは、ただ状況に翻弄される、無力で疲れた女でしかなかった。

 その心臓が、どくりと音を立てた。

 誇り高きレバーリャ王妃、ネロエーシャ・ファドラ・デ・ルブハクの熱い血が、彼女の胸の内側で息を吹き返し始めた。


 だが、冷たい腹の底では、黒い不安が広がった。

 聖炎軍の支配は盤石に見え、味方はあまりにも少ない。


 そこでふと、シグの姿が脳裏に浮かんだ。

 どの傭兵にも負けない強さを誇る、あの少年。

 彼は、ノーラの言うことをよく聞いた。


 胸がざわついた。

 彼は、手はかかるものの、「良い子」だ。

 無知な子どもを利用して、復讐を果たす。そんなことが許されるのだろうか。


(……いいえ、彼は普通の『子ども』じゃない。

 普通の子どもが、人を斬り殺した直後に、のんきにお風呂に入りたがるわけ無い。

 あの子は……『剣』よ。

 その剣を私が振るうことの、いったい何が悪いというの)


 ノーラの胸の裏側を、黒い炎がじりじりと焼いた。

 いくつもの記憶が、彼女の背を押した。


 レバーリャ国王ラヌス、いつも優しかった年上の夫。彼の暖かな手のひら。戦場へ発った日の、強がってみせる彼の表情。そして、守れなかった彼との子ども。あまりにも小さな木の棺……。


(ああ、ラヌス。そうよ、私、あなたのために。戦うために、私はここへ来たのよ……)


 黒い炎が、ごうっと唸った。

 迷いは灰になって崩れ去った。


 ノーラは、ショエルにうなずいた。


「……わかりました。私はあなたたちに協力します」


 喜ぶショエルに、さらに一言申し出た。


「それと……もしかしたら、武力の方も。少しだけ、お力になれるかも知れません」





(第一章:ノーラ 完)


■次話:『聖炎軍の思惑』

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