表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人狼シグはわからない  作者: たっこ
第一章:ノーラ
5/36

ひと振りの剣

 ノーラとシグは、二人並んで、事情聴取を受けていた。


 同じ部屋に、二人の雇い主、聖炎教の導師ユランサスもいる。彼の困り果てた表情に、ノーラは恐縮して縮こまった。


「……目撃者たちの証言によれば、ジルーズという男が、先に挑発してきたとある。認識に相違は無いか?」


「ノラ。この人、何て言ってるの」


「『ジルーズという男が、先に喧嘩をしかけてきたのか? 間違いないか?』と聞かれているのよ」


「ジルーズって、何」


「あなたが最初に斬りつけた人の名前よ」


「そうなんだ。……間違い、『ある』」


「ほう?」


「あの人は、女の人」


「……なんだと? 詳しく証言するように」


「ノラ。何て言ってるの」


「『詳しく教えてちょうだい』と言われているのよ」


 シグは、たどたどしいマンスドゥス語で、事の顛末を話した。


「ジルーズは、『女を知ってるの』って言った。

 おれは、知ってるって言った。

 女は、男じゃないほう。

 ジルーズは、『男を知ってるの』って言った。

 おれは、知ってるって言った。

 男は、ちんちんがあるほう。

 ジルーズは、ちんちんがとれてた。

 だから、ジルーズは女の人」


 記録係の兵士が、「ぐふっ」と吹き出した。

 他の兵たちも、顔を背けて、小刻みに震えた。

 ノーラは、恥ずかしくて、真っ赤になった。


 ユランサスは、咳払いして兵たちを諌めた。そして、やれやれと首を振りつつ、シグにため息混じりに言った。


「シグ。あなたの素直なところは、とても良いところです。戦いが強いことも、もちろん良いことです。

 ですが、時には、我慢が大切。剣を抜かずに済ませることも、覚えなくてはいけませんよ」


 シグは、「うん」と答えはしたが、わかっているのか、いないのか。

 ユランサスは、憂い顔でノーラに向き直った。


「……とはいえ、言葉が通じにくいシグには、それは難しい判断です。

 ノーラ。あなたには、こうした事態を前もって避けてくれることを期待していました」


「はい……」


「あなたが悪いと言っているのではありません。ただ、あなたの助けがあれば、彼はもっと良い道を選べたはずなのです」


「……ご期待に添えず、申し訳ございませんでした」


 頭を下げるノーラの姿に、ユランサスは苦笑いを向けた。そして、いたわりのこもった声で、彼女にこのように話した。


「ともあれ、今回の件は正当防衛と認められます。罰を与えることはしません」


「え……」


「本来なら、こうした騒ぎが起きぬよう、軍がもっと環境を整えるべきでした。

 傭兵たちが力と時間を持て余していたことが、根本の原因でしょう。

 あなた方だけの責任ではありませんよ」


 導師に慈悲深くなだめられて、ノーラはほっと胸を軽くした。

 ユランサスは、最後に穏やかにほほえんだ。


「傭兵たちに夜間巡回の任務を与えるよう、総司令官のガーズィム将軍に、私から進言しておきます。二人とも、そのつもりでいてください。

 今日は大変でしたね。さあ、帰って休みなさい」


 ノーラは立ち上がり、深々と感謝の礼をした。

 そして、「『()(カン)(ジュン)(カイ)の任務』って何」と言うシグに説明をしながら、取調室を後にした。

 ユランサスは、去っていく二人の背中を、じっと見つめていた。





 外は、もうすっかり暗かった。

 釈放されたシグの第一声は、「お風呂」だった。


「返り血べたべた。気持ち悪い」


 平然と歩き出す背中に、ノーラの背筋はぞくりと震えた。


(どうして、そんなに『いつもどおり』なの?

 あなたが倒した相手の中には、命を落とした人もいるのよ……?)


 公衆浴場に辿り着くと、管理人は顔をしかめた。


「そんな汚れた服で入るんじゃない。

 せめて、上着は脱いでくれ」


 シグは羽織り物を脱いで、ノーラに預けた。そして、さっさと奥へ向かった。

 ノーラは、呆然と見送った。


 しばらくして、預かった服から立ちのぼる鉄の臭いにひるみ、(洗ってこなきゃ……)と、その場を発った。

 シグは長風呂だ。上がるまでには、戻れるだろう。


 か細い月に照らされた夜道を、洗濯場に向かって歩きながら、ノーラは、シグの異質さについて、改めて思い返していた。


 言葉がわからない。

 生活ができない。

 常識を知らない。

 それなのに、戦うことは、誰よりも得意。

 人を傷つけ、殺しても、何も感じていない。


(シグは……シグは人間じゃない。

 『剣』なんだ。ひと振りの剣。

 人は、人を殺したら罪悪感を感じる。

 剣は、人を殺しても罪悪感を感じない。

 初めから、人を殺すために作られた道具だから。

 あの子は……あの子は普通じゃない……)


 静まり返った夜闇の中に、ノーラの足音だけが響く。

 ふいに、彼女は泣きたくなった。


(私は、何をしているんだろう。

 周りは、こんなに敵ばかり。

 何もできなくて、一人きりで。

 私……本当に、何ができるの……?)


 洗濯場の川べりについた。

 ノーラはしゃがみ込み、水に触れた。その冷たさが骨まで沁みて、ついに涙がぽつりとこぼれた。


「……失礼、そこのお方」


 はっとノーラは顔を上げた。

 真っ暗な木立の陰に、ひとりの男が立っていた。


「だ、誰……?」


 男は、ノーラに歩み寄ってきた。

 そして、足元にひざまずいた。


「私は、レバーリャ王国の騎士、ショエルと申します。

 あなた様にお会いしとうございました。……ネロエーシャ王妃殿下」


 ノーラの心臓が、ひときわ強く跳ねた。


■次話:『騎士ショエル』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ