ひと振りの剣
ノーラとシグは、二人並んで、事情聴取を受けていた。
同じ部屋に、二人の雇い主、聖炎教の導師ユランサスもいる。彼の困り果てた表情に、ノーラは恐縮して縮こまった。
「……目撃者たちの証言によれば、ジルーズという男が、先に挑発してきたとある。認識に相違は無いか?」
「ノラ。この人、何て言ってるの」
「『ジルーズという男が、先に喧嘩をしかけてきたのか? 間違いないか?』と聞かれているのよ」
「ジルーズって、何」
「あなたが最初に斬りつけた人の名前よ」
「そうなんだ。……間違い、『ある』」
「ほう?」
「あの人は、女の人」
「……なんだと? 詳しく証言するように」
「ノラ。何て言ってるの」
「『詳しく教えてちょうだい』と言われているのよ」
シグは、たどたどしいマンスドゥス語で、事の顛末を話した。
「ジルーズは、『女を知ってるの』って言った。
おれは、知ってるって言った。
女は、男じゃないほう。
ジルーズは、『男を知ってるの』って言った。
おれは、知ってるって言った。
男は、ちんちんがあるほう。
ジルーズは、ちんちんがとれてた。
だから、ジルーズは女の人」
記録係の兵士が、「ぐふっ」と吹き出した。
他の兵たちも、顔を背けて、小刻みに震えた。
ノーラは、恥ずかしくて、真っ赤になった。
ユランサスは、咳払いして兵たちを諌めた。そして、やれやれと首を振りつつ、シグにため息混じりに言った。
「シグ。あなたの素直なところは、とても良いところです。戦いが強いことも、もちろん良いことです。
ですが、時には、我慢が大切。剣を抜かずに済ませることも、覚えなくてはいけませんよ」
シグは、「うん」と答えはしたが、わかっているのか、いないのか。
ユランサスは、憂い顔でノーラに向き直った。
「……とはいえ、言葉が通じにくいシグには、それは難しい判断です。
ノーラ。あなたには、こうした事態を前もって避けてくれることを期待していました」
「はい……」
「あなたが悪いと言っているのではありません。ただ、あなたの助けがあれば、彼はもっと良い道を選べたはずなのです」
「……ご期待に添えず、申し訳ございませんでした」
頭を下げるノーラの姿に、ユランサスは苦笑いを向けた。そして、いたわりのこもった声で、彼女にこのように話した。
「ともあれ、今回の件は正当防衛と認められます。罰を与えることはしません」
「え……」
「本来なら、こうした騒ぎが起きぬよう、軍がもっと環境を整えるべきでした。
傭兵たちが力と時間を持て余していたことが、根本の原因でしょう。
あなた方だけの責任ではありませんよ」
導師に慈悲深くなだめられて、ノーラはほっと胸を軽くした。
ユランサスは、最後に穏やかにほほえんだ。
「傭兵たちに夜間巡回の任務を与えるよう、総司令官のガーズィム将軍に、私から進言しておきます。二人とも、そのつもりでいてください。
今日は大変でしたね。さあ、帰って休みなさい」
ノーラは立ち上がり、深々と感謝の礼をした。
そして、「『夜間巡回の任務』って何」と言うシグに説明をしながら、取調室を後にした。
ユランサスは、去っていく二人の背中を、じっと見つめていた。
外は、もうすっかり暗かった。
釈放されたシグの第一声は、「お風呂」だった。
「返り血べたべた。気持ち悪い」
平然と歩き出す背中に、ノーラの背筋はぞくりと震えた。
(どうして、そんなに『いつもどおり』なの?
あなたが倒した相手の中には、命を落とした人もいるのよ……?)
公衆浴場に辿り着くと、管理人は顔をしかめた。
「そんな汚れた服で入るんじゃない。
せめて、上着は脱いでくれ」
シグは羽織り物を脱いで、ノーラに預けた。そして、さっさと奥へ向かった。
ノーラは、呆然と見送った。
しばらくして、預かった服から立ちのぼる鉄の臭いにひるみ、(洗ってこなきゃ……)と、その場を発った。
シグは長風呂だ。上がるまでには、戻れるだろう。
か細い月に照らされた夜道を、洗濯場に向かって歩きながら、ノーラは、シグの異質さについて、改めて思い返していた。
言葉がわからない。
生活ができない。
常識を知らない。
それなのに、戦うことは、誰よりも得意。
人を傷つけ、殺しても、何も感じていない。
(シグは……シグは人間じゃない。
『剣』なんだ。ひと振りの剣。
人は、人を殺したら罪悪感を感じる。
剣は、人を殺しても罪悪感を感じない。
初めから、人を殺すために作られた道具だから。
あの子は……あの子は普通じゃない……)
静まり返った夜闇の中に、ノーラの足音だけが響く。
ふいに、彼女は泣きたくなった。
(私は、何をしているんだろう。
周りは、こんなに敵ばかり。
何もできなくて、一人きりで。
私……本当に、何ができるの……?)
洗濯場の川べりについた。
ノーラはしゃがみ込み、水に触れた。その冷たさが骨まで沁みて、ついに涙がぽつりとこぼれた。
「……失礼、そこのお方」
はっとノーラは顔を上げた。
真っ暗な木立の陰に、ひとりの男が立っていた。
「だ、誰……?」
男は、ノーラに歩み寄ってきた。
そして、足元にひざまずいた。
「私は、レバーリャ王国の騎士、ショエルと申します。
あなた様にお会いしとうございました。……ネロエーシャ王妃殿下」
ノーラの心臓が、ひときわ強く跳ねた。
■次話:『騎士ショエル』




