ある晴れた春の昼下がり
ススロ王国は、インバレラ帝国の中でも、ひときわ異彩を放つ国だ。
東の海の向こうの国がインバレラへ訪れる際、ススロが最寄りの港となる。
ここで交易する者、住み着く者、ここを中継してセドルナやマンスドゥスに向かう者などが混ざり合い、十ヶ国、二十ヶ国もの人種や言葉が混じり合っている。
そのススロには、異人街というものがある。
交易使節や大商会などが、出身国ごとに集まって街を形成している区画で、ここでは治外法権が敷かれている。
インバレラであって、インバレラではないのだ。
そんなススロの異人街に、最近、新しい食堂ができた。
値段は安い。味と量はそこそこ。
その割に、なかなか人気だった。
この店の何より良いところは、食べ方が自由なところだ。
椅子に座って食べる席がある。
床に布を敷いて座る席もある。
立ったまま食べる席まである。
食器も自由に選ぶことができる。スプーンやフォーク、ナイフ、箸など、何でも雑多に置いてある。
食堂の客たちは、それぞれの国の作法で、居心地良さそうに食事していた。
食べながら、インバレラ帝国内の最近の事情について、あれこれ言い交わしている。
「マンスドゥスからやってきた軍団は、ついに全部が引き揚げたらしい」
「南部諸国は、帝国から独立するんだってな」
「聞いた、聞いた。それで、滅ぼされたレバーリャとクレグを、南部領にするとか、北部領にするとかで、言い争いの最中なんだと」
「南部の王は恥知らずだな。自分らが敵を呼び込んだくせに」
「でもよ、それに良いようにやられてた北部も、大概情けないよな」
「どのみち、復興が最優先だ。しばらく特需が続くだろう」
「ま、なら、良いか」
「そうそう、俺たちゃ儲かれば良い」
食堂に入ってすぐの場所では、一人の少年が、椅子に座って昼寝している。
少年は、人狼族だ。
灰色の耳と尾が生えている。
椅子の傍らには杖がある。どうやら足が悪いらしい。右目には眼帯をしている。
膝の上には、毛の長い金色の猫がいて、丸くなって一緒に寝ている。客の会話を聞いているのか、赤い紐が結ばれた尻尾を、時折うるさそうに揺らした。
調理場の女将が、ちょうど料理を終えた。
かん、と玉杓子が皿に触れる。
話し声の満ちる店内で、そのかすかな音を聞きつけて、少年は、ぱちりと目を開けた。
「ユラ。どいて」
金色の猫が、すばやく膝から飛び降りる。
少年は、杖を頼りにゆっくり立って、調理場に向かって歩いていく。
「できた?」
「あら。さすがね、聞こえたの?」
「うん。運ぶ?」
「助かるわ。これ、奥の卓のお客さんに」
「わかった。任せて」
「お願いね。ありがとう、——」
少年は、名前を呼ばれ、はにかんだ。
片手で杖をつきながら、反対の手でお盆を持つ。
慣れた仕草で、危なげない。
そして、料理を待つ客のもとへ、ゆっくりとした足取りで、少年はまっすぐ歩いていった。
(人狼シグはわからない 完)
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