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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第五章:灰は灰に
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決死殿軍

 決死隊は、クレグ城塞の焼け跡を利用して、即席の防御線を敷いた。


 もともとは堅固な城塞だが、焼けて崩れてしまったので、聖炎軍とクレグ勢力とで戦っていたときほどの防衛力は残っていない。

 それでも、やりようはあったし、やるしかなかった。


 ユランサスは、日の出前から城壁の上にいた。

 険しい顔で、北の空を睨んでいた。


(……まだ、敵は来ない。

 だが、今日中には来る。

 ……五日間、必ず保たせなければ)


 軽い足音が背後から近づいてきて、ユランサスの隣で止まった。

 シグだった。

 彼は、灰色の耳をぴっと立てて、ユランサスと同じ方向を見た。そして、落ち着いた声で言った。


「ユラ」


「……なんです」


「おれは死なない」


 ユランサスは何も答えられない。

 昨日のシグの選択の意味を、ユランサスは、まだ消化できていない。

 二人は、黙ったまま北を見つめた。


 じきに日が昇る。

 決死隊の兵を集めて、迎撃の支度をしなければ。

 ユランサスは、そっと奥歯を噛み締めた。


 その時、シグが、小さな声で言った。


「……死にたくない」


 意味を理解するまで、間があった。

 ユランサスは、ばっと振り向いた。

 シグは、もう背を向けて、歩き出していた。


(…………シグ)


 ユランサスは、呆然として、その背を見つめた。


 シグの背中には、翼などない。

 衣服は汚れ、鎧は傷ついている。

 足取りにも、疲れが残っている。


 ユランサスは、ようやく自覚した。

 自分が、彼に何を強いたのかを。





 ユランサスの率いる決死隊は、できる限りで支度を整えて、追討軍の到来を待ち構えた。


 最初にやってきた追討軍の第一陣は、クレグ城塞に立てこもる決死隊を見て、二の足を踏んだ。

 彼らは、カスラージュの決戦場から、血気に逸って駆けてきた軽装騎兵だ。攻城兵器などは持ってきていなかった。

 何もできずにうろうろしている連中を追いやって、初日が過ぎた。

 ユランサスたちはひと息ついた。


 二日目は、追討軍の数が増えた。

 城壁の梯子を倒したり、胸壁の陰で飛んでくる矢を防いだりした。傷を負った者はいるが、まだ決死隊に脱落者はいない。ただ、休む暇が無いので、兵たちに疲労が蓄積していた。

 ともあれ、二日目も保たせることができた。


 しかし、三日目。


「……ついに、来やがったぜ」


 兵たちのうち、誰かがつぶやいた。

 追討軍の背後から、白銀の旗を高らかに掲げた軍勢が、堂々たる歩みで姿を表した。

 光耀教の誇る、『聖なる武力』。

 光輪騎士団だ。


 彼らは、戦果を競う各国軍とは異なり、じっくり用意を整えてから追撃を開始していた。

 彼らの荷を見て、決死隊の面々は、揃って苦い顔をした。

 小型投石機の部材が積まれていたからだ。


(クレグ城塞が建物ごと壊されてしまったら、もう時間稼ぎができない。

 なんとか、あれを使わせないようにしなくては)


 光輪騎士団は、ゆうゆうと投石機の組立を開始した。

 地獄への秒読みが始まった。


 敵の作業を、矢や弩で妨害するよう指示をして、ユランサスは決死隊の残りの面々を集めた。

 そして、ある作戦の説明を行い、そのための準備を彼らに依頼した。





 翌日、四日目の夕暮れ。

 敵の投石機が、ついに完成した。


「あれを使われたら、城塞は今夜で落とされる。

 ……始めましょう」


 城壁の上で身をかがめていたユランサスは、そばにいた兵士に合図を出した。

 そして、うなずいた兵士が城塞内に駆け下りていくのを見送ってから、その場ですっくと立ち上がり、敵軍に己の身を晒した。


 それどころか、聖炎軍の真紅の旗を振った。

 そして、インバル語で、高らかに告げた。


「……偽りの神に目を眩ませた、邪教徒諸君!

 本日も、このような日暮れまで、ご苦労だった!

 諸君らの徒労、ぜひとも、ねぎらわせてほしい!」


 追討軍の兵たちは、頭上から降ってくる高圧的な物言いに、思わず「なんだぁ?」と、顔を上げた。


 その瞬間を見逃さず、城壁に残っていた聖炎軍の兵たちが、ユランサスのそばの(かがり)に、火を灯した。

 炎がユランサスを照らす。

 城壁の下からでも、よく見えることだろう。


「ご挨拶が遅れて、申し訳ない。

 私の名は、ユランサス。

 真なる神にお仕えする、聖炎教の導師だ!

 この機会に、どうかお見知りおきを!」


 旗を振る。声音と動きで、人を操る。

 今まで、何度もやってきたことだ。


「さて、聖なる炎の男神に仕える私から、どうしても、諸君に聞きたいことがある。

 敬虔な光耀教徒である、諸君にしかわからぬことなのだ。

 この機会に、どうか教えてほしい……」


 溜めを作って、注意を引く。

 旗で、地面を打ち鳴らす。

 両腕を広げ、大勢に示す。


「……()()()女にひざまずくのは、どのような気持ちなのかを!

 偽りの女神の足元に額づく、物乞いたちよ!

 よくも、恥じずにいられるものだ!

 真に誇りある男であれば、到底耐えられまい!」


 一瞬ののち、ぶわりと怒気が膨らんだ。

 罵声と矢が飛んでくる。矢だけをかわし、ユランサスは優雅に旗を振って、ほほえんだ。

 そして、怒鳴り声の中から、目当ての『獲物』の声だけを探した。


(さあ、食いついてこい。

 ここにいるのは、知っているぞ)


「……我らが女神を、愚弄するなっ!」


 かかった。


 高い声。

 女聖騎士。

 エルザといったか。

 出しゃばりの雌豚。


 ユランサスは、釣り上げた獲物をすばやく旗で示した。


「ほう! そこにいるのは、女か!

 名高き光輪騎士団も、戦場に娼婦を連れ込むか!」


「娼婦ではないっ!

 私は、騎士だ! 部下だっている!」


「ははは! これはお笑い草だ!

 若い女が、男たちにちやほやされて、自分の実力だと勘違いするのは、どこの国でも変わらぬらしい!」


「きっ、貴様ぁっ!

 撤回しろっ!

 私は、自分の実力でここにいるのだっ!」


 ユランサスは、ほんの一瞬の隙に、エルザの周りの騎士たちを観察した。

 特に、部隊長や、指揮官たちを。


(……誰一人、賛意を示さない。

 それどころか、表情は曇っている。

 ふ、やはり、実情はそんなものか)


 ユランサスは、高笑いした。


「見ものだな!

 親の威光で成り上がっただけの、小娘が!

 どうやら、女神の『光』とやらには、『親の七光り』も含まれるらしい!

 これは失敬! ならば貴殿こそ、神の申し子に違いない!」


 顔を真っ赤にして激怒するエルザに、ユランサスは旗をひらめかせた。


「娼婦と呼んだことは、謝罪しよう。

 こんな乳臭い娼婦がいるものか。

 貴様は、単なる赤ん坊だ。

 何もできぬくせに、わめくばかり!

 父親におぶさって、ここへ来たのだろう!」


「なっ……、貴様っ、貴様……っ!」


「もし、そうでないと言うのなら!

 その『実力』とやらを示してみせろ!

 そら! 我らは『正々堂々と』、貴様を歓迎してくれようではないか!

 ……門を開けッ!」


 叫びを受けて、決死隊の兵たちは動いた。

 ギシギシという音が響く。

 これまで必死に守ってきた城門が、開かれた。


 ユランサスは、城門を旗で指した。


「さあ、女! かかって来るがよい!

 もちろん、泣いて逃げても構わんぞ!

 『()()い』でな!

 あははははっ!」


「……殺すッ!

 その首、討ち取ってくれる!

 お前たち、ついてこい!」


「はいっ、隊長!」


 エルザと、それに続く二十騎ほどの騎士が、城門に向かって駆け出した。

 そして、血気に逸った北部連合軍の兵たちも、それに続いて動き始めた。


 その人の波を見下ろして、ユランサスは静かに城壁から離れ、身を隠した。

 待機していた兵士が、小声で声をかけてくる。


「お見事です、導師様」


「ありがとう。

 ですが、作戦はまだ始まったばかり。

 ここからですよ。……行きましょう」


「はい」





 光輪騎士団の団長は、城門に殺到する追討軍の背を、苦々しい顔で睨んでいた。

 隣の部下がささやく。


「良いのですか、騎士団長。

 エルザが、また勝手に暴走して……」


「……仕方あるまい。

 今からでは、もう連れ戻せん」


 それに、他の理由もあった。

 陣屋に残った他国の騎士たちが言い交わす言葉が、それだ。


「あの邪教徒の男め! 絶対に許せん!」


「我らが『聖女』を愚弄するとは……!」


「エルザ殿は、きっと奴を討ち果たすだろう!」


 騎士団長は、辟易とした。


 『聖女』エルザ。

 カスラージュ平原での戦いで、彼女が得た称号だ。

 裏切り者の南部兵たちの心を浄化し、悪しき異教徒を打ち破った聖人、だそうだ。


(……そんなわけがあるか!

 南部軍は、女神の旗を用意していたのだぞ! 奴らはもとより寝返るつもりだったのだ!

 エルザの叫びなど、ちょっとしたきっかけとして、利用されただけに決まっているではないか!)


 だが、そうだとしても、士気は重要だ。

 現に、末端の兵たちは、無邪気にエルザに憧れて、奮って追撃戦に参加している。

 多少の『英雄的行為』は、目こぼしするしかない。

 しかし。


「……突入した部隊が引き上げるまで、投石機は使えませんね」


「ああ。味方を巻き込むわけにはゆかぬ」


 光輪騎士団の面々は、城門を恨みがましく見つめた。





 城門をくぐり、城塞内に突入した兵士たちは、勢いづいて廊下を駆けていた。


「へへっ! こいつら、口だけだぜ!」


「逃げ回ってばかりじゃねえか!」


 決死隊の面々は、追討軍の兵と出くわすや、みな背を向けて逃走したのだ。

 追討軍は、勇んでそれを追った。

 城塞内の通路は狭い。二人並んで走るのがやっとだ。


 ある曲がり角を、決死隊の兵が曲がる時、ガラン、と音がして、床に何かが落ちた。

 木の杭だった。

 追手側は、気にせずそれをまたぎ越した。


 次の瞬間、曲がり角の石壁が、ガラガラと雪崩のように倒壊した。


「なっ、何っ!」


 追手の兵たちは、あわてて振り向いた。

 来た道が塞がった。

 自分たち二人より後ろの兵は、ついてこれない。

 何人かは、瓦礫の下敷きになった。


「ま、まさか、罠か! ……ぐわあッ!」


 驚く兵の横腹に、すかさず槍が突き立てられた。

 もう一人も、間を置かず倒れた。


 倒したのは、決死隊の兵たちだ。彼らは、汗を拭ってうなずきあった。


「……よし、これなら戦える。

 引き続き、『仕掛け』で敵を分断し、各個撃破だ」


「おう。導師様の作戦勝ちだな」


 焼けて脆くなった城塞は、それはそれで使いようがある。彼らは、ユランサスの指示のもと、特に崩れやすそうな壁や柱を調べて、そこにあらかじめ木の杭を打ち込んでいた。

 敵兵をひきつけて逃げながら、杭に結んだ縄を引っ張り、杭を引き抜く。

 建物は崩れ、敵兵は瓦礫の前後に分断される。

 あとは、倒すだけだ。


「さあ、次だ。どんどん来るぞ」


 決死隊の兵たちは、次の『仕掛け』に敵兵を誘い込むために、また走り出した。





 別の場所では、シグもまた戦っていた。


「こ、こいつ、壁を走りやがる!」


「何とか止めろっ!」


「おい、槍を振り回すな! 味方に当たる!」


「んなこと言ったって……ギャッ!」


「来るなっ! 来るなあっ!」


 五人組の敵を一度に斬り伏せ、シグは刀の血を払った。


 狭い場所では、情報量が限られる。

 シグの空間演算能力は、極めて高効率で働いた。


 時雨(しぐれ)()()(えい)(りゅう)は、一人で多数を相手取るための流派だ。常に位置を変えて立ち止まらず、舞うように敵を斬る。

 今回の状況には、うってつけだ。


 倒した敵の山の上でひと息つくシグに、決死隊の兵が、マンスドゥス語で声をかけてきた。


「坊主、ありがとうよ。ここはもういい。

 お前は、導師様をお守りしろ」


「……おれは、()()を守る?」


「そうだ。一番奥の広間にいらっしゃるはずだ。

 あ、通路は使うなよ。裏に回って、窓から入れ」


「……窓から入る。わかった」


 ()()に教えてもらったおかげで、マンスドゥス語も、少しはわかる。

 シグは、その場を後にして駆け出した。


■次話:『炎は闇の中で輝く』

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