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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第五章:灰は灰に
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わからない

 ノーラは、ふらりと一歩踏み出した。

 シグを守るように、ユランサスに立ちはだかった。


 ユランサスは、じろりとノーラを睨んだ。

 ノーラは、震える唇を開いた。


「やめて……やめてください。

 その命令を、撤回してください」


「……なんです? あなたは部外者でしょう。

 私はシグと話をしているのですよ」


「……十五歳なのよ。

 あなたが死なせようとしているシグは、まだ十五歳の、子どもなのよ……?」


「兵士です。関係ありません」


「正規兵じゃないわ! 傭兵よ!

 傭兵が、決死隊に参加する義理なんて無いわ!

 負けたのは、聖炎軍の責任でしょう。

 シグを巻き込まないで!」


「彼を雇ったのは、軍ではありません。

 私です。

 私と彼の、個人間で結んだ契約を、改めて確認しているだけです」


 ユランサスの口調に、徐々に苛立ちが混じってきた。彼は、皮肉げに口の端を吊り上げ、ノーラに言った。


「母親気取りもいい加減になさい。

 第一、近くで見ていたなら、あなたもわかっているでしょう。

 シグが、普通ではないことに」


 ノーラは、びくっと目を見開いた。

 ユランサスは、勝ち誇るように笑った。


「シグは、何も知りません。何もできません。

 人を殺すこと以外は、何も。

 ……そんな彼が、ここから逃げて生き延びたとして、いったいどうやって暮らしていけるというのですか?

 どうやって、幸せになれると?」


 ユランサスは、声を荒らげた。

 彼は、ノーラを鋭く睨んだ。


「無理に決まっている!

 無垢で、無知で、『普通でない』者は、汚れきった世の中では、幸せになることはできない!

 騙され、利用され、裏切られ!

 最後には、みじめに殺される!

 ……私は、そういう人間を、これまで何人も見てきたのだ!」


 ノーラの息は震えた。

 赤みがかったユランサスの視線は、ノーラを貫き、さらにその向こう側に突きつけられていた。

 おそらくは……彼の、過去に。


 ユランサスは、何度か呼吸をして、落ち着いた。

 そして、打って変わって、静かにつぶやいた。


「……だから、シグはここに残るべきです。

 ここでなら、彼は『英雄』です。

 シグは強い。白刃戦で、彼に敵う者など無い。一人で大勢を相手取ることもできる。

 シグは、最後まで、人を殺して死ぬべきなのです。

 それこそが、彼にとっての幸せです。

 ……私は、シグを守ります。ここで、共に戦い、共に死ぬことで」


 ノーラは、すぐには答えられなかった。

 彼の思いが、理解できてしまったから。

 それは、かつてノーラがシグを利用したときの気持ちと、まったく同じだったのだ。


『シグは、人間じゃない。ひと振りの剣よ。

 それを私が振るうことの、いったい何が悪いというの?』


 しかし。

 だからこそ。


 ノーラは、心を絞り出した。

 声はかすかで、震えていた。


「シグは……何もできなくなんか、ないわ」


「……何?」


「できることが、ある。

 この子には、心がある。考える力も……」


 ノーラは、歯を食いしばって、涙をこらえた。

 そして、ユランサスを正面から見据えた。


「あなたは、知らないでしょう。

 シグは、とても優しいのよ。

 クレグの、城門で戦っていた時。

 重い盾を持ち上げられずにいた私に、シグはすぐに気がついて、駆け寄ってきて、代わりに運んでくれたわ。

 誰に命令されなくても。

 彼は、自分で考えて、自分で決めた。

 ……誰かを助けることを……!」


 ノーラは、恐れに負けず、一歩踏み出した。

 そして、声を張り上げた。


「シグは、幸せになれるわ!

 人を殺さなくたって!

 シグの未来は、シグが自分で決めるのよ!」


 ついにこらえきれず、ノーラの頬を、熱い涙がこぼれた。そのしずくが床に落ちるのと同時に、彼女は、その場にへたり込んだ。


「……だから、お願い。お願いします。

 シグを、ここで死なせないで。

 ……あなただって、シグを大切に思っているんでしょう……?」


 ノーラは、両膝をついて、ユランサスにひざまずいた。

 恥ずかしいとも、悔しいとも思わなかった。

 ただ、シグを助けてほしかった。


 そんな二人を、シグは見ていた。

 じっと黙って、互いの言うことを、最後まで聞いていた。


 そして、床の上に崩れ落ちたノーラに寄り添い、泣き崩れる彼女の肩をそっと支えた。

 彼は言った。


「ユラ」


「……なんですか、シグ」


「おれは、自分で決める。

 残るか、逃げるか。

 誰に言われても、変えない」


 ユランサスは、黙り込んだ。

 シグは、次に「ノラ」と呼んだ。


「……なあに、シグ」


「おれは決めた」


 シグは、静かに、はっきりと告げた。


「おれは、ここに残る。

 残って、ユラと一緒に戦う。

 だから、ノラは先に逃げて」


 息を呑む音が、二つ重なって響いた。

 ノーラは顔を上げ、震える手でシグの腕に触れた。


「シグ……どうして……?」


「おれは、ノラもユラも好きだから。

 おれ、ノラと一緒に散歩して、ユラと一緒にご飯を食べたい。それが、おれのやりたいこと。

 だから、ユラが死なないように、おれは残る。

 一緒に戦って、一緒に帰る」


 ユランサスは、愕然と立ち尽くした。

 両目は大きく見開かれていた。


 ノーラは、涙を流しながら言った。


「……残ったら、死んじゃうのよ?

 ……わかってるの……?」


 シグは、ノーラの涙に、指でちょっと触れた。

 そして、かすかにほほえんだ。


「わからない。

 やってみないと」


 ノーラの視界が、涙で揺れた。


 シグは、優しい。

 シグは、自分で考えた。

 だから、それを邪魔してはいけない。


 ノーラは、悲しみを呑み込んで、笑顔を作った。

 そして、シグを抱きしめた。


「わかったわ。決めたのね。

 ……がんばってね、シグ。

 私、待ってるわ」


「うん。待ってて、ノラ。

 おれもユラも、後から行くよ」


■次話:『決死殿軍』

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