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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第五章:灰は灰に
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カスラージュ決戦

 ペルン王国。

 王自ら兵を率いて、カスラージュへ急行。


 カスラージュ王国。

 自国の兵と命運を、光輪騎士団に託す。


 レノワ王国。

 引きこもりで有名なこの山国さえ、兵を派遣。


 もはや後がない北部三国は、打倒聖炎軍のためにようやく団結し、連合軍を形成した。


 クレグ陥落の報を受けてから、聖炎軍がカスラージュの国境を跨ぎ越えるまで、ほんの僅かな日数しかなかった。

 しかし、なんとか聖炎軍と同数の三万人を結集させることができた。


 決戦場の名は、国名と同じ、カスラージュ平原。

 時は、聖輪暦一〇九七年八月十五日。

 両軍は、南北に布陣して睨み合った。

 これが世に言う、『カスラージュの戦い』である。





 男は、布陣を整える両軍の動きを、馬上で静かに眺めた。


 アソディオ・ロスロルド・デ・ペルン。

 インバレラ帝国皇帝にして、ペルン王国国王。

 この地のすべてのインバル人の命運を背負う男だ。


 その表情は、静かに凪いでいた。

 彼は、己の敗死を覚悟していた。


 集まった兵は、「わずか同数」なのだ。


 サルム平野で、聖炎軍は、二万の数の不利を覆して圧勝している。

 クレグは小国ながら善戦したが、それは堅固な城塞都市で籠城戦術を取ったからだし、その結末は聞いてのとおりだ。


 ここで負けたら、インバレラ帝国は終わりだ。


 アソディオは、最も信頼を置いている、自国の老将軍を呼び寄せた。

 そして、彼にだけ聞こえる声で、ささやいた。


「余が討たれたら、迷うことはない。

 即座に降伏せよ。

 インバレラは(たお)れても、インバル人は生きる」


 将軍は、くわっと目を見開いた。

 しかし、濃い髭に覆われた口が、異議を申し立てることはなかった。

 彼は、主君の覚悟を理解していた。


 皇帝は、たとえ死しても、役目がある。

 その首で、(あがな)うべきものがある。


 今回の場合、それは同族(インバル)人たちの命だ。

 それだけは、何としてでも、守らねばならない。

 そのためには、己のみならず、妻や子の首まで敵に捧げる覚悟であった。


 彼は、一人の女の夫、一人の子の父ではない。

 インバル人の父なのだから。


 老将軍は、苦しげな声で、「御意」と答えた。そして、寂しそうに、こうつぶやいた。


「……この状況。

 どうしても、サルム平野が思い出されますな」


「そうか。そなたは、あの場にいたな。

 せっかく生きて帰ってくれたのに、その後は、責任問題でわずらわせてしまい、すまなかった」


「なんの。わしが負けたのが悪いのです。

 たくさんの若者たちを、死なせてしまいました」


 老将軍は、遠い目をした。


「今は亡き、レバーリャの国王……。

 ラヌス陛下は、立派な方でした。

 城で待つ奥方様を、それは心配しておいででした」


「素晴らしい男だったのだな」


「はい。最期まで、勇敢でした」


「そうか。

 ……それに比べて、余は、ひどい男だ」


 苦笑するアソディオの肩を、老将軍が、ぽん、と叩いた。

 そして、二人は顔を上げ、運命をまっすぐに見据えた。





 正午。

 無情にも、戦いは始まった。


 戦況は、まさにサルム平野の再現のように思われた。


 互いの盾兵ががっぷりと組み合う。

 その後背から、矢の応酬が交わされる。

 マンスドゥスの(らく)()騎兵らは、北部連合軍の側面を叩くため、一気に回り込み、攻め寄せてきた。


 ペルンの軍勢は、サルム平野を知っていた。

 あの惨劇を、繰り返すわけにはいかない。

 そのため、あらかじめ側面に盾兵を置き、長槍で敵の騎兵を退けた。


 だが、カスラージュ国軍や、レノワ国軍は、そうではなかった。

 戦列は乱れ始め、一方的な狩りが始まった。


 アソディオは、ぎりりと歯ぎしりをした。


(あちらへ、応援を向かわせるべきか!?

 しかし、我が軍の編成を崩し、共倒れするわけには……!)


 混乱の中で、「諦めるな!」と、誰かの声が響きわたった。

 女性の声だった。

 高く澄んでいて、よく通り、両軍の雄叫びの中でも際立って聞こえた。


「正義のもとに戦うものを、女神は必ず救いたもう!

 踏みとどまれっ!

 味方を信じよっ!」


 派手に振られる旗があった。

 白地に金の光耀十字。


(光輪騎士団の、聖騎士か……)


 声と旗に励まされ、周囲の味方に、わずかだが士気が蘇った。集団に統率が戻り、「おおっ!」と掛け声が交わされ始める。


(……悪くはない。味方の鼓舞は重要だ。

 だが、『心』だけでは、焼け石に水だ。

 何か、『勝機』を見出さねば……)


 アソディオは、どうにかそれを見つけようと、せわしなく戦場を探った。

 まさにその時だった。


「おお……! 光の女神よ!」


「我らも、ようやく目が醒めた!」


 誰かが、応えるように、大声で叫んだ。

 そして、信じがたいことが起こった。


 最前列。敵方の、聖炎軍の盾兵たち。

 その背後に、白い旗が上がった。

 紋章は、黄金の光耀十字。

 光耀教の女神を表す、その旗が。


「我らは、惑わされていた! 操られたのだ!」


「今こそ、真なる光の女神のもとへ!」


「聖騎士様に続け! 異教徒を倒せ!」


 敵軍から、大量の矢が放たれた。

 しかし、味方には当たらなかった。

 聖炎軍から放たれた矢は、北部連合軍ではなく、マンスドゥスの騎兵隊の頭上に降り注いだ。


(……今だッ!)


 アソディオは、目を見開いた。

 そして、大音声で、味方に告げた。


「神の奇跡は示されたッ!

 南部諸国は、我らの味方だッ!

 誇り高きインバル人たちよ!

 みな、今こそ奮い立て!

 今や、数の利はこちらにある!

 異教徒どもを打ち倒すのだ!」


 北部連合軍の兵たちは、みな、一斉に奮い立った。

 地を揺るがすような雄叫びがとどろいた。


 自軍の兵を指揮しながら、アソディオも猛った。

 もはや、これは「負け戦」ではない。

 勝てる。


 彼の目は、敵の本隊を睨んだ。

 そして、真紅の旗のもとに立つ、敵の将軍と導師を見つけた。

 アソディオは、剣の切っ先でそれを示し、叫んだ。


「あれを討ち取れッ!

 インバル人を殺した将軍を!

 民の心を惑わした邪教徒を!

 敵の親玉の首を獲れッ!」


■次話:『地獄の撤退戦』

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