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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第一章:ノーラ
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人狼シグ

 翌朝、まだ日も昇らぬうちから、ノーラはシグに揺り起こされた。


「ノラ、起きて」


「えっ……? ま、まだ暗いわよ……」


「ケイコの時間」


「ケイコ?」


(カタ)(ゲイ)()


 有無を言わさず庭まで引っ張りだされる。

 シグは、ノーラを庭の隅に座らせると、自分は広い中央まで進み出て、腰の剣を抜いた。

 そして、素振りを開始した。


(……ああ、剣の訓練のことね。でも、なにもこんな時間から始めなくたって……)


 ノーラは、眠い目を擦りながら、シグの素振りを眺め続けた。


 彼の素振りは奇妙だ。

 レバーリャの騎士たちがよくしていたように、上から下へ、右から左へ、単純に振り抜くだけではない。

 踊るような足さばきで、いくつもの軌跡がなめらかに繋がる。


 ノーラは、最初は興味深く眺めたが、同じ素振りが百回、二百回と繰り返されるうちに、さすがに眠気のほうが勝ってきた。


(これ、私が見ている必要があるのかしら……)


 シグの型稽古は、日の出まで続いた。





 他の人々も目覚めて動き出した頃、シグは街の食堂に向かった。


 食事が出てくるなり、シグは懐から二本の棒を出して、パンに突き立てた。

 思わず大声が出た。


「た、食べ物で遊んではいけません! パンに棒を刺さないで!」


「なんで」


「なんでじゃありません! 棒はしまって! パンは手でちぎるの!」


「……わかった」


 シグは棒を片付け、パンを手でちぎって食べた。


 ほっとひと息つくノーラの目の前で、今度はシグはスープの器を持ち上げて、口につけた。

 ズズッと啜る音が響いた。

 ノーラはまた大声を上げた。


「や、やめなさい! 犬や猫じゃないのよ! スープの器を持ち上げないで! 音を立てて啜らないで!」


「なんで」


「なんでもです!」


「わかった」


 シグはスープの器を置いたが、そのまま固まった。


「どう食べるの」


「……まさか、スプーンを知らないの?」


 シグは、手渡されたスプーンを、人差し指と親指でつまみ上げた。


「すーぷは、すーぷんで食べる……?」


「ス・プ・ー・ン、です!」


 ノーラは、シグにスプーンを正しく持たせ、その使い方を叩き込んだ。

 なんとか食べさせ終わる頃、ノーラのぶんのスープはすっかり冷めていた。





 朝食が終わり、疲労困憊のノーラを連れて、シグは街中を散歩し始めた。


 通りの向こうから、荷車を曳く男がやってきた。

 ノーラは端に寄り、荷車のために道を空けた。

 シグはまっすぐ歩き続けた。避ける素振りがない。


「シグ、前を見て!」


「見てる」


「なら、ちゃんと避けて!」


 距離は、いよいよ詰まってくる。

 荷車の男が叫ぶ。


「おい、危ねえぞ!」


 シグは、ぶつかる寸前に、ひょいっと横に跳んでかわした。

 荷車の男は、腰を抜かした。

 青ざめるノーラに、シグは言った。


「避けた」


「……よ、避けたじゃないわよ! 危ないでしょ!」


「当たってない。危なくない」


「危なかったわよ!」


 シグは、無言で首を傾げた。

 騒ぎを見ていた通りの人々は「なんだ、あいつ」とざわついていた。





 正午の鐘が街に響くと、シグはノーラの手を引っ張って、迷い無くどこかへ歩き出した。


「シグ、どこへ行くの?」


「お風呂」


「え?」


「お風呂入る」


 連れて行かれたのは、街の公衆浴場だった。

 シグは、「一緒に入る」と言って、更衣室へノーラの手を引いた。

 ノーラは、全力で抵抗した。


「い、嫌よ、やめてちょうだい!」


「なんで」


「な、なんでって……男女で一緒に入るだなんて……」


 ノーラは、逃げようと身を引いたが、シグの力は意外にも強い。

 彼が傭兵なのだと思いだして、ノーラは急に怖くなった。

 傭兵は、素行が悪いものだ。


「お、お願いだから、一人で行って」


「……ユラは、一緒にいなさいって言った」


「そんな!」


 ノーラは、青くなった。

 まさか、そんな「世話」までさせようと、あの導師は「女性」を募集していたのか。


 震えるノーラに、シグは首を傾げるばかり。

 騒ぐ二人へ、浴場の管理人が顔を出して、ぼそりと言った。


「今の時間は男だけだよ。女は夕方」


「え」


 ノーラは、周りの人々を見た。

 入っていくのは、男性だけだ。

 公衆浴場の入り口の壁には、「男:昼と夜、女:朝と夕」と、時間帯ごとの区分がしっかり書いてある。


 管理人は、白けた顔で引っ込んだ。

 ノーラは、恥ずかしくて真っ赤になった。

 シグだけが、無表情で首を傾げていた。





 ノーラは、何度も振り返るシグの背を押して、どうにか一人で風呂に行かせた。

 彼は、次の鐘が鳴る時刻まで、長々と風呂に入った。

 (溺れたんじゃないでしょうね)と、ノーラは外でやきもきしたが、シグは全身からほかほかと湯気を上げながら、平然と出てきた。


 それから、街で昼食をとった。

 シグはまた妙な棒を出した。

 ノーラはフォークの使い方を教えた。


 食堂からの帰り道、シグは急に道から外れて、いくつもの裏道を通った。

 スカートの裾を引っ掛けながら、ノーラは必死についていった。

 到着したのは、日当たりの良い空き地だった。

 シグは、木陰で昼寝を始めた。

 ノーラは疲れてへたり込んだ。


 街へ夕食をとりに行った。

 シグは、今度は麺を啜った。

 ノーラは、再びフォークを教えた。


 一日が終わり、軍に与えられた居宅に帰った。

 寝台の前で、「一緒に寝る」と言うシグを、「一緒に寝ません!」と叱りつけて、ノーラは自分の寝台にくたくたになって潜り込んだ。


(炊事係だった時とは、まったく別の疲れだわ……)


 ノーラは、夢も見ずに眠った。

 そして、翌日未明、またシグに叩き起こされた。





 そんな生活が、何日も続いた。

 この日も、ノーラは薄暗い中、ほとんど白目になりながら、シグの稽古を見学させられていた。


 ただ、これでもシグはまだ「性質(たち)が良い」ほうなのだ。

 彼との生活で何より苦痛なのは、彼に絡んでくる他の傭兵たちの存在だった。


■次話:『傭兵たち』

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