卑劣漢ゼロゴ
※残酷な描写あり
「村長殿。
神の軍勢が通る。
ご協力願えるな?」
その指揮官は、言葉の丁寧さとは裏腹に、すでに抜剣していた。
ぎらりと光る刃におびえ、村長は大地にちぢこまる。
「あ、あの、わたくしどもは、とても貧しく……。
自分たちの日々の食い扶持も、ままならず……。
ヒイッ!」
駱駝が、どすん、と地を蹴った。
鞍上の指揮官は、冷たく告げた。
「三度は言わぬ。
物資を積め。家畜を差し出せ」
「ひっ、ひいっ、あの、ですから、何も……。
ギャアッ!」
哀れな村長は、刃を呑んで、沈黙した。
指揮官は、配下の兵たちに「かかれ」と命じた。
黒い鎧の兵たちが、村の家々へ向かった。
ゼロゴは、腹の贅肉をぷるぷる震わせながら、馬にしがみついて、それを見ていた。
この太った男の名は、ゼロゴ・エカロマン・デ・セドルナという。
聖炎軍に上陸用の港を提供した、セドルナ王国の国王だ。
そして、南部諸国の盟主でもある。
(なんという残虐な連中だ!
これまで、イスオドスでは、さんざん聖人ぶって、我らを虚仮にしてきたくせに!
野蛮な邪教徒そのものではないかっ!)
ゼロゴは、流血におびえながら、薄目で徴発の様子をうかがった。
マンスドゥス人の使い走りどもが、家々から運び出す物資は、どれも大した量ではない。村長の言うとおり、他所に渡す余裕など無かったのだろう。
だとしても、あるだけ渡して、足りないぶんは靴でも舐めれば助かったろうに、とゼロゴなら思うが。
(今回ばかりは、異人どもはやけに急いでいる。
……何か、裏があるのだな?)
ゼロゴは、無意識に、指をわきわきと動かした。
算盤を弾く動きだ。
考えるときの、ゼロゴの癖だ。
セドルナ王国は、戦いによって栄えた国ではない。
浮き沈みする船を操り、荒れる海流を読み切って、海運によって栄えた国だ。
そのセドルナの王ゼロゴもまた、勇猛果敢な将軍ではない。
彼は、計算高い商人だった。
(戦をすれば、とにかく勝つ。
それだけが、この異人どもを使う利点だった。
しかし、焦っているのだとすれば……。
ひょっとすると、沈む船かもしれん。
それは困る! 私の儲けが出ないではないか!)
ゼロゴが求めている『儲け』。
それは、インバレラ帝国の帝位であった。
このインバレラ帝国は、ひどく窮屈な市場だ。
北部の三国、ペルン、カスラージュ、レノワは、長年、帝位を独占している。厄介な古参商会だ。
ゼロゴのような新参の南部諸国が、光耀教にどれだけ金を積もうと、栄光の椅子は回ってこない。
だからこそ、異国マンスドゥスから、軍隊を呼び寄せたのだ。
ところが、この聖炎軍とかいう『傭兵』は、じつに扱い難い連中だった。
サルム平野で大勝した。これは良い。
レバーリャを滅ぼした。これも結構。
イスオドスを従えた。これも上出来。
しかし、ゼロゴたち南部諸国が、さっそくイスオドスから利益をむしろうとすると、しゃしゃり出て邪魔をしてきたのだ。
ゼロゴの懐に入るはずだった金を市民にばらまき、人気取りのために使ってしまった。
何が、『神の名のもとに、人の労苦は報われなくてはいけません』、だ!
ゼロゴの神は、炎などではない。
金色の丸い光だ。
ずっしり重くて、財布や金庫に貯め込めるような。
おかげで、ゼロゴたち南部諸国は、イスオドスの市民たちから、まるで悪党のように嫌われた。
風評被害であると言えよう。
(それでも、光耀教の老いぼれどもを蹴散らすまでの辛抱だと思い、もう何ヶ月も耐えてきたのだぞっ!
それなのに、もしも『勝てない』なんてことがあれば、私が今まで投資したぶんはどうなる!)
指の動きは、いよいよ激しい。
ゼロゴは、顔を真っ赤にしていた。
隣の部下は、それを見て一歩距離を取った。
「……進発!」
はっと我に返った。
略奪、いや、徴発が済んだようだ。
軍隊は、長い列を作り、再び北へ動き出した。
黒い鎧のマンスドゥス人は、きびきびと。
色とりどりの南部諸国は、のろのろと。
(……まったく、強行軍は堪える。
少しは、こちらを気遣わぬか)
ゼロゴは、ふう、とため息をついた。腹の贅肉が、たぷん、と揺れた。
しかし、直後にびくっとすくみあがった。
赤い両目が、ゼロゴを見ていた。
聖炎教の導師、ユランサス。
射るような鋭い眼差しで。
ゼロゴは、あわてて部下たちに言った。
「ほ、ほれ、お前たち、しゃきっとせぬか!
遅れておるぞ!
ちゃきちゃき歩け!」
セドルナの兵たちの歩調が、わずかに早まる。
ユランサスの視線が、ふいと逸れた。
ゼロゴは、腹を揺らして息をついた。
(……そうだ。勝てる、勝てないの問題ではない。
こんな連中とは、付き合いきれん)
ゼロゴは、ばれないように気をつけて、その聖職者の背をにらんだ。
(ユランサス、あの金髪の悪魔め。
クレグで、ついに本性を表しよった。
あのような狂信者、私の手に負える代物ではない)
ゼロゴの頭が、冷たく冴えた。
(やつは、信用状の無い商人と同じ。
これ以上投資を続けても、私に儲けは入らない。
かくなる上は……)
空中で指を動かすゼロゴの横顔を、部下はちらりと一瞥し、すぐに視線を逸らした。
そこへ、蹄の音が近づいた。
ゼロゴは顔を上げて、そちらを見た。そして、ああ、と納得した。
トロラモ、パナドラル、ススロ。
南部諸国の将たちだ。
つまり、ゼロゴの『共同出資者』だ。
(同じ南部の国々とあって、似たようなことを考えていたか)
トロラモ王国の将軍が、不安げな顔で切り出した。
「ゼロゴ陛下。じつは、おりいってご相談が……」
「奇遇だな。
私も、卿らと話したかったところだ」
ゼロゴは、笑顔で彼らを迎えた。
そして、マンスドゥス人たちに聞かれないように声をひそめ、彼らに相談を持ちかけた。
■次話:『カスラージュ決戦』




