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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第五章:灰は灰に
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大失策

「……どうしてくれる!」


 ガーズィム将軍は、珍しく、感情のまま怒鳴った。

 相手は導師ユランサス。

 兵たちの耳目を避けた、薄暗い密室だ。


 怒りの理由は、無論、クレグの火計だ。

 勝ちはした。

 しかし、大局的には、大失策だ。


 ガーズィムは、ユランサスに詰め寄った。

 そして、声を荒らげた。


「なぜ、民間人まで皆殺しにした。

 この残虐なやり方が、何を引き起こすか。

 北部は、覚悟を決め、団結する。

 南部は、我らから離れていく。

 ……民心を得るのは、お前の役割のはずだろう!」


 ユランサスは、椅子に腰掛け、静かに目を伏せている。その反応の薄さに、ガーズィムの苛立ちは(いや)()した。


「……それだけではないぞ。

 クレグには、もう物も人も無い。

 拠点にできない。

 北へ向かう補給線が死んだ。

 これ以上の北上は、自殺行為だ……!」


「……では、どうするというのです?」


「イスオドスまで退く。

 一度、立て直すべき局面だ」


 ガーズィムの脳裏には、すでに退却後の段取りが描けていた。


 イスオドスまでなら、守りきれる。

 あの国の支配は、もう盤石だ。

 南部諸国には急ぎ使者を送り、金や利権で繋ぎ止める。

 それでもいくらかは減るだろう。補充のための人員を、本国から呼び寄せる必要がある。


 そうして初めて、再び北へ進む力が整うのだ。


 ユランサスは、静かに笑った。不気味なほど穏やかな笑顔だった。


「将軍のお考えは、よくわかりました。

 あなたのおっしゃることは正しい。

 お怒りになるのも、もっともです」


「……ならば、すぐに退却の用意を……」


「立て直せますか?」


 ユランサスの目が、ガーズィムを射抜いた。

 ガーズィムは、思わずひるんだ。


「な……」


「時間さえ掛ければ、立て直せるのですか?

 本当に?

 クレグの噂が北部全体に広まるまで、待ちますか?

 南部諸国をなだめるために、どれだけの譲歩を支払うおつもりですか?」


 ユランサスは、立ち上がった。

 そして、ゆっくり、部屋の中を歩き始めた。


「北部は団結する。

 そうですね。

 『降伏しても殺される』のですから。

 もう、見てみぬふりはしないでしょう。

 同盟を結び、迎撃の用意を丁寧に整えるでしょう。

 彼らに、時間を与えてしまえば」


 かつり、かつり、靴の音が響く。


「南部は離反する。

 そうですね。

 『何をしでかすかわからない』のですから。

 我々を恐ろしく思うでしょう。

 ですが、ここで退き、彼らをなだめれば?

 『交渉の余地あり』と侮られ、付け入られます」


 ユランサスは、くるりと振り向いた。


「……それにね、将軍。

 あなたは、このインバレラ帝国のことだけを、敵と考えておいでですか?」


「……何だと?」


「我らがマンスドゥス王国。

 本国で待つ、強欲な家臣団。

 彼らは、あなたの功績を奪う機会を狙っていますよ」


 ガーズィムは、ごくりと唾を飲んだ。


「当ててみましょうか。

 今、あなたが退けば、本国でどのような意見が出るかを。

 『手際が悪い』。『時間と資源を浪費している』。『我らのほうが、あの地を治めるにふさわしい』。

 ……あなたと、あなたの大切な兵が、血と汗によって勝ち得た土地を、本国のハイエナどもは、舌先だけで掠め取るでしょうね」


 ガーズィムはうつむき、歯を食いしばった。


 確かに、そうだ。

 油断ならない連中だ。

 本国が干渉してくる可能性は高い。


 床をにらんで思い悩む彼は、ユランサスがすぐ目の前まで近づいていることに、気がつかなかった。

 声が、ささやいた。


「ですが……今なら?」


 とん、と。

 ガーズィムの胸の中心を、ユランサスの指が突いた。

 ガーズィムは、思わず後ずさりした。

 ごく弱い力だったのに。


 ユランサスは、ガーズィムの顔を覗き込んだ。

 琥珀色の瞳が、やけに赤く見えた。


「北部に同盟の機会を与えず。

 南部に我らを恐れさせたまま。

 本国が事態を知る前に。

 ……勝利を、得ることができたなら?」


「……無茶だ。

 補給も、休養もなく、今すぐには……」


「将軍。

 あなたは、私を叱責するために、わざわざ人目を避けましたね。

 何のために?」


 彼の口の端が吊り上がる。

 ガーズィムは、答えられない。


「わかっていたからでしょう?

 兵たちの心が、今や私にあると。

 だから、私を(おおやけ)に糾弾できずにいるのでしょう?」


 拳を握った。図星だった。

 兵たちは、勝利に熱狂している。

 そんな状況で、部下たちの前でユランサスを詰問すれば、孤立するのはガーズィムだ。


 ユランサスは、笑顔で言った。


「炎の神の力を示し、苦戦した敵をついに滅ぼした。

 正規兵たちの士気は、最高潮です。

 将軍。ただちに北へ征きましょう」


 彼は、身を引き、一歩下がった。

 つられて、ガーズィムも顔を上げた。


 ユランサスは、その両腕を大きく広げて、慈悲深く見えるほど穏やかに笑んだ。


「恐れることなどありません。

 神は、あなたと共にあります」


 こいつは毒蛇だ、と、ガーズィムは思った。

 だが、もう抗うことができない。


 ガーズィムが選べる道は、一つしか残されていなかった。


作中地図:


挿絵(By みてみん)

聖炎軍進路


■次話:『卑劣漢ゼロゴ』

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