主がそれを望んでおられる
※残酷な描写あり
燃え尽きたクレグの焼け跡を、シグは歩いた。
命じられたのは、残敵処理だ。
生き残りを見つけたら、殺す。
同じ目的で、聖炎軍の他の兵士たちも歩いていた。
しかし、この街にまだ命があるとは思えなかった。
黒い炭。黒い灰。黒い煤。黒い屍。
苦しんで死んだらしい人々の残骸が、あちこちに散らばっていた。井戸や水路の周辺に、それは多く積み重なっていた。
その中には、女性の死体もあった。
焼けた屍は、母の最期に似ていると、シグは思った。
焼け落ちた柱を押しのけ、崩れた瓦礫をまたいで、家屋の内側を調べる。
見つかるのは、死者ばかりだ。
家も、家財も、住民も、形を留めていなかった。
「…………ひっ……!」
かすかな声と呼吸音を、シグの耳は捉えた。
どこに隠れているのか、正確にわかった。
地下室だ。その入り口もわかった。
折れた梁をどけ、倒れた箪笥をどけて、床に小さな扉を見つけた。
シグはそれを開けた。ギィ、と音が鳴った。
階段を一段降りるたび、暗がりの向こうから聞こえてくる呼吸の音が早まった。
「こっちに来るよ……」と、ささやいていた。
見つけた。生き残りを。
それは、二人いた。
年老いた男と、その孫らしき男の子だった。
シグの鋭敏な感覚が、彼らを測った。
そして、わかった。
この二人では、どう頑張っても、シグを殺すことなどできない。
老人は、足を病んでいた。
筋肉の動きや形状で、それがわかった。
あれでは走れない。
それで、逃げずに隠れたのか。
「……お、おじいちゃんを……」
子どものほうが、口を開いた。
暗かったが、震えているのがわかった。
「殺さないで……お願いします。
ぼくたち、何でも言うことを聞きます。
お願いします……、助けてください……」
インバル語だったが、シグはすべて聞き取れた。
彼の幼い言葉遣いは、シグとそう変わらなかったから。
老人の手が、男の子の肩をぽんと叩いた。
そして、悪い足を引きずって、進み出た。
ずるり、ずるり、と、音がした。
老人は、両膝をついて、シグに頭を下げた。
「……この通りです。どうか御慈悲を。
わしは、死んでも構いません。
孫だけはお助けください。幼子には、何の罪もございませんでしょう……」
「おじいちゃん……!」
「お願いいたします……」
わからない言葉はあったが、何を言いたいのか、シグにもわかった。
シグは、迷った。
どうすればよいのかを。
(……師父様は、『武器を向けられたら殺せ』と言った。兵士の人は、『隠れた敵を殺せ』と言った。
この人たちは、武器を持っていない。
この人たちは、敵にならない。
おれが、考えて、決めるなら……)
地下室の入り口から、陽の光が差し込んだ。
正座をして頭を下げる老人の姿が、よく見えた。
白髪で、とても痩せていた。
師父様のことを思い出した。
シグは、迷いながら、口を開いた。
「おれは……あなたたちを……」
「シグ。何をしているのですか」
はっと顔を上げた。
光が遮られ、地下室に影が落ちる。
ユランサスが、そこにいた。
彼は、階段をゆっくり降りて、シグたちに近づいてきた。
「生き残りを見つけたのですね。
えらいですよ、シグ。
殺しなさい」
「……由良。この人たち、敵じゃない。
武器が無い。とても弱い。
助けてって言ってる……」
「……敵じゃない?」
ユランサスが、シグの隣に立った。
老人と、子どもを見下ろした。
すらり、と、鋼が鞘を擦る音がした。
「……クレグの市民は、欺瞞の女神の名のもとに、一丸となって結集した。
民も、皆が兵となり、炎の神に背いた……」
びゅっ、と、風切り音が鳴った。
「……神敵だッ!!」
ユランサスの剣が、ひざまずく老人の首を貫いた。
ごぽり、と、粘りのある音がこぼれた。
子どもが声無き悲鳴をあげた。
「……あ、お、おじいちゃん……おじいちゃん!
なんで、やだよ、死んじゃやだ……!
ぼく、一人になっちゃうよ……!」
崩れ落ちた老人の体に、遺された子どもがすがりついた。
ユランサスは、目を細めて、しばらくそれを眺めていた。
そして、興味を失ったように、もう一度剣を振り下ろした。
ごとり、と、重いものが床に落ちた。
シグは、言葉も無く、それを見ていた。
両目を、大きく見開いて。
胸の中も、頭の中も、嵐のように騒いでいた。
ユランサスは、血だまりを踏みながら、静かな声でささやいた。
「シグ。なぜ、私の言うとおりにしないのですか?
あなたは、私のために戦うと。
私が、あなたを守ってあげると。
そう、約束したでしょう」
シグは、答えることができなかった。
子どもが、助けを求めてきたときの。
老人が、ひざまずいたときの。
師父様を思い出したときの。
あの気持ちを、ユランサスに伝えるために、どんな言葉を使えばいいのか、わからなかった。
そして、ユランサスが彼らを殺してしまった、今のこの気持ちも。
どうすればわかってもらえるのか、シグにはわからなかった。
無言で立ち尽くすシグの姿を、ユランサスはじっと見つめ続けた。
しかし、ふと、一度まばたきをした。
彼は、剣を鞘に収めて、ゆっくりと歩み寄り、シグの左頬にそっと触れた。
「……ここ、怪我をしていますね。
……痛みますか?」
「え……?」
頬に触れたユランサスの指には、確かに少し血がついていた。
それで、シグは思い出した。
城門前で何日も戦っていたときに、ついてしまった擦り傷だった。
兵士の命令と、自分の判断と、どちらにするか迷っていたら、怪我をしてしまった。
シグは、正直に答えた。
「ちょっと痛かった。……今は、あんまり」
「そうですか……。
痛いのに、頑張りましたね、シグ」
「……うん」
「……あとで、手当をしてあげます。
仕事が終わったら、私の所においでなさい」
ユランサスは、背を向けて去った。
床に広がる血だまりが、シグの靴の爪先に届いた。
シグの胸が、ぎゅっと苦しくなった。
(おれが、正しいと思うこと。
由良が、正しいと思うこと。
……同じじゃ、ないのかもしれない。
由良は、おれにとって、悪い人なのかもしれない。
だけど……。由良、だけど……)
顔を上げる。
疲れきった足取りで、階段を登るユランサスの背中が見える。
重い体を引きずるように、別の場所へと去っていく。
憔悴したその様子が、どうしても、シグの亡き母と重なった。
彼の背中を、シグはじっと見送った。
(第四章:クレグ攻防戦 完)
■次話:『大失策』




