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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第四章:クレグ攻防戦
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主がそれを望んでおられる

※残酷な描写あり

 燃え尽きたクレグの焼け跡を、シグは歩いた。


 命じられたのは、残敵処理だ。

 生き残りを見つけたら、殺す。

 同じ目的で、聖炎軍の他の兵士たちも歩いていた。


 しかし、この街にまだ命があるとは思えなかった。


 黒い炭。黒い灰。黒い煤。黒い屍。


 苦しんで死んだらしい人々の残骸が、あちこちに散らばっていた。井戸や水路の周辺に、それは多く積み重なっていた。

 その中には、女性の死体もあった。

 焼けた屍は、母の最期に似ていると、シグは思った。


 焼け落ちた柱を押しのけ、崩れた瓦礫をまたいで、家屋の内側を調べる。

 見つかるのは、死者ばかりだ。

 家も、家財も、住民も、形を留めていなかった。


「…………ひっ……!」


 かすかな声と呼吸音を、シグの耳は捉えた。

 どこに隠れているのか、正確にわかった。

 地下室だ。その入り口もわかった。


 折れた梁をどけ、倒れた箪笥をどけて、床に小さな扉を見つけた。

 シグはそれを開けた。ギィ、と音が鳴った。


 階段を一段降りるたび、暗がりの向こうから聞こえてくる呼吸の音が早まった。

 「こっちに来るよ……」と、ささやいていた。


 見つけた。生き残りを。

 それは、二人いた。

 年老いた男と、その孫らしき男の子だった。


 シグの鋭敏な感覚が、彼らを測った。


 そして、わかった。

 この二人では、どう頑張っても、シグを殺すことなどできない。


 老人は、足を病んでいた。

 筋肉の動きや形状で、それがわかった。

 あれでは走れない。

 それで、逃げずに隠れたのか。


「……お、おじいちゃんを……」


 子どものほうが、口を開いた。

 暗かったが、震えているのがわかった。


「殺さないで……お願いします。

 ぼくたち、何でも言うことを聞きます。

 お願いします……、助けてください……」


 インバル語だったが、シグはすべて聞き取れた。

 彼の幼い言葉遣いは、シグとそう変わらなかったから。


 老人の手が、男の子の肩をぽんと叩いた。

 そして、悪い足を引きずって、進み出た。

 ずるり、ずるり、と、音がした。

 老人は、両膝をついて、シグに頭を下げた。


「……この通りです。どうか()()()を。

 わしは、死んでも構いません。

 孫だけはお助けください。(オサナ)()には、何の罪もございませんでしょう……」


「おじいちゃん……!」


「お願いいたします……」


 わからない言葉はあったが、何を言いたいのか、シグにもわかった。

 シグは、迷った。

 どうすればよいのかを。


(……師父様は、『武器を向けられたら殺せ』と言った。兵士の人は、『隠れた敵を殺せ』と言った。

 この人たちは、武器を持っていない。

 この人たちは、敵にならない。

 おれが、考えて、決めるなら……)


 地下室の入り口から、陽の光が差し込んだ。

 正座をして頭を下げる老人の姿が、よく見えた。

 白髪で、とても痩せていた。

 師父様のことを思い出した。


 シグは、迷いながら、口を開いた。


「おれは……あなたたちを……」


「シグ。何をしているのですか」


 はっと顔を上げた。

 光が遮られ、地下室に影が落ちる。


 ユランサスが、そこにいた。


 彼は、階段をゆっくり降りて、シグたちに近づいてきた。


「生き残りを見つけたのですね。

 えらいですよ、シグ。

 殺しなさい」


「……()()。この人たち、敵じゃない。

 武器が無い。とても弱い。

 助けてって言ってる……」


「……敵じゃない?」


 ユランサスが、シグの隣に立った。

 老人と、子どもを見下ろした。

 すらり、と、鋼が鞘を擦る音がした。


「……クレグの市民は、欺瞞の女神の名のもとに、一丸となって結集した。

 民も、皆が兵となり、炎の神に背いた……」


 びゅっ、と、風切り音が鳴った。


「……(しん)(てき)だッ!!」


 ユランサスの剣が、ひざまずく老人の首を貫いた。

 ごぽり、と、粘りのある音がこぼれた。

 子どもが声無き悲鳴をあげた。


「……あ、お、おじいちゃん……おじいちゃん!

 なんで、やだよ、死んじゃやだ……!

 ぼく、一人になっちゃうよ……!」


 崩れ落ちた老人の体に、遺された子どもがすがりついた。

 ユランサスは、目を細めて、しばらくそれを眺めていた。

 そして、興味を失ったように、もう一度剣を振り下ろした。

 ごとり、と、重いものが床に落ちた。


 シグは、言葉も無く、それを見ていた。

 両目を、大きく見開いて。

 胸の中も、頭の中も、嵐のように騒いでいた。


 ユランサスは、血だまりを踏みながら、静かな声でささやいた。


「シグ。なぜ、私の言うとおりにしないのですか?

 あなたは、私のために戦うと。

 私が、あなたを守ってあげると。

 そう、約束したでしょう」


 シグは、答えることができなかった。


 子どもが、助けを求めてきたときの。

 老人が、ひざまずいたときの。

 師父様を思い出したときの。

 あの気持ちを、ユランサスに伝えるために、どんな言葉を使えばいいのか、わからなかった。


 そして、ユランサスが彼らを殺してしまった、今のこの気持ちも。

 どうすればわかってもらえるのか、シグにはわからなかった。


 無言で立ち尽くすシグの姿を、ユランサスはじっと見つめ続けた。

 しかし、ふと、一度まばたきをした。

 彼は、剣を鞘に収めて、ゆっくりと歩み寄り、シグの左頬にそっと触れた。


「……ここ、怪我をしていますね。

 ……痛みますか?」


「え……?」


 頬に触れたユランサスの指には、確かに少し血がついていた。


 それで、シグは思い出した。

 城門前で何日も戦っていたときに、ついてしまった擦り傷だった。

 兵士の命令と、自分の判断と、どちらにするか迷っていたら、怪我をしてしまった。


 シグは、正直に答えた。


「ちょっと痛かった。……今は、あんまり」


「そうですか……。

 痛いのに、頑張りましたね、シグ」


「……うん」


「……あとで、手当をしてあげます。

 仕事が終わったら、私の所においでなさい」


 ユランサスは、背を向けて去った。


 床に広がる血だまりが、シグの靴の爪先に届いた。

 シグの胸が、ぎゅっと苦しくなった。


(おれが、正しいと思うこと。

 由良が、正しいと思うこと。

 ……同じじゃ、ないのかもしれない。

 由良は、おれにとって、悪い人なのかもしれない。

 だけど……。由良、だけど……)


 顔を上げる。

 疲れきった足取りで、階段を登るユランサスの背中が見える。

 重い体を引きずるように、別の場所へと去っていく。

 憔悴したその様子が、どうしても、シグの亡き母と重なった。


 彼の背中を、シグはじっと見送った。





(第四章:クレグ攻防戦 完)


■次話:『大失策』

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