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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第四章:クレグ攻防戦
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神の怒り

※残酷な描写あり

 エルザらがカスラージュへ帰った、その日の晩。

 見張りのクレグ兵は、奇妙なものを目撃した。


「あれ……あの影、いったい……。

 ……まさか、動いてるのか?」


 兵士は、瓦礫をまたぎつつ、おそるおそる歩いた。

 この見張り塔は、助勢に来た聖騎士たちが城外に出て交戦した折、胸壁を崩されてしまって以降、見晴らしが良くない。

 欠けた壁際までなんとかにじり歩き、兵士は、気をつけて外を覗いた。


 そして、ヒュッと息を呑んだ。


 ゴロゴロと鳴る、低い音。

 キリキリと軋む、縄の音。

 ゆっくりと形を変える、巨大な影。


 兵士は、大慌てで(らっ)()を吹き、叫んだ。


「しゅ、襲撃だあっ! 夜襲だぞっ!

 投石攻撃が来るぞおっ!」


 それは、大型の投石機だった。

 聖炎軍が、陣屋の後方で製作していた、攻城兵器だ。

 完成したのだ。

 夜闇にまぎれて、前進させてきたのだ。


 急報に叩き起こされたクレグの兵士たちが、ばたばたと城壁に登った。


「壊せ! 壊すんだっ! 急げ!」


 弓や弩が、ありったけ放たれた。

 しかし、当たらない。

 夜だからだ。狙いがうまく定まらない。


 そうこうしているうちに、投石機の支度が整った。

 木製の長大な腕が、ぶうん、と唸って、跳ね上がる。

 その腕から、何かが放たれた。

 それは、クレグの誇る城壁を飛び越えて、街の中に着弾した。


 夜闇に、赤い点が灯った。

 誰かが悲鳴を上げた。


「火だ! 火をつけられた!」


 そんな莫迦な、と、誰もが思った。

 彼らを束ねる総督は、常々こう言い、皆を励ましていたのだ。


『聖炎軍の連中は、イスオドスで、市民に寛容に振る舞った。

 寛容っつうのは、まあ、おべっかだな。

 ご機嫌取りに必死になったんだ。

 なぜかってえと、市民に嫌われたくないからだ。

 あいつらは、人が暮らす街を欲しがってる。

 つまり、兵は殺すが、民は殺さない。

 ……っつうわけで、このクレグでも、戦って死ぬのは俺たち穀潰しの男どもだけだ。

 女房、子どもは、心配いらねえ。

 な、だから、全力で踏ん張ろうや!』


 城壁の兵たちは、呆然と市街地を見下ろした。

 炎は、ろくに狙いも定めずに、手当たり次第に投げ込まれる。

 街が、紅蓮に染まっていく。


 兵士の一人が、取り乱して叫んだ。


「おいッ! どうしてだよッ!

 聖炎軍は、民は殺さないんじゃなかったのかよッ!

 死ぬのは、俺らじゃなかったのかよッ!」


「お、落ち着け……」


「落ち着いていられるかッ!

 俺の息子が、まだ街にいるんだッ!

 『お父さんと一緒にいる』って、避難を断って!」


 泣きながら叫ぶその父親を、隣の兵士が揺さぶった。


「冷静になれっ! できることは、一つだ!

 あの投石機を壊すんだ!

 炎は、他の連中が消し止める! 俺らは、ここで戦うんだ!」


 息子を持つ兵士は、何度も肩を叩かれて、がくがくとうなずいた。


「……そ、そうだな。そうだ。やるしかねえ。

 ……やってやるッ!」


「よし、その意気だ!」


 兵士たちは、再び気力を取り戻した。

 そんな彼らの頭上に、影が落ちた。

 そして、炎が包み込んだ。





 総督は飛び起き、兵を引き連れて市街地へ急行していた。

 彼は、大声で怒鳴った。


「消し止めろッ! 井戸水を使えッ!

 住民を叩き起こして、街の北側に移動させろッ!

 家を壊すんだ! 延焼を防げッ!」


 兵士たちは、機敏に動いた。

 ここは、彼らの街だ。眠っているのは、彼らの家族なのだ。


 すぐ近くに、また火が降ってきた。

 ボンッと爆ぜる音。何かが割れる音。


()(つぼ)だな……! 厄介なもん使いやがって!

 おい、こっちにも水持ってこい!」


 兵士たちは、井戸から水を汲み、次々と他の兵に手渡した。回ってきたそれを受け取った総督は、「おらよっ!」と炎に水をぶちまけた。


 火は、消えなかった。

 ごうっとうなりを上げ、勢いを増して燃え盛った。


 総督は、桶を抱えたまま、絶句した。


「な……なんだと……?

 なんで、火が水で消えねえんだよ……!」


 後方でそれを見ていた兵士たちも、愕然とした。その瞬間にも、火の手はますます拡がっていく。

 他の現場でも、消せずにいるようだ。


 総督は、ぎりりと歯ぎしりし、決断した。

 「おい!」と側近を呼びつける。


「……馬を集めろ。街の北だ。

 逃げてきた市民を、来た順に乗せて、街の外に逃がせ。自分で走れるやつは走らせろ。

 ……クレグは終わりだ。後は、何人生かせるかだ」


「ぐっ……、承知しました。

 総督は?」


「決まってんだろ。俺は最後だ。……行け!」


「……はいっ!」


 駆けゆく側近の背を見送り、総督は兵士たちに告げた。


「穀潰しども! 最後の仕事だ!

 全部の家を回って、住民を叩き起こせ!

 北だ! 北に逃がせ!

 女房、子どもと、てめえらの両親を逃がせッ!」


 兵たちは、「はっ!」と敬礼し、三々五々に駆けていった。

 総督も、片っ端から家々を巡り、羊を追い立てるようにして、人々を走らせた。


 泣き叫びながら逃げ惑う人々の列に、頭上から炎の影が迫る。

 その一つが、立ちすくむ婦人の間近に迫った。

 総督は、思わず飛び出した。


「危ねえッ!」


 婦人をその場から突き飛ばす。

 総督の真横で、火壺がボンッと弾けた。

 砕けた壺の破片が刺さる。そして、真っ黒な液体が、総督の背中に掛かった。


 激烈な痛みが背を焼いた。


「ぐっ、あああアッ! アアアアッ!!」


「い、いやっ、総督様……っ!」


「ぐウッ……。

 に、逃げろ……ッ! 立って走れ、早くッ!」


「は、は、はいっ……!」


 なんとか助けた婦人の足音を聞きながら、総督は、すでに正気ではなかった。

 背中に、灼熱がべったりと張り付いている。苦痛の牙をたて、肉を、命をむさぼっている。


(これが、炎の、神の……。

 ちく、しょう、こんな……)


 総督の最期の声は、言葉ではなかった。

 彼の喉は、もう叫ぶことしかできなかったから。





 その炎は、『(じゅう)()(えん)』といった。


 硫黄やナフサを燃料とするその炎は、水を掛けても消えず、却って勢いを増し、水上を燃え拡がることから、『神の怒り』とも渾名される。

 聖炎教が用いる神具の一つであった。





 同じ頃、城壁を挟んだ反対側でも、愕然としている男がいた。


「……火? 莫迦な、火だと!?

 まさか、重火炎かッ!?

 ふざけるな、誰が許可したッ!?」


 叫んだのは、ガーズィムだった。

 聖炎軍の総司令官。

 彼にとっても、夜闇を赤く染める炎は、驚愕すべき事態であった。


 大型投石機を作らせたのは、ガーズィムだ。

 夜の闇にまぎれて前進させたのも、ガーズィムだ。


 だが、今夜撃てとは、命じていない。

 ましてや、重火炎壺を載せろ、などとは。


(俺は、城門や見張り塔を、投石で破壊する予定だった。

 明日の朝から始めさせようと……。

 誰だ、俺の命令に背いて、こんな真似をしでかしたのは!?)


 ガーズィムは、現場に飛び出した。木製の腕を唸らせながら、次々と死の炎を投じ続ける投石機の足元へ向かった。

 そして、今まさに発射杭を抜こうとしている人影に怒鳴った。


「中止しろッ!」


 その兵は、一瞬びくりと肩をはねさせた。

 しかし、ただちに別の怒声が響いた。


「何をしている、撃てッ!」


 兵は、おびえたようにうなずき、杭を抜いた。

 次の瞬間、巨大な木の腕が跳ね上がった。風を切り、うなりをあげて……火を放った。


 ガーズィムは、言葉を失って、立ち尽くした。


(なぜだ。なぜ、お前が。

 ……ユランサスッ!!)


 投石機の足元。

 夜闇に浮かぶ、真紅の旗。

 ユランサスが、狂ったように笑っていた。


「ふはははは! あはははははッ!

 すべてだ、すべて撃ち込めッ!

 我が神は炎!

 我が神は夜!

 我が神は死!

 我が神は報い!

 根絶やしだ! 卑しき女神に侍る愚民を、一人残らず焼き尽くせ!」


 導師ユランサスの指示のもと、投石機は、夜闇を裂いて、死の火炎壺を投じ続けた。


 ガーズィムは気づいた。

 発射作業に従事しているのは、黒い鎧の正規兵ではない。

 赤い肩掛けを身に着けた、聖炎教の神官たち。ユランサス直属の者たちだ。

 裏で、ユランサスが動いていたのだ。


(いつからだ。なぜだ。ユランサス……)


 夜空を、炎が焦がしている。

 闇に、哄笑がこだましている。

 解き放たれた神の怒りは、クレグのすべてを焼き滅ぼすまで、ついに燃え尽きることはなかった。


■次話:『主がそれを望んでおられる』

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