帰還命令
光輪騎士団の騎士団長は、冷や汗をかいて、顔を伏せていた。
ここは、カスラージュ王国の大聖堂。
光耀教の枢機卿や大司教といった、やんごとなき面々が、彼を取り囲んでいた。
「そなたがついていながら、何という勝手を許したのだ」
「監督不行届と言わざるを得ん」
「……大変、申し訳ございません。
完全に、こちらの予想を超えた行動でした」
彼は、叱責を受けていた。
騎士団のいち部隊長であるエルザが、独断でクレグに向かい、聖炎軍と交戦しているというのだ。
今朝方、クレグの総督から早馬が届き、それから一刻もおかず、今である。
大司教たちが、ため息をついた。
「確かに、聖炎軍は、我ら光耀教にとって相容れぬ敵。しかし、その力はあまりにも強い。
ゆえに、付け焼き刃の援軍ではなく、北部諸国の確固たる団結が必要……と、話し合ったはずだな」
「突発的で挑発的な行動を取るべきではない」
「場合によっては、クレグやルブハクに、聖炎軍にひざまずいてでも遅延するよう頼まねばならぬ状況だというのに……」
(……そんなことは、言われずともわかっている!)
頭上でさんざめく老人たちの苦言に、騎士団長は歯ぎしりした。
(エルザめ。俺は、待機しろと言ったぞ。
なぜ、勝手に飛び出したのだ。
親の権力に守られている自覚もない、衝動的な小娘が……!)
エルザは、大司教の娘だ。若く、美しく、強いため、騎士団内にカルト的な人気もある。しかし、実際は精神的に未熟で、暴走癖がある。
彼を含めて、古参の騎士たちは、扱いに頭を悩ませていた。
「……急ぎ、前線から呼び戻します」
「そうしてくれたまえ、団長どの」
団長からの召喚状は、早馬でクレグに届けられた。
それを受け取ったエルザは、不満を隠そうとしなかった。
「ただちに大聖堂へ帰還せよ、ですって!?
私たちは、まだここへ来たばかりよ!
するべきことは、山ほどあるわ!」
つい、両手に力がこもる。
召喚状の端の方に、くしゃりとしわが寄った。
「騎士団長……いったい、何をお考えなの?
まさかとは思うけれど、あの方も、私にやけにきつく当たる他の殿方たちと同じように……」
エルザは、きゅっと唇を噛んだ。
こういうことは、初めてではない。
エルザは、若い女性の騎士だ。
歳を重ねた男性の騎士ほど、エルザの積極的な活躍や、型に嵌まらない行動を、面白く思っていないらしい。それで、やっかんで邪魔をしてくるのは、日常茶飯事だった。
「騎士団長は、公正な方だと思っていたのに……」
うつむくエルザに、部下たちがうろたえる。
「え、エルザ隊長! 隊長には、俺たちがいます!」
「どうか、元気を出してください!」
「年寄りたちには、隊長の良さがわからないんですっ!」
「……みんな……!」
エルザは、感激した。
やはり、持つべきものは仲間だ。
若い力を結集させて、めげないことが大切なのだ。
しかし、召喚状と一緒に届いた、もう一通の書状を見て、エルザは表情を曇らせた。
それは、父母からの手紙だった。
『お前の正義感を誇らしく思うが、父も母も心配しています。どうか無事な姿を見せておくれ』
「お父様、お母様……。
二人の気持ちを、無下にできないわ」
孝行心は、光耀教の掲げる美徳だ。
エルザはしぶしぶ、部下たちとともに、帰還することを決めた。
「聖騎士エルザ殿。このたびは、我らクレグのために多大なるご助力を賜り、誠にありがとうございました。
どうか道中、くれぐれもお怪我などなさいませぬよう……。ご無事のご帰還を、心よりお祈り申し上げております」
「こちらこそ、温かいおもてなしを賜り、感謝に堪えません!
このように早く帰ることになってしまい、心苦しく存じますが……皆さまの勇気と献身は、必ずや女神の御目に留まるでしょう。
どうかご武運を! 女神の光が、皆さまをお守りくださいますように!」
クレグの総督は、主だった部下たちと共に、エルザたちに敬礼を捧げた。
総督の敬礼は、完璧だった。
目は、一点の曇りもなく輝いていた。
エルザもまた、きりりと凛々しい表情で、それを受けた。そして、ひらりと白馬にまたがり、来たときと同様市街地を駆けて、北へと去っていった。
住民たちは、「聖女様!」「行かないで!」「この御恩は忘れませぬ!」と、口々に別れを惜しんだ。
光輪騎士団の白い旗が欠片も見えなくなってから、総督は、司令室に戻った。
もちろん、側近も一緒にいる。
「……帰ったな?」
「はい、帰りました」
「ようやく、帰ってくれたな?」
「はい、ようやく帰ってくれました」
「とんでもねえことを、しでかしてくれたな?」
「はい、とんでもねえことばかりです。
住民の避難は滞り、見張り塔は損壊し、挑発を受けた敵軍の士気はうなぎ登り。
昨日は騒ぎを起こしませんでしたが、住民たちを引き連れて旗振りパレードじみた行進をおこなった結果、非戦闘員たちの戦意はいよいよ高まり、今も避難を拒んで徹底抗戦を叫んでおります。
おまけに、滞在中の彼らの食料、燃料、その他消耗品などは、すべてこちら持ちでした」
「……っがあああ!!」
総督は、自分の兜を、床に叩きつけた。
そして、わめいた。
「二度とそのツラ見せるんじゃねえ!
このっ、すっとこどっこいの阿呆どもがっ!」
総督の願いは叶う。
この帰還命令が、エルザを『クレグの惨劇』から逃し、生き延びさせることとなるからだ。
■次話:『神の怒り』




