厄介な援軍
クレグへの攻撃が開始された。
クレグは、谷間に築かれた都市国家だ。
南北を繋ぐ関所として栄える。
その利権を狙い、古くから近隣諸国との小競り合いが絶えなかったという。そのため、クレグは分厚い堅固な城壁で拠点をぐるりと囲い、難攻不落の城塞都市を作り上げた。
聖炎軍は、攻めあぐねていた。
総司令官のガーズィム将軍は、前線をにらみ、顎をさすった。
(……難しい敵だ。だが、勝てなくはない。
クレグに、援軍さえ来なければ)
聖炎軍は、サルム平野では、数的不利をものともせずに、ほんの数時間で快勝した。
しかし、それは炎の神の加護による奇跡ではない。
戦場が、平野だったからだ。
騎兵を運用した戦術で、高速で横に回り込み、敵の弱点をすばやく破った。
また、マンスドゥスから連れてきた駱駝は、インバレラ勢の乗る馬たちを大いにおびえさせた。
今回は、その戦術が使えない。
クレグは、その堅固な盾に隠れ、じっくりと籠城することを選んだ。
騎兵がいくら走り回っても、石の城壁は崩れない。
おまけに、この国の湿った空気で、駱駝たちは体調を崩し、弱ってしまった。
聖炎軍の兵数は、総勢三万。
サルム平野では、五万を破った。
それが、クレグでは苦戦している。
今回の敵は、せいぜい四千ほどだろうに。
ユランサスは、歯噛みしている。
表では笑顔で兵たちを鼓舞しているが、付き合いの長いガーズィムには、彼が日に日に苛立ってきているのがわかる。
二人になると「まだ落ちないのですか?」としきりに尋ねてきたり、何度も指の先で机を叩いたりと、焦っているときの彼の癖が出つつある。
彼の本領は、軍事ではなく、政治だ。
クレグが、インバレラ帝国で英雄視されるのが嫌なのだろう。「交戦期間が長引くほど、落とした後の市民の懐柔が難しくなる」とも言っていた。
それで、裏でガーズィムをせっついてくる。
クレグが落ちにくいことについて、ガーズィムは早々に見切りをつけていた。
だから、攻撃開始から三日目に、大型投石機の手配を命じている。
それが完成するまで待つようにと、何度も伝えているのだが。
(焦っても、城壁は崩れん。
こいつをなだめておくのも、俺の戦いの内か……)
そんなガーズィムの悩みの種が、また増えた。
攻撃開始から十日目の昼。
クレグに、援軍がやってきたという報せが入った。
「見ろっ! 光輪騎士団だ!」
「天の救けだ!」
「万歳! 万歳!」
クレグ市街は、歓呼で満ちた。
北からやってきたその騎馬隊に、感謝の声を伝えるために、人々は数日ぶりに表に出て、心からの笑みで手を振った。
白銀の鎧を着た聖騎士たちも、旗を振り返して、それに応えた。
籠城の指揮をとっていたクレグの城塞総督も、司令室の窓から身を乗り出して、「助かるぜ……」とつぶやいた。
「籠城ってのは、増援ありきだ。
腰の重い北部も、ようやくケツに火がついて……」
しかし、言いかけて、総督はやめた。
目をごしごし擦り、首をひねった。
「……なんか、少なくねえか?」
華々しく大通りを進む聖騎士たち。
その数は、およそ、二十騎であった。
「はい! そのとおりです、総督閣下!
クレグの窮状に心を痛め、急遽馳せ参じました!」
はきはき答えるその女騎士に、総督は思わず絶句した。
(……つまり、独断専行かよ!
今時の若い騎士ってのは、どうなってんだ!)
聖騎士エルザは、目をきらきらと輝かせている。
総督は、ちらりと側近を横目で見た。
(おいおい、どうするんだよ、コレ!
一発どついて追い返すか!?)
(だめですよ、総督! 抑えて抑えて!
光輪騎士団の聖騎士ですよ!
現に、市民は勇気づけられているんですよ!)
(ぐぬぬ、だったら市街地を任せるか。
非戦闘民を、カスラージュまで避難させる。
大聖堂で聖騎士サマが守ってくれるなら、安心だ)
(丁寧な態度で伝えてくださいよ!
くれぐれも、無礼がないように!)
(わかってらあ!
悪かったな、お育ちが悪い叩き上げでよ!)
総督は、側近との視線での会話を終えると、「えー、あー、ゴホン」と、わざとらしく咳払いをして、声を整えた。
そして、満面の笑みを作った。
「なんと! お気持ち、まことにありがたい!
高潔な聖騎士様がたの姿を見れば、戦いが続き不安に思う市民たちも、どれほど励まされましょう。
エルザ殿、どうか市街で、市民の心の支えとなっていただきたい」
「……わかりました! ただちに向かいます!」
エルザは、いそいそと去っていった。
総督は、ほっと胸をなでおろした。
「ま、これなら、悪いことにはならんだろう。
聖騎士サマが市民を励ましてくれりゃあ、遠い国への避難の指示も、きっと受け入れやすくなるわな」
一方、クレグの総督より、市民を鼓舞する役目を賜ったエルザは、部下を伴い、旗を手に、ぐんぐん大股で歩いていた。
(これは重要な役目よ。
聖騎士は、心も守らねば。城が崩れるよりも前に、心が崩れてしまっては、戦に勝つことはできないわ)
市街地は、城壁に守られているだけあり、建物や通りは無事だった。
しかし、その様子は、平時と違う。
店先に並ぶ食料は少なく、人々もどこか薄汚れている。あらゆる資源が、戦うために費やされているのだろう。
子どもは、道端で座り込み、遊び回る気配がない。動き回るとお腹が空くから、動かないようにしているのだ。
エルザの胸が、鋭く痛んだ。
(なんという……。
人々は、こんなにも苦しめられている。
重い不安に、押しつぶされようとしている。
……私が、彼らを導かなくては!)
エルザは、広場へ進み出た。
そして、旗を掲げ、声を張り上げた。
「市民たちよ!
光の女神のもとに集う、善良なる市民よ!」
広場にいた人々が、驚いたように顔を上げた。
エルザは胸を張り、旗を高く掲げた。
「恐れないでください!
女神は、決してあなた方を見捨てません!
いま、城壁の外では邪悪な軍勢が吠えています。
しかし……希望は、ここにあります!」
ざわめきが広がる。
エルザは一歩前へ踏み出し、声をさらに張った。
「あなた方は、十日ものあいだ、このクレグを守り抜いてきた!
飢えにも、疲れにも、恐怖にも耐え、互いを支え合い、ここまで来たのです!
これは、大いなる戦果です!」
人々が、はっと息を呑んだ。
「我らが光耀教の伝える、輝かしき光の女神は、天より人々を見守り、愛を示してくださいます!
女性たちよ! あなた方がこうして見守っていることが、どれほど兵たちを勇気づけるでしょう!」
婦人たちの目に、かすかな光が宿った。
「子どもたちよ! あなた方の未来を守るために、私たちは、何度でも戦う理由を思い出せます!」
子どもが、思わず立ち上がった。
「そして、老人たちよ! あなた方が守ってきたこの街の歴史と誇りを、どうか、私たちに示してください! あなた方の知恵と声は、若き者たちの盾となる!」
老人たちが、深くうなずいた。
エルザは高々と旗を掲げた。
「市民たちよ! 今こそ、女神の光のもとに、共に立ち上がりましょう!」
カスラージュへ避難民を向かわせるために、馬を用意していた兵たちが、司令室に駆け込んできた。
「総督! 住民が、避難を拒んでいます!」
「なんだとぉ!?」
現場に駆けつけた総督は、無数の市民に囲まれた。
「総督さま! 私たちも戦いますわ!」
「ぼくも! お父さんと一緒にいる!」
「わしらのことも、遠慮せず頼ってくだされ!」
「ま、待て、待て、待て。
昨日までの話し合いは、どうなった。
避難の組分けと順番まで決めたはずだろう」
あわてる総督の背後で、凛とした声が答えた。
「……みな、考え直したのです。
愛するクレグを、敵に渡すまいと。
全員で、力を合わせましょう!」
聖騎士エルザが、そこにいた。
総督の頬が、ひくっと動いた。
側近が、急いでそばに駆け寄った。
(駄目ですよ、総督! 怒鳴ったりしては!
相手は聖騎士様ですよ!)
(わ、わ、わ、わかってらあ!
こいつっ、どうしてくれようかっ!)
(とにかく、役目を振らなくては!
名高き光輪騎士団の聖騎士を、営倉にぶち込んでおくわけにはいきません!)
(くそっ! しかし、前線じゃ他の連中の迷惑だ。
物資の整理でも押し付けるか)
(丁寧に、ですよ! 丁寧に!)
(うるせえ! できらあ!)
総督は、エルザを後方の倉庫へと連れて行った。
そして、雑役をこなす人員を手で示しつつ、にこやかに彼女に告げた。
「……エルザ殿の存在は、兵たちにとって大きな励みになります。御身がご無事というだけで、皆の心は奮い立つでしょう。
このような些少な役目をお願いして煩わせるのは大変心苦しいのですが、どうか、兵たちが安心できるよう、支えになっていただければ……」
「承知しました。我が身の健在なることを示し、皆を牽引いたします!」
エルザはうなずき、どこかへ去った。
あまりにすばやい動きだった。
「……えっ?」
総督は、ぽかんと口を開け、思わずそれを見送った。
硬直から立ち直った総督は、大慌てでエルザの行方を尋ねた。そして、側近を引き連れて、見張り塔へと全力で駆けた。
「城門を開けて、外に打って出ただとっ!
なんてことしてんだ、あいつらは!」
「『味方の士気を高めるため、小規模でも勝利を!』とおっしゃっておいででした」
「莫迦が! 今だけは駄目なんだよっ!
敵の投石機が、完成間近だ!
こんな時に城門を開けたら、向こうが過剰に反応して、城壁ごとぶち抜かれるぞ!」
「あっ! 敵の弩兵が前進してきました!」
「だああっ! 奴らが外に出たせいで、うちの死角が増えちまったからだ!」
「あっ! 弩兵の射撃で、反対側の見張り塔が!」
「がああっ! 胸壁が崩されたっ!
あの間抜けどもを、さっさと退かせろっ!」
司令室にて、総督は白目をむいていた。
エルザの瞳は、輝いたままだ。
(……もう、頼むから、帰ってくれ……)
(……丁寧に、ですよ。丁寧に……)
(……わかってらあ……)
総督は、最後の力を振り絞り、渾身の笑顔を作った。
「……エルザ殿。これまでの尽力、誠に心強い限りです。
しかし、ここからは我らクレグの兵が責任を持って対処いたします。
聖騎士たるあなた様は、どうか『より高く尊い場所』から、我らをお見守りください」
カスラージュの大聖堂に帰れ。
そこで、お行儀よく祈ってろ。
立場が許せば、総督は、そう言ってエルザを張り倒したかった。
エルザは、きりりとほほえんで、うなずいた。
「……承知しました。聖騎士として、私にしかできぬ役目を果たしましょう!」
彼女は、折り目正しく一礼し、司令室を後にした。
そして、女神の旗を手に、このクレグで最も『高い場所』、城壁の上へと登っていった。




