女聖騎士エルザ
カスラージュ王国の大聖堂で、エルザは激怒した。
「なんという、むごいことを……!
聖炎軍……許せません……!」
彼女に情報をもたらした司祭は、その激し様にうろたえた。そして、助けを求めるようにして、通行人たちにきょろきょろと視線を投げかけた。
エルザは、『光輪騎士団』の女聖騎士だ。
父は大司教。母は貴族。
敬虔な光耀教徒だ。
まだ若いが、部隊をひとつ任されている。努力と才能を認められたのだと、本人は誇りに思っている。
そんな彼女が大聖堂を歩いていると、美しい白亜の回廊に、ふらふらと駆ける中年の男が現れた。
帽子の色からして、司祭だろう。
なにやら、衣服が薄汚れている。
地方に務める司祭たちが大聖堂を訪れるときは、精一杯にめかし込んでくるものなので、珍しい。
それに、顔色も良くないようだ。
エルザは、司祭に声をかけた。
「どうなさったのですか、司祭様。
そんなにお顔の色を変えて……」
「や、や、失礼。
おや、これはこれは、エルザお嬢様」
エルザは、少しむっとした。
「『お嬢様』は、おやめください。
今の私は、勤務中です」
エルザは、この司祭を知らない。
だが、多くの聖職者たちは、エルザの顔を知っている。
昔、甘えん坊だったエルザは、いつも父にべったりだった。それで、何かと一緒にいたので、これぐらいの年齢の聖職者たちからは、よく「お嬢様」と呼ばれてしまう。
エルザは、いまや立派な騎士だというのに。
「や、これは、まことに失礼いたしました」
「……それで、いったいどうなさいました?」
「それなのですが……。私は、イスオドス王国で、とある教区を任されているのですが、これ以上、自分の教会に留まっていられない状況になりまして……」
「なんですって?
その話、詳しく聞かせてくださいますか?」
地方に根を下ろし、直接に民を導く司祭たちは、自分の教会をことのほか大切にする。
それを捨てて、逃げなくてはならないとは。
ただごとではないと、エルザは察した。
司祭は、身振り手振りもゆたかに、事の次第を説明した。話を聞くうちに、エルザの全身の血液は、怒りで茹だった。
「善良なイスオドスの民を、儀式の生贄に殺した!?
なんという、むごいことを……!
聖炎軍……許せません……!」
聞けば、犠牲となった民たちは、聖炎軍に対抗するため、秘密裏に同志を募っていたそうだ。
そしてなんと、驚くべきことに、彼らはこの『光輪騎士団』に、助けを求めていたというではないか。
エルザは、光輪騎士団の聖騎士だ。
だというのに、これを初めて知った。
(団長は、私たちにこのことを報せなかった……!
どうして!?
邪悪な異教徒が、か弱き信者を殺しているのよ!
私たちに、助けを求めたのよ!
ああ……残酷な儀式の犠牲になった民は、いったいどんな気持ちで……!)
エルザは、拳を握りしめ、真っ赤になってぶるぶると震えた。しばらくしてから、目の前の司祭の存在を思い出した。
「……司祭様。他にも、何かご存じですか?
現在の、イスオドスの様子。
そして、邪悪な敵軍のことを……!」
「ええっと、あの、多少ならば……。
噂程度でよろしければ……」
「聞かせてください! どんなことでも!
私は、目を背けたくないのです……!」
詰め寄るエルザに、司祭はあわててうなずいた。
「ええと、イスオドスの王都は……じつは、それほど治安が乱れてはいないようです。商人たちも行き来していますし、地方に逃れてくる民はわずかです」
「え……? それは、いったいどうして?」
「なんでも、聖炎軍の聖職者たちが、市民を懐柔していると……。
中でも、『導師』と名乗る指導者は、人望を集めているそうです。我々インバル人のような金髪で、見目がよく慈悲深い青年だとか」
それを聞いて、エルザは鼻を鳴らした。
「本当に慈悲深い聖職者が、市民を生贄にするものですか。
きっと、その男は偽善者ですわ!」
「は、はい、きっとその通りですな。
ただ、イスオドスの市民が逆らえない理由は、他にもあるらしく……。
恐ろしい傭兵がいるそうなのです」
「……傭兵?」
エルザは、はて、と首を傾げた。
傭兵とは、金で雇われて戦う者だ。あまり真っ当な存在ではなく、盗賊崩れが多いという。
エルザは、聖騎士だ。真っ当な兵だ。
だから、金次第で裏切りもするという傭兵ごときを恐れはしない。
(現地にも、王国騎士はいるはずでしょう。
レバーリャ国軍、イスオドス国軍は、いったい何をしているの?)
司祭は、大げさな身振りで話した。
「それが、なんと、人狼族だとか!
サルム平野では、またたくまに何人もの騎士を切り刻んだと聞きます。
そんな傭兵が、街中に潜んで、市民を監視しているのだそうです。生贄にされてしまった者たちは、この傭兵に密告されたせいで捕まったらしいのです。
いや、恐ろしい。まだほんの少年だということですが、人狼族とは、きっと残忍な……」
「……少年!? それは本当に!?
聖炎軍は……子どもを利用しているのですか!」
エルザは、胸を押さえて、絶句した。
なんという卑劣な真似を。
「おのれ……許すまじ、聖炎軍!
すぐにでも、討ち倒さなくては!
司祭様! 奴らは、今もイスオドスで民を苦しめているのですか!?」
「そ、それが、つい最近、彼らは北へ軍を動かしました。
おそらく、クレグを目指しているのかと。
その道中に私の教会があるので、この大聖堂に保護を求めて、私も急いで逃げてきて……」
「クレグ……!
情報に感謝します、司祭様!」
エルザは、司祭が言い終わらぬうちに、勢いよく礼をした。そして、騎士団長の執務室に向かい、靴音も高らかに駆けていった。
騎士団長は「駄目だ」と答えた。
エルザは、愕然と彼を見上げた。
「な……なぜですか、騎士団長!
レバーリャは散々に滅ぼされ、イスオドスでも市民が犠牲に……!
悲劇を繰り返さないためにも、すぐにでも打って出るべきです!」
「……状況は、そう簡単ではない。
取り乱さずに、待機するように」
「騎士団長!
我ら『光輪騎士団』は、国の利害を越えて、善と正義のためにこそ戦う、『聖なる武力』ではありませんか!
か弱き民を、見捨てるのですか!
どうか、女神の御心に適う選択を……!」
「エルザ。お前は、感情を先走らせすぎる。
落ち着いて、己の職責を果たせ。
退室せよ」
エルザは、唇を噛み、辞去した。
どうしても、納得できなかった。
エルザは、とぼとぼと歩いた。
兵舎に着くと、自分の副官や部下たちが、エルザを慕って、わらわらと集まってきた。
「エルザ隊長! お疲れ様です!」
「どうなさったのですか、うつむいて……」
「そ、そうですよ。悩みごとなら、俺達に話してください……!」
エルザは、親切な部下たちの心遣いに感謝した。そして、司祭から聞いた話と、騎士団長の冷たさを打ち明けた。
「……私が、間違っているのかしら。
騎士団長は、私のことを、感情的だと……」
部下たちは頬を赤くして、競うように言い募った。
「そ、そんなことありません! 隊長は、素晴らしい方です!」
「団長は、わかっていないんです。冷たすぎます!」
「エルザ隊長のお気持ちは、絶対間違っていません!
か弱い市民を哀れんで、胸を痛めて……。
まさに、我らが天に戴く女神様のようですっ!」
「……みんな……!」
エルザは、感激して、顔を上げた。
やはり、持つべきものは、戦友だ。
みな、本当は同じ気持ちなのだ。
そうとわかれば、ぐずぐすしてはいられない。エルザは、決意して、こう言った。
「みんな……行きましょう、クレグへ。
助けを待っている人々のもとへ!
私たちだけでも、できることをしなくては……!」
彼女の頼もしい部下たちは、前のめりになって「はいっ!」と答えた。




