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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第四章:クレグ攻防戦
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女聖騎士エルザ

 カスラージュ王国の大聖堂で、エルザは激怒した。


「なんという、むごいことを……!

 聖炎軍……許せません……!」


 彼女に情報をもたらした司祭は、その(げき)(よう)にうろたえた。そして、助けを求めるようにして、通行人たちにきょろきょろと視線を投げかけた。





 エルザは、『光輪騎士団』の女聖騎士だ。

 父は大司教。母は貴族。

 敬虔な光耀教徒だ。

 まだ若いが、部隊をひとつ任されている。努力と才能を認められたのだと、本人は誇りに思っている。


 そんな彼女が大聖堂を歩いていると、美しい白亜の回廊に、ふらふらと駆ける中年の男が現れた。

 帽子の色からして、司祭だろう。

 なにやら、衣服が薄汚れている。

 地方に務める司祭たちが大聖堂を訪れるときは、精一杯にめかし込んでくるものなので、珍しい。

 それに、顔色も良くないようだ。


 エルザは、司祭に声をかけた。


「どうなさったのですか、司祭様。

 そんなにお顔の色を変えて……」


「や、や、失礼。

 おや、これはこれは、エルザお嬢様」


 エルザは、少しむっとした。


「『お嬢様』は、おやめください。

 今の私は、勤務中です」


 エルザは、この司祭を知らない。

 だが、多くの聖職者たちは、エルザの顔を知っている。

 昔、甘えん坊だったエルザは、いつも父にべったりだった。それで、何かと一緒にいたので、これぐらいの年齢の聖職者たちからは、よく「お嬢様」と呼ばれてしまう。

 エルザは、いまや立派な騎士だというのに。


「や、これは、まことに失礼いたしました」


「……それで、いったいどうなさいました?」


「それなのですが……。私は、イスオドス王国で、とある教区を任されているのですが、これ以上、自分の教会に留まっていられない状況になりまして……」


「なんですって?

 その話、詳しく聞かせてくださいますか?」


 地方に根を下ろし、直接に民を導く司祭たちは、自分の教会をことのほか大切にする。

 それを捨てて、逃げなくてはならないとは。

 ただごとではないと、エルザは察した。


 司祭は、身振り手振りもゆたかに、事の次第を説明した。話を聞くうちに、エルザの全身の血液は、怒りで茹だった。


「善良なイスオドスの民を、儀式の生贄に殺した!?

 なんという、むごいことを……!

 聖炎軍……許せません……!」


 聞けば、犠牲となった民たちは、聖炎軍に対抗するため、秘密裏に同志を募っていたそうだ。

 そしてなんと、驚くべきことに、彼らはこの『光輪騎士団』に、助けを求めていたというではないか。

 エルザは、光輪騎士団の聖騎士だ。

 だというのに、これを初めて知った。


(団長は、私たちにこのことを報せなかった……!

 どうして!?

 邪悪な異教徒が、か弱き信者を殺しているのよ!

 私たちに、助けを求めたのよ!

 ああ……残酷な儀式の犠牲になった民は、いったいどんな気持ちで……!)


 エルザは、拳を握りしめ、真っ赤になってぶるぶると震えた。しばらくしてから、目の前の司祭の存在を思い出した。


「……司祭様。他にも、何かご存じですか?

 現在の、イスオドスの様子。

 そして、邪悪な敵軍のことを……!」


「ええっと、あの、多少ならば……。

 噂程度でよろしければ……」


「聞かせてください! どんなことでも!

 私は、目を背けたくないのです……!」


 詰め寄るエルザに、司祭はあわててうなずいた。


「ええと、イスオドスの王都は……じつは、それほど治安が乱れてはいないようです。商人たちも行き来していますし、地方に逃れてくる民はわずかです」


「え……? それは、いったいどうして?」


「なんでも、聖炎軍の聖職者たちが、市民を懐柔していると……。

 中でも、『導師』と名乗る指導者は、人望を集めているそうです。我々インバル人のような金髪で、見目がよく慈悲深い青年だとか」


 それを聞いて、エルザは鼻を鳴らした。


「本当に慈悲深い聖職者が、市民を生贄にするものですか。

 きっと、その男は偽善者ですわ!」


「は、はい、きっとその通りですな。

 ただ、イスオドスの市民が逆らえない理由は、他にもあるらしく……。

 恐ろしい傭兵がいるそうなのです」


「……傭兵?」


 エルザは、はて、と首を傾げた。

 傭兵とは、金で雇われて戦う者だ。あまり真っ当な存在ではなく、盗賊崩れが多いという。

 エルザは、聖騎士だ。真っ当な兵だ。

 だから、金次第で裏切りもするという傭兵ごときを恐れはしない。


(現地にも、王国騎士はいるはずでしょう。

 レバーリャ国軍、イスオドス国軍は、いったい何をしているの?)


 司祭は、大げさな身振りで話した。


「それが、なんと、人狼族だとか!

 サルム平野では、またたくまに何人もの騎士を切り刻んだと聞きます。

 そんな傭兵が、街中に潜んで、市民を監視しているのだそうです。生贄にされてしまった者たちは、この傭兵に密告されたせいで捕まったらしいのです。

 いや、恐ろしい。まだほんの少年だということですが、人狼族とは、きっと残忍な……」


「……少年!? それは本当に!?

 聖炎軍は……子どもを利用しているのですか!」


 エルザは、胸を押さえて、絶句した。

 なんという卑劣な真似を。


「おのれ……許すまじ、聖炎軍!

 すぐにでも、討ち倒さなくては!

 司祭様! 奴らは、今もイスオドスで民を苦しめているのですか!?」


「そ、それが、つい最近、彼らは北へ軍を動かしました。

 おそらく、クレグを目指しているのかと。

 その道中に私の教会があるので、この大聖堂に保護を求めて、私も急いで逃げてきて……」


「クレグ……!

 情報に感謝します、司祭様!」


 エルザは、司祭が言い終わらぬうちに、勢いよく礼をした。そして、騎士団長の執務室に向かい、靴音も高らかに駆けていった。





 騎士団長は「駄目だ」と答えた。

 エルザは、愕然と彼を見上げた。


「な……なぜですか、騎士団長!

 レバーリャは散々に滅ぼされ、イスオドスでも市民が犠牲に……!

 悲劇を繰り返さないためにも、すぐにでも打って出るべきです!」


「……状況は、そう簡単ではない。

 取り乱さずに、待機するように」


「騎士団長!

 我ら『光輪騎士団』は、国の利害を越えて、善と正義のためにこそ戦う、『聖なる武力』ではありませんか!

 か弱き民を、見捨てるのですか!

 どうか、女神の御心に適う選択を……!」


「エルザ。お前は、感情を先走らせすぎる。

 落ち着いて、己の職責を果たせ。

 退室せよ」


 エルザは、唇を噛み、辞去した。

 どうしても、納得できなかった。





 エルザは、とぼとぼと歩いた。

 兵舎に着くと、自分の副官や部下たちが、エルザを慕って、わらわらと集まってきた。


「エルザ隊長! お疲れ様です!」


「どうなさったのですか、うつむいて……」


「そ、そうですよ。悩みごとなら、俺達に話してください……!」


 エルザは、親切な部下たちの心遣いに感謝した。そして、司祭から聞いた話と、騎士団長の冷たさを打ち明けた。


「……私が、間違っているのかしら。

 騎士団長は、私のことを、感情的だと……」


 部下たちは頬を赤くして、競うように言い募った。


「そ、そんなことありません! 隊長は、素晴らしい方です!」


「団長は、わかっていないんです。冷たすぎます!」


「エルザ隊長のお気持ちは、絶対間違っていません!

 か弱い市民を哀れんで、胸を痛めて……。

 まさに、我らが天に戴く女神様のようですっ!」


「……みんな……!」


 エルザは、感激して、顔を上げた。

 やはり、持つべきものは、戦友だ。

 みな、本当は同じ気持ちなのだ。


 そうとわかれば、ぐずぐすしてはいられない。エルザは、決意して、こう言った。


「みんな……行きましょう、クレグへ。

 助けを待っている人々のもとへ!

 私たちだけでも、できることをしなくては……!」


 彼女の頼もしい部下たちは、前のめりになって「はいっ!」と答えた。


作中地図:


挿絵(By みてみん)

クレグ周辺国


■次話:『厄介な援軍』

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