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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第三章:シグ
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むずかしい

 ()()が元気になった。

 シグは、再び野良に勉強を教わり始めた。


 野良は、叱ることが減った。


 パンを箸で食べても、叱らない。

 食器を持ち上げても、叱らない。

 汁物を啜る音だけは、ちょっと気になるみたいだから、もう叱られないけど、シグはやらない。

 汁物だけは、スプーンで食べる。


 叱られることが減った代わりに、野良は別のことをたくさん話した。


「やって良いことと悪いことを、自分で決められるようになりなさい。

 やらなければいけないことと、やってはいけないことを、自分で決められるようになりなさい。

 色々な人の話を聞いて、自分の頭で考えて。誰かに言われたことだけを、何でも鵜呑みにしては駄目よ」


 『鵜呑み』は『丸呑み』という意味だそうだ。


 シグは、言葉を聞くのが苦手だ。

 言葉で考えることも、苦手だ。


 野良にそう言うと、野良は「そうね。難しいわね」と言って、シグの頭をなでた。


「難しくても、がんばりましょう。

 間違えてもいいの。

 自分で決めて間違えたことは、自分のせいにできるけど、他人の言いなりで間違えたことは、他人のせいにしてしまうから。

 他人のせいにしてしまうと、その人のことが嫌いになって、損をさせたり、傷つけたり、殺してやりたくなってしまうわ。でも、そんなことを考えながら暮らしていくのは、つらいことよ」


 野良は、シグの両手を握って、じっと目を見た。

 そして、眉をへなっと下げた。


「一緒にがんばりましょう、シグ。

 それで、もしもまた間違えたら……。

 それでも、私たち、一緒にいましょう」


 野良の言うことは難しかった。

 だけど、シグはがんばって考えた。

 そして、試してみることにした。





 夜。シグと野良は、小屋にいた。

 これから、もう寝る時間なのだ。


「それじゃあ、シグ。おやすみなさい」


「おやすみ、野良」


 シグと野良は、それぞれ自分の寝台に潜った。


 シグはいつもどおりに目を閉じて……いつもと違って、ぱっと身を起こした。

 灯りを消した部屋の中で、隣の野良が驚いた。


「ど、どうしたの。なにかあったの?」


「……『おやすみ』しないと、どうなるのかな」


「……どういうこと?」


 シグは、野良に説明した。


「母さんは、夜、寝なさいって言った。

 夜に寝る子は、良い子だって」


「ああ……そうね。夜泣きしないですぐに寝る子は、母親は助かるものね」


「でも、本当は違うのかも。

 寝ないほうがいいのかも……」


「……うん?」


「母さんの言いなりだと、違うかも」


 野良は、闇の中で、首を傾げた。

 シグは、力強くうなずいた。


「自分で決める。おれは、寝ない」


「……眠くなるわよ……?」


「おれは、自分で考えて、決めてみる」


「……そ、そう。ええと、無理しないでね」


 野良は、布団をかぶって寝た。

 シグは、そのまま寝台の上で、ひと晩じゅう座って過ごした。


 稽古の時間、シグはふらふらで野良を起こした。


「型稽古……」


「し、シグ。今日はやめておいたら?

 寝不足で刃物なんて、危ないわ」


「『如何なる状況においても、剣筋鈍らすべからず。心は常に戦場に在れ』」


「……どういう意味?」


「眠くてもやる……」


 なんとかいつもの稽古を終えた。

 それから、ご飯のために街に出た。


「シグ、大丈夫? あなた、ふらふらよ……」


「……眠い……」


「シグ、前見えてる? 荷車が来たわよ?」


「見てる。避ける……」


「早めにね?」


 シグは、普段よりとても距離を取って、正面から来る荷車を避けた。

 荷車は、安心して去っていった。


 街の人たちは、「大丈夫か、あの子」と、シグを指差して噂していた。


 シグは学んだ。

 夜は、寝たほうが良い。





 正午。いつものお風呂の時間。

 公衆浴場に入る直前、シグはぴたりと立ち止まった。

 野良は、その背中にこう言った。


「シグ? どうしたの、行かないの?

 あなた、お風呂好きでしょう?」


「うん。好き。

 師父様も、『体は毎日洗え』って言ってた」


「そうなのね。……なのに、行かないの?」


 シグは、じっと考えた。

 そして、体の向きをくるりと変えた。


「……お風呂、入らない」


「えっ?」


「師父様は、お風呂入れって言ってた。

 おれは、お風呂が好き。

 でも、もしかしたら、お風呂入らないほうが良いのかも……」


 野良は、目をぱちぱちさせた。

 シグは、野良に力強くうなずいた。


「自分で決める。おれは、お風呂に入らない」


「……な、なるほどね。そうなのね。

 それじゃあ、今日は何をしましょうか?」


「……お昼寝?」


 シグは、その日、お風呂に入らなかった。

 その次の日も、入らなかった。

 さらに次の日も、入らなかった。

 体が痒くて、嫌な気分だった。


「野良。おれ、決めた。お風呂入る……」


「……そうね。それがいいかもね……」


 シグは学んだ。

 お風呂は、入ったほうが良い。





 夜の見回りの時間になった。

 シグは、研ぎたての刀を()いて、すっかり身支度をととのえた。

 野良も、詰所でシグが食べるくるみと干し肉を用意してくれた。


 だけど、小屋を出発する前に、シグはぴたりと立ち止まった。

 野良は、その背中にこう言った。


「……どうしたの、シグ? 行かないの?」


「行かない」


「えっ!?」


「お仕事、行かないでみる」


 野良は、シグの周りで、ばたばたした。


「ええとね、シグ……。

 いつもの、あれよね。

 自分で決める、ってやつよね」


「うん。おれは、お仕事に行かない」


「そ、そうなのね。うん、決めたのね。

 でもね、シグ。

 お仕事は、行ったほうがいいわ……」


「おれは……自分で決めてみる」


「……どうしましょう……」


 それから、ほんの四半刻後。

 兵士の人が、ものすごい勢いで小屋に来た。


「おい! 君、今夜の当番だぞ!

 忘れていたのか!?

 早く来るんだっ!」


「おれは……仕事しない」


「何を言っている! さあ、早く来い!」


「……」


「し、シグ、戦っちゃだめよ。

 今回は、シグが悪いのよ……」


「ノーラ殿、彼のこの態度は何です!?

 あなたがついていながらにして!」


「あの……最近の彼は、自立心が……」


「何!? 反抗期か何かですか?

 ……とにかく行きますよ! 支度はしているようですからね!」


「ほ、本当にすみません……」


 結局、二人は仕事に行った。

 詰所で、野良はたくさん謝った。

 シグも一緒に謝った。


 シグは学んだ。

 仕事は、行ったほうが良い。





 シグは、たくさん失敗した。

 それで、ある時、野良に言った。


「みんなの言うこと、聞いたほうが良いのかも……」


 ここ最近のシグの失敗を全部見ていた野良は、くすくす笑って、こう言った。


「そうね、そんなこともあるわね。

 だけど、たまには、そうじゃないこともあるの。

 言いなりではいけないことが、世の中には、ほんの少しだけあるの。

 今は、それだけを覚えていてね」


 シグは、「わかった」と答えた。


 ここ最近、街の兵士の様子が変わった。

 シグの感じる彼らの動きは、今までよりも少しだけ鋭い。

 武器や鎧も、磨かれている。


 何かが、始まるかもしれない。

 野良も、街を歩くときに「しばらく、気をつけて過ごしましょうね」と、シグの袖を握って歩く。


 シグは、袖をつかむ野良の手を、軽い力で振りほどき、代わりに野良の手を握った。


 野良は、眉を下げて、目を細めた。

 最近はわかる。これは「笑顔」だ。

 シグも、同じように目を細めてみる。

 野良の目が、ますます細まった。


(自分で決める。自分で考える。

 むずかしい。

 でも、がんばる。野良と一緒に)


 大通りに、向かい風が吹いた。

 前髪をぶわっと舞い上げられつつ、二人はまっすぐ歩いていった。





(第三章:シグ 完)


■次話:『歩み寄る二人』

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