表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人狼シグはわからない  作者: たっこ
第三章:シグ
18/36

はじめて

 ()()と一緒にご飯を食べた。

 見たことや聞いたことを教えてほしいと由良が言ったので、全部教えた。

 ()()はなぜか寒そうだったので、シグは襟巻を巻いてあげた。


 由良は、野良を叱った。

 ショエルの話を聞いていたなら、報せないといけなかったらしい。

 だけど、野良は耳が悪い。刃物が宙を切る音を聞き分けられないと言っていたから、シグよりもとても耳が悪い。

 だから、ショエルの話し声も聞こえなかったのかもしれない。

 シグは言葉が苦手だが、がんばって由良に説明した。


 由良は、野良を許してくれた。

 仲直りのために、野良は由良のお祭りを手伝った。

 火が燃えていて、きれいだった。

 暖かそうだった。

 なのに、お祭りから帰ってきた野良は、顔色が青くて、震えていて、寒そうだった。

 どうしてだろう。





 その後、何日か野良は寝込んだ。

 たぶん、風邪を引いたのだ。

 寒そうだったから。


 シグは、野良にご飯を運んだ。

 いつもは街で食べるけれど、野良はいま起き上がれない。

 だから、小屋にご飯を運んで、一緒に食べることにした。


 「ご飯食べよう」と言って、渡した。

 野良は、ご飯を食べなかった。

 野良は、シグを泣きながら叱った。


「……あなたが、あの時余計なことを言ったせいで、みんな殺されてしまったのよ……!」


 よくわからない。

 首を傾げたら、野良がシグの両肩をがしっと掴んだ。


「あなたが……! シグ、あなたが殺したのよ!

 最初から、あの導師とグルだったんでしょう!

 どんな命令を受けていたの!?

 全部言ってみなさいよ、あの時みたいに!

 あなたのせいで、みんな殺されたの!

 自分がどんなに悪いことをしたか、わからないの!」


「命令? ……お願いのこと? 由良の?

 野良も一緒に聞いてたでしょ。

 『ショエルさんは、何と言っていましたか』」


「それより前よ!」


「『その人のお名前は』?」


「違う! 私と暮らし始める前!

 最初から、何か吹き込まれていたんでしょう!」


「……『これからは野良と一緒にいて、色々なことを教えてもらってくださいね』?

 その前は、もう無いよ。

 何も無い。

 おれはいつも、みんなが言うとおりにしてる」


 それから、もう一言続けた。


「みんな、おれが殺した?

 それで、野良は怒ってるの?

 ……殺すのは、悪いことなの?」


 野良は、ぴたりと動きを止めた。

 両目がまんまるだった。


「本当に……、あなた、本当にわからないのね……」


 野良は、シグから両手を離した。

 そして、寝台に座って、泣き崩れた。

 よくわからない。

 よくわからないので、自分のご飯を食べることにした。


 椅子は本当は好きじゃないから、床に正座をした。

 お店でやると怒られるけど、ここはお店じゃなくて小屋だから、久しぶりに正座をしてご飯を食べることができる。


 野良は、シグがご飯を食べるのを見ていた。

 そして、涙声で言った。


「……そんな、奴隷の座り方をして、どうしてあなたは平気なの?」


「座り方って何」


「あなた、両膝を地面につけてしまっているでしょう。それは、奴隷の座り方なのよ」


「奴隷って何」


「……卑しい身分の人たちのことよ」


 よくわからない。

 シグは、答えた。


「おれ、昔からこう座る。

 師父様もこう。

 師父様が、こう座れって言った」


「シフサマ? ……それは、誰?」


時雨(しぐれ)()(しん)右衛門(えもん)(つら)(ゆき)


「……どんな人?」


 シグは、ちょっと黙った。

 なんと答えればいいのだろう。

 とりあえず、師父様が言っていたとおりのことを、日輪(ひのわ)言葉(ことば)混じりで答えた。


日輪国(ひのわのくに)()()(メイ)(モン)時雨(しぐれ)()()(トウ)(ダイ)(トウ)(シュ)


 それから、少し付け足した。


「おれのお祖父(じい)ちゃん」


「ブケ……って、何?」


 シグは、ちょっと驚いた。

 何でも知っている野良でも、シグのように「って、何」を言うのだ。


 シグは、説明をがんばることにした。

 野良は、シグの「って、何」を、いつも教えてくれるのだ。

 シグも、野良に教えたかった。

 教えてもらうと、嬉しいから。


「武家は……(かたな)を振る家のこと」


「カタナって、何?」


「これ」


「ああ、剣ね。ヒノワ語では『カタナ』と言うのね……。

 『メイモン』は、何?」


「知らない。師父様が言ってた」


「なら、『トウダイトウシュ』は?」


「ううんと……一番えらい人」


 野良は、黙って考えた。

 そして、ぽつりとつぶやいた。


「ヒノワ国の、騎士階級の家の、家長……?

 それが、シグのお祖父様……?

 ヒノワでは、騎士が日常的に()()をするの?」


 シグは、じっと考えた。

 苦手だけれど、考えた。

 そして、野良に尋ねてみた。


「野良は、正座が嫌いなの?

 お祭りで正座をしたから、風邪を引いたの?」


 野良は、赤く腫れた目を擦った。

 そして、震える声で答えた。


「……ええ……そうよ。

 とても嫌だったの。

 とても……とても嫌だったのよ」


「そうなんだ。

 おれも、昔は嫌だった。ずっと座ってると、足がしびれちゃうから。

 野良。おれと野良、一緒?」


「……ええ、本当ね。

 シグ、私たち、一緒なのね」


 野良は、赤い目のまま笑った。

 涙がぽろぽろこぼれていた。


 野良は、寝台から立って、シグの隣に歩いてきた。

 両膝をついて、隣に座った。

 そして、ぎゅっと抱きしめてきた。


「ごめんなさい……。シグ、ごめんね……。

 私、あなたを利用したのよ。

 それで、しっぺ返しを受けただけ。

 あなたを責めて、ごめんなさい。あなたも、導師に利用されていただけなのに。

 それなのに、シグ、あなたったら……こんな私のために、今も……」


 シグは、黙って抱きしめられた。

 死んだ母のことを思い出した。

 それで、あの時と同じように、野良の背中をきゅっと抱きしめた。


「『ごめんなさい』、野良」


 野良は、声を上げて泣き始めた。

 シグは、黙って抱きしめられていた。


 シグは、もう三歳ではない。

 『ごめんなさい』は、繰り返すだけで褒めてもらえる言葉ではないと、今では薄々わかっている。


 だけど、シグと野良は一緒なのだ。

 きっと、同じ気持ちなのだ。

 だから、同じ言葉を言いたかった。

 胸の奥に、ふわっとにじむこの感覚を、きっとみんなは『ごめんなさい』と呼んでいるのだ。


 シグは、他人の心のことを、はじめて、少しわかった気がした。


■次話:『むずかしい』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ