はじめて
由良と一緒にご飯を食べた。
見たことや聞いたことを教えてほしいと由良が言ったので、全部教えた。
野良はなぜか寒そうだったので、シグは襟巻を巻いてあげた。
由良は、野良を叱った。
ショエルの話を聞いていたなら、報せないといけなかったらしい。
だけど、野良は耳が悪い。刃物が宙を切る音を聞き分けられないと言っていたから、シグよりもとても耳が悪い。
だから、ショエルの話し声も聞こえなかったのかもしれない。
シグは言葉が苦手だが、がんばって由良に説明した。
由良は、野良を許してくれた。
仲直りのために、野良は由良のお祭りを手伝った。
火が燃えていて、きれいだった。
暖かそうだった。
なのに、お祭りから帰ってきた野良は、顔色が青くて、震えていて、寒そうだった。
どうしてだろう。
その後、何日か野良は寝込んだ。
たぶん、風邪を引いたのだ。
寒そうだったから。
シグは、野良にご飯を運んだ。
いつもは街で食べるけれど、野良はいま起き上がれない。
だから、小屋にご飯を運んで、一緒に食べることにした。
「ご飯食べよう」と言って、渡した。
野良は、ご飯を食べなかった。
野良は、シグを泣きながら叱った。
「……あなたが、あの時余計なことを言ったせいで、みんな殺されてしまったのよ……!」
よくわからない。
首を傾げたら、野良がシグの両肩をがしっと掴んだ。
「あなたが……! シグ、あなたが殺したのよ!
最初から、あの導師とグルだったんでしょう!
どんな命令を受けていたの!?
全部言ってみなさいよ、あの時みたいに!
あなたのせいで、みんな殺されたの!
自分がどんなに悪いことをしたか、わからないの!」
「命令? ……お願いのこと? 由良の?
野良も一緒に聞いてたでしょ。
『ショエルさんは、何と言っていましたか』」
「それより前よ!」
「『その人のお名前は』?」
「違う! 私と暮らし始める前!
最初から、何か吹き込まれていたんでしょう!」
「……『これからは野良と一緒にいて、色々なことを教えてもらってくださいね』?
その前は、もう無いよ。
何も無い。
おれはいつも、みんなが言うとおりにしてる」
それから、もう一言続けた。
「みんな、おれが殺した?
それで、野良は怒ってるの?
……殺すのは、悪いことなの?」
野良は、ぴたりと動きを止めた。
両目がまんまるだった。
「本当に……、あなた、本当にわからないのね……」
野良は、シグから両手を離した。
そして、寝台に座って、泣き崩れた。
よくわからない。
よくわからないので、自分のご飯を食べることにした。
椅子は本当は好きじゃないから、床に正座をした。
お店でやると怒られるけど、ここはお店じゃなくて小屋だから、久しぶりに正座をしてご飯を食べることができる。
野良は、シグがご飯を食べるのを見ていた。
そして、涙声で言った。
「……そんな、奴隷の座り方をして、どうしてあなたは平気なの?」
「座り方って何」
「あなた、両膝を地面につけてしまっているでしょう。それは、奴隷の座り方なのよ」
「奴隷って何」
「……卑しい身分の人たちのことよ」
よくわからない。
シグは、答えた。
「おれ、昔からこう座る。
師父様もこう。
師父様が、こう座れって言った」
「シフサマ? ……それは、誰?」
「時雨野新右衛門貫征」
「……どんな人?」
シグは、ちょっと黙った。
なんと答えればいいのだろう。
とりあえず、師父様が言っていたとおりのことを、日輪言葉混じりで答えた。
「日輪国の武家の名門、時雨野家の当代当主」
それから、少し付け足した。
「おれのお祖父ちゃん」
「ブケ……って、何?」
シグは、ちょっと驚いた。
何でも知っている野良でも、シグのように「って、何」を言うのだ。
シグは、説明をがんばることにした。
野良は、シグの「って、何」を、いつも教えてくれるのだ。
シグも、野良に教えたかった。
教えてもらうと、嬉しいから。
「武家は……刀を振る家のこと」
「カタナって、何?」
「これ」
「ああ、剣ね。ヒノワ語では『カタナ』と言うのね……。
『メイモン』は、何?」
「知らない。師父様が言ってた」
「なら、『トウダイトウシュ』は?」
「ううんと……一番えらい人」
野良は、黙って考えた。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「ヒノワ国の、騎士階級の家の、家長……?
それが、シグのお祖父様……?
ヒノワでは、騎士が日常的に跪坐をするの?」
シグは、じっと考えた。
苦手だけれど、考えた。
そして、野良に尋ねてみた。
「野良は、正座が嫌いなの?
お祭りで正座をしたから、風邪を引いたの?」
野良は、赤く腫れた目を擦った。
そして、震える声で答えた。
「……ええ……そうよ。
とても嫌だったの。
とても……とても嫌だったのよ」
「そうなんだ。
おれも、昔は嫌だった。ずっと座ってると、足がしびれちゃうから。
野良。おれと野良、一緒?」
「……ええ、本当ね。
シグ、私たち、一緒なのね」
野良は、赤い目のまま笑った。
涙がぽろぽろこぼれていた。
野良は、寝台から立って、シグの隣に歩いてきた。
両膝をついて、隣に座った。
そして、ぎゅっと抱きしめてきた。
「ごめんなさい……。シグ、ごめんね……。
私、あなたを利用したのよ。
それで、しっぺ返しを受けただけ。
あなたを責めて、ごめんなさい。あなたも、導師に利用されていただけなのに。
それなのに、シグ、あなたったら……こんな私のために、今も……」
シグは、黙って抱きしめられた。
死んだ母のことを思い出した。
それで、あの時と同じように、野良の背中をきゅっと抱きしめた。
「『ごめんなさい』、野良」
野良は、声を上げて泣き始めた。
シグは、黙って抱きしめられていた。
シグは、もう三歳ではない。
『ごめんなさい』は、繰り返すだけで褒めてもらえる言葉ではないと、今では薄々わかっている。
だけど、シグと野良は一緒なのだ。
きっと、同じ気持ちなのだ。
だから、同じ言葉を言いたかった。
胸の奥に、ふわっとにじむこの感覚を、きっとみんなは『ごめんなさい』と呼んでいるのだ。
シグは、他人の心のことを、はじめて、少しわかった気がした。
■次話:『むずかしい』




