由良と野良
ある日、真見が食べ物を取りに村へ行くと、知らない人たちがいた。
肌の黒い人たちだった。
剣で斬りかかってきたので、刀で斬り殺した。
師父様は、『武器を向けられたら、斬ってよい』と真見に教えてくれたから。
すると、金髪の人が出てきた。
この人は剣を持っていないから、斬らなかった。
金髪の人は、いろいろな知らない言葉を使って、真見に話しかけてきた。
何を言っているか、わからなかった。
食べ物を食べながら聞いた。
その人が、急に、わかる言葉を話した。
死んだ母が使っていた言葉だった。
『こんにちは。私の言葉がわかりますか?』
わかったから、『わかる』と答えた。
声を出したのは、久しぶりだった。
喉がざらざらと掠れた。
名前を聞かれた。
師父様に言われたとおり、『時雨野孤影流皆伝、時雨野真見征春』と答えた。
『シグと呼んでもいいですか?』と聞かれた。
『うん』と答えた。
こうして、『真見』は『シグ』になった。
金髪の人は、ユランサスと名乗った。
『ユラと呼んでください』と言った。
由良というんだな、とシグは覚えた。
由良は、強い人を探しているといった。
戦うのが上手な人に、手伝ってほしいことがあるそうだ。
戦うのを手伝うと、ご飯を食べさせてくれると言った。
シグは由良を手伝うことにした。
いつも、お腹が空いていたから。
サルム平野という場所に、たくさんの人たちと一緒に向かった。
由良に頼まれて、肌の白い人たちをたくさん斬り殺した。
由良はシグをたくさん褒めた。
ご飯をたくさんもらった。
きれいな小屋も建ててくれた。
由良は、シグの母に似ていた。
母と同じ言葉を話す。
優しかったときの母のように、シグをたくさん褒めてくれる。
シグは、由良が大好きになった。
ある時、髪が短くて真っ黒な男の人が来た。
強そうだった。
シグは、黙って刀に手を添え、その人の動きを観察した。
黒い人は、シグを見ながら、由良に何かを言った。
『その傭兵、言葉がわからなければ困るだろう。
文官を一人つけてはどうだ?』
音は聞こえたが、何を言っているかわからない。
由良は、その人に笑って答えた。
『必要ありませんよ、将軍。
この子は、私が見ますから。
シグに用がある時は、必ず私を通してください』
『お前は多忙だろう、ユランサス。
いつも見ていることは不可能だ。
それに、常識も学ばせなければ、その子どもが孤立して……』
『いいんですよ。この子は、私の天使なんです。
世のくだらない常識で汚すだなんて、とんでもない』
黒い人は、由良に追い払われた。
シグは、刀から手を離した。
由良は、にっこり優しく笑って、シグにもわかる言葉で、言った。
『私が、あなたを守ってあげます。
だから、シグ。あなたは私のお願いを聞いてくださいね。
私の言うことさえ聞いていれば、何もかも上手くいきますからね』
シグは『わかった』と答えた。
師父様に『はい、師父様』と言っていたように。
由良は笑って、シグにたくさんお菓子をくれた。
由良が、シグに女の人を紹介した。
ノーラ、というらしかった。
『ノラさんですよ』と由良が言うので、野良というんだな、とシグは覚えた。
野良も、母と同じ言葉を話した。
野良は、由良とは似ていなかった。
野良は、シグを何度も叱った。
ご飯を食べたら、叱られた。
『まさか、スプーンを知らないの?』
道を歩いたら、叱られた。
『危ないから、もっと早く避けて!』
お風呂に行ったら、叱られた。
『お願いだから、一人で行ってきて!』
またご飯を食べて、また叱られた。
『いいこと? これは、フォークというのよ』
とにかく、何をしても叱られた。
野良も、シグの母に似ていた。
だけど、叩かれはしなかった。
部屋に閉じ込められもしなかった。
野良は、シグに言葉を教えようとした。
何度も、何度も、教えてきた。
シグは言葉が苦手だったが、野良が毎日教えるので、がんばって少しずつ覚えた。
単語の意味と綴りと発音を全部で五十個覚えた日、野良は『すごいわ!』と声を高くして、シグの手を握り、頭を撫でた。
『上手よ、シグ。
あなたは、賢い。
あなたはとってもがんばってるわ』
野良は、師父様にも似ていた。
でも、野良は殴ったり蹴ったりしなかった。
痛くないから、難しかった。
だけど、『えらいわ』と、撫でてくれた。
えらくなくても、夜、寝る前は『おやすみ、シグ』と撫でてくれた。
撫でられるのは、好きだった。
野良のおかげで、周りの人たちの話す言葉が、少しずつわかってきた。
酔っぱらいの人たちが色々話しかけてくることに、シグも返事をするようにした。
すると、喧嘩になってしまった。
相手を何人か斬り殺した。
由良に呼ばれて叱られた。
夜の見回りの仕事が増えた。
仕事には、野良もついてきた。
シグは言葉がまだ苦手なので、野良がいないと連絡ができない。
仕事中、知らない人がたくさん集まって、みんなで何かをしていた。
大きな袋を運んだり、重そうな箱を運んだり。
遠くから野良のことを指差して、ひそひそ話している人もいた。
『あの方がレバーリャの王妃様か?』と、シグの耳なら聞き取れた。
どういう意味だろう。
まだ習っていないから、わからない。
仕事を始める前に、兵士の人からは「見回り中に怪しい奴がいたら、捕まえて報せろ」と言われていた。
シグは、野良に尋ねた。
『野良。この人は、怪しい奴?』
『……いいえ。この人は、ショエルさん。
知り合いだから、怪しくないわ』
野良の声は、少し震えていた。
寒いのかな、と、シグは思った。
でも、怪しくないなら、関係ない。
だから、ショエルたちが何か運んだり、話し合ったりしていたけれど、シグはショエルを捕まえなかったし、誰にもそれを報せなかった。
■次話:『はじめて』




