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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第三章:シグ
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小波

 (さな)()は、生まれつきの殺人兵器ではなかった。

 幼い頃の真見は、普通の子どもだった。


 ススロの港町の片隅で、彼は母親と暮らしていた。

 

 彼の幼名は『()(なみ)』と言った。

 『サナミ』は、最初に覚えた言葉だ。


 母の言うとおりに繰り返すだけで、母は小波を何度も褒めた。

 それがいつしか母を困らせ、やがては叱られるようになったが、何故なのか小波にはわからない。


 「小波」と言われたら、「サナミ」と言った。

 「母さん」と言われたら、「カアサン」と言った。

 それは褒められることだった。


 しかし、ある時、母が言った。


『小波。どうして他の子を()ったの』


 小波は、褒められたくて、答えた。


『ドウシテ・ホカノコヲ・ブッタノ』


 母は、きっと目つきをとがらせた。


『ふざけないで! 母さん、怒っているのよ』


『フザケナイデ・カアサン・オコッテイルノヨ』


『……っ!』


 頬を打たれた。痛かった。

 わけがわからなかった。

 同じように、母の頬を打った。

 褒めてほしかったから。


『小波ッ! いい加減にしなさい!』


 母は、小波を何度も強く打った。

 小波は、床に丸くなった。

 痛かった。

 『サナミ・イイカゲンニ・シナサイ』を、繰り返すことはできなかった。


 小波は、暗い部屋に閉じ込められた。

 じっと座って過ごした。

 しばらくして、母が戸を開けてくれた。


『ごめんね、小波。ごめんなさい……』


 母は、目から涙を流しながら、何度も『ごめんなさい』を言った。

 小波も、おそるおそる言った。


『……ゴメンナサイ……』


『……小波っ!』


 母は、小波をぎゅっと抱きしめた。

 腕は、かすかに震えていた。


 小波には、まったくわけがわからなかった。

 だけど、母の胸は、暖かかった。

 暖かいのは、好きだった。

 母を真似して、ぎゅっと背に腕を回したら、母は小波の小さな背を何度も優しくさすってくれた。


 言葉の世界は、小波にはあまりにも難しかった。


 それに比べて、物や音は、まだわかりやすかった。

 石をぶつければ、石は割れる。

 枝を曲げれば、枝は折れる。

 物がぶつかれば、音が聞こえる。


 会話がろくにできないために、友達が一人もいない小波は、来る日も来る日も、家の玄関の前の地面で、小石を割り続けて遊んだ。





 ある朝、知らない男が現れた。

 家の前で小石を割る小波に、男は言った。


『ハハオヤハ・ドコダ』


 知らない言葉だった。

 『ハハオヤハ・ドコダ』と繰り返したら、小波は男に顎を蹴られた。


 気を失った小波が次に目を覚ましたとき、そこはもうススロの街ではなく、見知らぬ小さな小屋だった。

 母は、がたがた震えながら、知らない言葉を話していた。


『チチウエ・モウ・オヤメクダサイ。コンナコト・マチガッテイマス』


『ダマレ・コレハ・ワシガソダテル。

 コレニ・シグレノノ・ワザヲ・ツガセル。

 オマエハ・モット・コヲウンデ・シグレノノ・チヲツナゲ』


 小波は、わけもわからず、それを聞いていた。

 言葉を繰り返しはしなかった。

 また蹴られたくなかったから。


 次の日、母は自殺していた。


 男は穴を掘り、母を焼いた。

 小波と男の暮らしが始まった。


 男は、自分を「()()(サマ)」と呼ばせ、小波に刀の使い方を叩き込んだ。

 幸か不幸か、小波には才能があった。

 師父様が刀を振る動きをひと目見たら、そっくりそのまま真似できた。

 師父様は、あらゆる姿勢や角度で、刀の振り方を小波に見せた。百通りも、千通りもあるそれを、小波はすべて覚えた。


『小波。お前は、言葉で語るな。

 お前は、ただ刀で語れ』


『はい、師父様』


『お前は天才だ。

 お前こそが、最後の時雨野にふさわしい。

 只管(ひたすら)に斬れ。斬り合いの果てに、お前のゆくべき道がある』


『はい、師父様』


 師父様の言葉は、難しかった。

 とにかく『はい、師父様』と答えた。


 師父様は、言葉の代わりに、痛みで教えた。

 間違えたら、殴られる。

 間違えなければ、殴られない。

 とてもわかりやすかった。


 小波が数え年で十五歳になったとき、師父様は、向かい合って座って、言った。


『お前に元服を許す。これより、時雨(しぐれ)()(さな)()(ゆき)(はる)と名乗れ』


『はい、師父様』


『そして、これより()(あい)をおこなう。

 儂を殺すことができたら、時雨(しぐれ)()()(えい)(りゅう)(かい)(でん)を授ける』


『はい、師父様』


『表に出ろ。始めるぞ』


『はい、師父様』


 そうして、『()(なみ)』は『(さな)()』に名を変えた。


 死闘の末、師父様を殺した。

 真見は穴を掘り、師父様の屍を焼いた。

  一人きりの暮らしが始まった。


 家の食べ物はすぐに尽きた。

 師父様が残した(こう)()の中に、丸い小さな金属がたくさん入った袋があったが、かじってみても、食べられなかった。

 真見は食べ物を探して、山を下り、人里に降りた。


 軒先に食べ物を並べている人がいた。

 おいしそうだった。

 取って食べた。


『おい、てめえ! 何しやがる!

 この泥棒め!』


 その人が木の棒で殴りかかってきた。

 かわした。右脇に隙ができた。


 刀で斬りつけた。師父様に教わったとおりに。

 簡単に斬れた。

 その人は、もう起き上がらなかった。


 食べ物がまだ置いてあった。

 もう一つだけ拾って食べた。おいしかった。

 お腹がいっぱいになったので、山に戻って、小屋で寝た。


 そんな日々を、まる一年繰り返した。

 村人たちは、真見が食べ物を取っても、怒鳴ったり殴ったりしなくなった。


■次話:『由良と野良』

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