表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人狼シグはわからない  作者: たっこ
第二章:ユランサス
13/36

聖炎の儀

※残酷な描写あり

 後日、ユランサスはシグとノーラを再び召喚した。


 ユランサスは、地下組織の摘発に貢献したシグを、改めて褒めた。

 そして、暗い表情でシグに付き従うノーラに、優しい顔でほほえんだ。


「ノーラ。どうか、そう怖がらずに。

 今回は、あなたのためになる提案を持ってきたのですよ」


「……え?」


「ふふふ。

 私が、聖炎教の導師だということは、覚えていますね? 私の仕事は、聖炎教徒にわかりやすく教義を説明したり、儀式を執り行ったりすることなのです。

 今回は、それにまつわる、ささやかなお誘いです」


 彼は、わずかに身を乗り出して、戸惑うノーラにこう告げた。


「『聖炎の儀』で、巫女を務めてくれませんか?」


 目をしばたたかせるノーラに、ユランサスはかいつまんで説明した。


 『聖炎の儀』とは、炎の神を讃え、感謝の祈りと生贄を捧げる儀式だ。季節の節目に執り行い、音楽を奏で、ご馳走を楽しむ。

 その儀式をすべき日取りが、数日後に迫っている。


「巫女と言っても、難しい仕事はありません。衣装を着て、必要な祭具を運んでもらうだけです。儀式の舞台に華を添える、ちょっとした役割です」


「そ……その役目を、なぜ私に?」


「あなたの立場が、現状とても危ういからですよ」


 ユランサスは、ちらりとシグに目をやった。

 つられてそちらを見たノーラは、彼が伝えたいことに気づいて、顔をこわばらせてうつむいた。


 ユランサスは、物憂げに言った。


「シグは今、我が軍の英雄です。

 そんな彼と一緒にいるあなたが、『地下組織の密談を聞いていたかもしれないのに、告発を怠った者』として、疑いの目を向けられています。

 これは、シグにとって、良くないことです。

 彼がどれほど厄介事に巻き込まれやすいか、ノーラ、あなたは誰よりもご存じですね?」


「……はい」


「不名誉な噂は、払拭すべきです。

 幸い、我が軍の兵たちは、敬虔な聖炎教徒ばかり。あなたが巫女を務めることで、彼らも好意を抱くでしょう。言いがかりは無くなりますよ」


 ノーラは、視線を迷わせた。

 しかし、シグの横顔を見て、きゅっと唇を噛んだ。


「……わかりました。巫女の役目をお受けします」


「よろしい。では、詳しい段取りは、また当日に」





 儀式の日は、すぐに訪れた。


 この日、イスオドスの王都は、朝から華麗に彩られた。あふれんばかりの花で飾られ、あちらこちらで陽気に笛が吹き鳴らされた。


 マンスドゥス人たちは浮かれて踊り、インバル人の聖炎教徒が見様見真似でそれに続いた。


 楽しげな雰囲気に寄せられて、未だに改宗していない市民たちまで表に出てきた。

 そして、通りを埋め尽くす色々の屋台に目を回し、焼きたての肉や甘い揚げ菓子の匂いに腹を鳴らした。


「お兄さん、お肉、いかがですか」


 気難しそうなインバル人に、屋台の売り子が、片言のインバル語で告げた。

 目の前に差し出された香ばしい串焼きに、インバル人の男はのけぞる。


「い、いや、俺は買わん」


「お金、ない。タダ! みなさんに、配ってます!」


「何っ、無料だと?」


「そう、ムリョウ! 聖炎教の導師さま、おごり!

 みんなで仲良くお腹いっぱい! お兄さん、お肉どうぞ!」


 男は、串焼きを受け取り、かぶりついた。焼きたての肉の旨さが、彼の警戒心を溶かす。


「ふ、ふん。聖炎教の祭りねえ。まあ、たまにはこんなのもいいか」


 男がすっかり気を良くした頃、屋台の売り子はまた別の市民に、「ムリョウのお肉、どうぞ!」と言って串焼きを差し出していた。





 王都の中央広場では、打って変わって荘厳な舞台が整えられていた。


 高く組まれた櫓の上で、赤い巨大な炎が揺れる。

 真紅の旗を携えた旗手が、広場を囲み、一糸乱れぬ動きで旗を振る。

 ずらりと居並ぶ神官たちが、低い声で祝詞を唱えている。短い聖句が繰り返されて、潮騒のようにうなっている。


 ユランサスは、彼らの中央にいた。

 炎に向かい、朗々と祈りの言葉を唱えた。


「我らが偉大なる炎の神よ!

 (かつ)て天に在りし、()の兄よ!

 地に伏し、なお燃えたぎる灼熱よ!

 我ら、御身の輝きを忘れじ!

 祖霊の魂を守り(ぬく)む、御身の熱を忘れじ!

 復活のとき来たる(まで)、ここに拝み(たてまつ)らん!」


 ユランサスは、杖で大地をたんっと突いた。

 旗が、一斉にはためいた。


「御身の怒りを鎮めんがため、迷いし者らの魂を、供物としてここに捧げ奉る!」


 その言葉を合図にして、儀式の場に、縛られた男たちの列が歩いてきた。

 兵士たちに引き立てられ、一歩、一歩と歩いてくる。

 捕らえた地下組織の構成員たちだ。


 同時に、舞台の裾の方から、赤い衣装に身を包み、ノーラがふらふらと進み出てきた。

 顔色は、滑稽なほど真っ青だ。


 さもあらん。

 彼女が運ぶ『祭具』とは、(にえ)の首を切る剣だった。


 ノーラが、ユランサスのそばへ来て、震えながら立ち尽くした。

 ユランサスは、声を出さずにささやいた。


「さあ。教えられたとおりに」


「こ……こんな……」


「早く。……儀式を乱せば、どんな目に遭うか。わかるでしょう?」


 ノーラは、がくがくと震えた。

 しかし、屈した。

 彼女は、両膝を地につけてひざまずき、ユランサスに剣を捧げた。


 『両膝を地につけて座る』。

 インバレラでもマンスドゥスでも、それは奴隷の仕草であった。


 ユランサスは、うっすら笑んで、ノーラから剣を受け取った。


 生贄となる騎士ショエルは、それを見ていた。

 彼は、目を血走らせて、もがいた。

 驚いたことに、猿ぐつわを噛みちぎった。


「——裏切り者がっ!!」


 ノーラは、顔を上げなかった。

 ユランサスは、笑顔でショエルの首を刎ねた。

 流血を見て、民衆は、恐怖と興奮にどよめいた。


 ユランサスの心は、歓喜で満たされた。


(ああ、神よ! 感謝いたします!

 御身がお与えになった場が、この雌犬を無価値にさせる!

 売女め! 貴様らは、これで終わりだ!)


 地下組織の残党どもは、市民の中に紛れている。

 必ず、この儀式を見ているだろう。

 そいつらは、王妃の姿をどう思う?


 おのれの命を守るため、仲間を売った卑怯者。

 誇りを捨て、奴隷の所作で敵に(ぬか)づく、卑しい女。


(そんな貴様を、いったい誰が、再び担ごうというのだ?

 終わりだ、王妃ネロエーシャ!)


 部下の儀官が、銀盆を持って寄ってきた。

 ユランサスは、それにショエルの首を載せた。

 儀官は、生贄の盆を掲げて、神と、人々に示した。


 さあ、儀式を続けよう。

 銀色の盆は、まだまだあるのだから。


 剣を振るう。

 首を捧げる。

 音楽を派手に奏でさせる。

 見物している市民の周りでは、大量の酒も配らせている。

 生贄のことを「治安を乱す迷惑な罪人」とささやき回る工作員もいる。


 いつしか、贄を(ほふ)るたび、人々は快哉をあげていた。

 立ちのぼる血の香りの中で、ユランサスは笑顔だった。


「……も、見ている」


 ふと、興を削ぐ声が聞こえた。


 ノーラだった。

 ひざまずき、うつむいたまま、彼女は言った。


「わ、私を見ているのは……市民だけではない。

 シグも見ている。

 私をひざまずかせ、笑いながら人を殺すあなたを、シグも見ている……」


 ユランサスは、一瞬、凍った。


 しかし、すぐさま鼻を鳴らした。


「くだらないことを言いますね。

 殺人を厭わぬあの子が、私を見て、何を思うと?

 ……まだ、儀式の最中だ。

 炎の前で、女が顔を上げるな」


 ノーラは、息を震わせ、再び黙った。


 ユランサスは、次の生贄の前に立った。

 心の奥が、やけにざわつく。


(そうだ……。シグが私を嫌うはずがない。

 あの子は、私のための天使なのだから。

 そうとも……。

 そんなはずが、ない……)


 気の迷いだ。

 断ち切るべきだ。


 ユランサスは、かぶりを振った。

 そして、いま一度剣を振り下ろし、生贄の首を力強く斬り落とした。





(第二章:ユランサス 完)


■次話:『時雨野真見征春』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ