聖炎の儀
※残酷な描写あり
後日、ユランサスはシグとノーラを再び召喚した。
ユランサスは、地下組織の摘発に貢献したシグを、改めて褒めた。
そして、暗い表情でシグに付き従うノーラに、優しい顔でほほえんだ。
「ノーラ。どうか、そう怖がらずに。
今回は、あなたのためになる提案を持ってきたのですよ」
「……え?」
「ふふふ。
私が、聖炎教の導師だということは、覚えていますね? 私の仕事は、聖炎教徒にわかりやすく教義を説明したり、儀式を執り行ったりすることなのです。
今回は、それにまつわる、ささやかなお誘いです」
彼は、わずかに身を乗り出して、戸惑うノーラにこう告げた。
「『聖炎の儀』で、巫女を務めてくれませんか?」
目をしばたたかせるノーラに、ユランサスはかいつまんで説明した。
『聖炎の儀』とは、炎の神を讃え、感謝の祈りと生贄を捧げる儀式だ。季節の節目に執り行い、音楽を奏で、ご馳走を楽しむ。
その儀式をすべき日取りが、数日後に迫っている。
「巫女と言っても、難しい仕事はありません。衣装を着て、必要な祭具を運んでもらうだけです。儀式の舞台に華を添える、ちょっとした役割です」
「そ……その役目を、なぜ私に?」
「あなたの立場が、現状とても危ういからですよ」
ユランサスは、ちらりとシグに目をやった。
つられてそちらを見たノーラは、彼が伝えたいことに気づいて、顔をこわばらせてうつむいた。
ユランサスは、物憂げに言った。
「シグは今、我が軍の英雄です。
そんな彼と一緒にいるあなたが、『地下組織の密談を聞いていたかもしれないのに、告発を怠った者』として、疑いの目を向けられています。
これは、シグにとって、良くないことです。
彼がどれほど厄介事に巻き込まれやすいか、ノーラ、あなたは誰よりもご存じですね?」
「……はい」
「不名誉な噂は、払拭すべきです。
幸い、我が軍の兵たちは、敬虔な聖炎教徒ばかり。あなたが巫女を務めることで、彼らも好意を抱くでしょう。言いがかりは無くなりますよ」
ノーラは、視線を迷わせた。
しかし、シグの横顔を見て、きゅっと唇を噛んだ。
「……わかりました。巫女の役目をお受けします」
「よろしい。では、詳しい段取りは、また当日に」
儀式の日は、すぐに訪れた。
この日、イスオドスの王都は、朝から華麗に彩られた。あふれんばかりの花で飾られ、あちらこちらで陽気に笛が吹き鳴らされた。
マンスドゥス人たちは浮かれて踊り、インバル人の聖炎教徒が見様見真似でそれに続いた。
楽しげな雰囲気に寄せられて、未だに改宗していない市民たちまで表に出てきた。
そして、通りを埋め尽くす色々の屋台に目を回し、焼きたての肉や甘い揚げ菓子の匂いに腹を鳴らした。
「お兄さん、お肉、いかがですか」
気難しそうなインバル人に、屋台の売り子が、片言のインバル語で告げた。
目の前に差し出された香ばしい串焼きに、インバル人の男はのけぞる。
「い、いや、俺は買わん」
「お金、ない。タダ! みなさんに、配ってます!」
「何っ、無料だと?」
「そう、ムリョウ! 聖炎教の導師さま、おごり!
みんなで仲良くお腹いっぱい! お兄さん、お肉どうぞ!」
男は、串焼きを受け取り、かぶりついた。焼きたての肉の旨さが、彼の警戒心を溶かす。
「ふ、ふん。聖炎教の祭りねえ。まあ、たまにはこんなのもいいか」
男がすっかり気を良くした頃、屋台の売り子はまた別の市民に、「ムリョウのお肉、どうぞ!」と言って串焼きを差し出していた。
王都の中央広場では、打って変わって荘厳な舞台が整えられていた。
高く組まれた櫓の上で、赤い巨大な炎が揺れる。
真紅の旗を携えた旗手が、広場を囲み、一糸乱れぬ動きで旗を振る。
ずらりと居並ぶ神官たちが、低い声で祝詞を唱えている。短い聖句が繰り返されて、潮騒のようにうなっている。
ユランサスは、彼らの中央にいた。
炎に向かい、朗々と祈りの言葉を唱えた。
「我らが偉大なる炎の神よ!
曾て天に在りし、陽の兄よ!
地に伏し、なお燃えたぎる灼熱よ!
我ら、御身の輝きを忘れじ!
祖霊の魂を守り温む、御身の熱を忘れじ!
復活のとき来たる迄、ここに拝み奉らん!」
ユランサスは、杖で大地をたんっと突いた。
旗が、一斉にはためいた。
「御身の怒りを鎮めんがため、迷いし者らの魂を、供物としてここに捧げ奉る!」
その言葉を合図にして、儀式の場に、縛られた男たちの列が歩いてきた。
兵士たちに引き立てられ、一歩、一歩と歩いてくる。
捕らえた地下組織の構成員たちだ。
同時に、舞台の裾の方から、赤い衣装に身を包み、ノーラがふらふらと進み出てきた。
顔色は、滑稽なほど真っ青だ。
さもあらん。
彼女が運ぶ『祭具』とは、贄の首を切る剣だった。
ノーラが、ユランサスのそばへ来て、震えながら立ち尽くした。
ユランサスは、声を出さずにささやいた。
「さあ。教えられたとおりに」
「こ……こんな……」
「早く。……儀式を乱せば、どんな目に遭うか。わかるでしょう?」
ノーラは、がくがくと震えた。
しかし、屈した。
彼女は、両膝を地につけてひざまずき、ユランサスに剣を捧げた。
『両膝を地につけて座る』。
インバレラでもマンスドゥスでも、それは奴隷の仕草であった。
ユランサスは、うっすら笑んで、ノーラから剣を受け取った。
生贄となる騎士ショエルは、それを見ていた。
彼は、目を血走らせて、もがいた。
驚いたことに、猿ぐつわを噛みちぎった。
「——裏切り者がっ!!」
ノーラは、顔を上げなかった。
ユランサスは、笑顔でショエルの首を刎ねた。
流血を見て、民衆は、恐怖と興奮にどよめいた。
ユランサスの心は、歓喜で満たされた。
(ああ、神よ! 感謝いたします!
御身がお与えになった場が、この雌犬を無価値にさせる!
売女め! 貴様らは、これで終わりだ!)
地下組織の残党どもは、市民の中に紛れている。
必ず、この儀式を見ているだろう。
そいつらは、王妃の姿をどう思う?
おのれの命を守るため、仲間を売った卑怯者。
誇りを捨て、奴隷の所作で敵に額づく、卑しい女。
(そんな貴様を、いったい誰が、再び担ごうというのだ?
終わりだ、王妃ネロエーシャ!)
部下の儀官が、銀盆を持って寄ってきた。
ユランサスは、それにショエルの首を載せた。
儀官は、生贄の盆を掲げて、神と、人々に示した。
さあ、儀式を続けよう。
銀色の盆は、まだまだあるのだから。
剣を振るう。
首を捧げる。
音楽を派手に奏でさせる。
見物している市民の周りでは、大量の酒も配らせている。
生贄のことを「治安を乱す迷惑な罪人」とささやき回る工作員もいる。
いつしか、贄を屠るたび、人々は快哉をあげていた。
立ちのぼる血の香りの中で、ユランサスは笑顔だった。
「……も、見ている」
ふと、興を削ぐ声が聞こえた。
ノーラだった。
ひざまずき、うつむいたまま、彼女は言った。
「わ、私を見ているのは……市民だけではない。
シグも見ている。
私をひざまずかせ、笑いながら人を殺すあなたを、シグも見ている……」
ユランサスは、一瞬、凍った。
しかし、すぐさま鼻を鳴らした。
「くだらないことを言いますね。
殺人を厭わぬあの子が、私を見て、何を思うと?
……まだ、儀式の最中だ。
炎の前で、女が顔を上げるな」
ノーラは、息を震わせ、再び黙った。
ユランサスは、次の生贄の前に立った。
心の奥が、やけにざわつく。
(そうだ……。シグが私を嫌うはずがない。
あの子は、私のための天使なのだから。
そうとも……。
そんなはずが、ない……)
気の迷いだ。
断ち切るべきだ。
ユランサスは、かぶりを振った。
そして、いま一度剣を振り下ろし、生贄の首を力強く斬り落とした。
(第二章:ユランサス 完)
■次話:『時雨野真見征春』




