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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第二章:ユランサス
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計算違い

「では、その女が反乱分子に(くみ)したという確たる証拠は、得られなかったのだな」


 夕暮れの薄暗い室内で、ガーズィムは静かに言った。

 シグたちを招いた昼食会の、その日のうちに、ユランサスは彼を呼び出していた。


「お前がその傭兵から聞き出した情報のとおり、市街地の複数の場所で、隠された武器を押収した。証言に名前が挙がった者たちも捕縛し、現在は尋問中だ。

 しかし、旗頭を逃がしたのは痛手だな。

 指導者が無事では、奴らに再蜂起の希望を残してしまったことになる」


 ユランサスは椅子にも座らず、いらいらと室内を歩き回った。かつかつといつまでも響き続ける足音が耳障りだ。


「……聞こえていなかったはずがない。しかし、過ぎてしまったことだ。後からでは確かめようがない……」


 独り言のようにそれらを言うユランサスを見て、ガーズィムはため息をつく。


「座ったらどうだ。お前らしくもない」


 ユランサスはぴたりと立ち止まった。

 そして、がたんと大きな音を立てて椅子を引き、どさりと座った。

 机に行儀悪く両肘を立てて、組み合わせた両手の指を落ち着き無く擦り合わせる。その音が、また室内に響いた。


「……捕らえた犬どもは、何か吐きましたか。あの王妃を潰せる材料は?」


「特には。軟弱な聖職者どもは、『レバーリャの王妃が我らを導いてくださる』などと言っていたが、その人相や使っている偽名については知らないようだ。

 王妃は、組織内でも限られた幹部たちとしか、直接的な接触はしなかったらしい」


「忌々しい……!」


 鋭い舌打ちが鳴った。

 ガーズィムは、無言でユランサスを見た。

 ユランサスは、落ち着こうとして、深く息をした。


「……決定打が無い。

 この状況では、あの女がレバーリャ王妃であるとして、(おおやけ)に処分できない。確実な証拠が無い者を殺してしまっては、市民の反感を招く。

 悪い印象は広まりやすい。これまでの工作が無駄になる……。

 それに、シグのことも問題です。

 シグは……あの女を気に入ってしまった。引き離せば、シグの心が離れてしまう。あれほどの精鋭を失うことは、聖炎軍にとっても大きな損失……」


 見かねたガーズィムが、指摘した。


「あの傭兵にそこまでこだわる必要があるのか?」


 ユランサスがぴたりと動きを止めた。

 ガーズィムは、物分りの悪い生徒に言い含めるように、落ち着いた声でじっくりと語った。


「確かに腕は良いが、所詮は一兵士としてだ。

 我らがマンスドゥスの軍では、個の武勇より、連携を重んじる。先のサルム平野でも、実際に勝敗を決めたのは騎兵だろう。

 お前は何かとあの傭兵を気に掛けるが、そこまでの価値は……」


 ガーズィムは言葉を途切れさせた。

 ユランサスは、ガーズィムを見ていた。

 まばたきひとつせず。


 異様な雰囲気に気圧されるガーズィムに、ユランサスは遅れて笑った。


「……彼は、必要ですよ。将軍」


 声は、半音低かった。

 ガーズィムは、それ以上何も言わなかった。


 ユランサスが指を擦り合わせる音だけが、再び部屋に響いた。

 ガーズィムは、首の裏に嫌な汗を感じた。


(こいつは、こんな男だったか……?)


 ユランサスとは、それなりに長い付き合いだ。

 彼が本当は慈悲深い導師などではなく、計算高く冷酷な側面を隠し持っていることを、ガーズィムはとっくに知っていた。


 だが、今の彼は、それとはさらに何かが違う。


(何をそんなに焦っている? 計算違いの一つや二つ、これまでも立て直してきただろう。

 何が、いつもと違うというのだ……?)


 ユランサスの脳内を、怒りと謀略が目まぐるしく駆け巡っていた。


「……価値。そうだ、価値だ。

 王妃そのものに力があるわけではない。あの女に向けられる、犬どもの期待。それだけが王妃の価値なのだ。ようは、それさえ破壊すればいいのだ。

 残党どもが、二度と立ち上がれぬように。あの王妃の持つ、象徴としての価値を、完全に失わせることさえできれば……」


 ユランサスは、ふっと黙った。

 そして、急に穏やかな声になって、ガーズィムににこりとほほえんだ。


「……将軍。ひとつ、良い手を思いつきましたよ」


■次話:『聖炎の儀』

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