告発
ユランサスは、シグとノーラを昼食に招いた。
イスオドス王宮の中庭に卓を出させ、シグの好みそうな料理ばかりを並べさせた。
招かれてやってきた二人に席を勧め、ユランサスはつとめて明るく笑いかけた。
「二人とも、よく来てくれましたね。
昨夜は、夜間巡回の当番、ご苦労様でした。
シグ、がんばりましたね。眠かったでしょう?」
「眠い」
「ふふ。ノーラも、ありがとうございます。あなたは傭兵ではないのに、無理をさせてしまいましたね」
「恐縮です」
ユランサスは、かしこまったノーラを見つめ、(もう少し油断を誘うか)と、計算を働かせた。
そこで、ノーラに雑談を振った。
「シグの学習は、どれくらい進んでいますか?
マンスドゥス語は少しずつ覚えてきたようですね。インバル語も教えてくれていますか?」
「ええ……。ですが、他の兵との意思疎通のために、マンスドゥス語を優先しています。インバル語は、まだ簡単な物の名前しか……」
「なるほど。
では、せっかくの機会です。
シグ、お勉強の成果を、私に見せてください。簡単なインバル語のテストをしましょう。
私が示す果物の名前を、インバル語で言ってご覧なさい。正解したら、その果物を食べてもいいですよ」
「うん……? うん。名前?」
「そう、果物の名前を言うんですよ」
ユランサスは、食卓の皿に盛られた果実をひとつ手に取って、シグに示した。
「では問題です。シグ、これの名前は、インバル語で?」
「……りんご?」
「正解です。さ、どうぞ。次に、これは?」
「くるみ」
「正解。これは?」
「りんご」
「惜しい、梨です。惜しかったので、食べていいですよ。さあ、これは?」
「りんご」
「残念、いちじくです。シグはいちじくが好きでしたね? 特別に食べてもいいですよ」
「あの、導師様、こんなに甘いものばかり食べると、シグがご飯を食べなくなってしまいます」
「おや、それは失礼しました。では最後にシグ、これは?」
「りんご」
「これはね、シグ、いちごですよ。さ、口を開けて」
「こら、シグ……! もう、あなたってば、さっきから全部『りんご』じゃない!」
ノーラが慌てて口を挟んだときには、すでにシグはいちごをもぐもぐ頬張っていた。
「もう……!」と言いながら、ノーラはシグの口の周りの果汁を拭う。
ユランサスは、笑顔でそれを見守った。
(母親気取りか。……頃合いだな)
場の空気がすっかり打ち解けた頃、ユランサスは、改めて二人に料理を勧めた。
そして、何気なくシグに尋ねた。
「昨夜の見回りで、怪しい人はいましたか?」
シグは、フォークで肉をつつきながら、素っ気なく答えた。
「いない」
「では、『怪しくない人』は?」
「いた」
「その人のお名前は?」
「ショエルさん」
シグの答えるひと言ごとに、ノーラの表情がこわばっていく。
手を震わせ、食事を止めた彼女を横目で見ながら、ユランサスはさらにシグに尋ねた。
「ショエルさんは、何と言っていましたか?」
「『始めるぞ。見回りの傭兵たちの次の交代は半刻後。それまでにすべて運び出せ』」
かちゃん、と、高い音がした。
ノーラは、食器を取り落としていた。
ユランサスの口元が、こらえきれぬ会心の笑みに吊り上がった。
ユランサスは、シグのことをよく知っている。
彼は、この少年を、誰よりも早く見出した。
この子は、ただの知恵遅れではない。
シグは、一度聞いた言葉を、完全に覚える。
その言葉の意味はわからずとも、一言一句違わずに同じ「音」を諳んじることができる。
正確な機械のように。
それを知っていて、ユランサスは、シグをノーラにつけたのだ。
シグは、絡繰人形のように、無表情のまま「告発」を続けた。
抑揚のない、平坦な声で。
完璧なインバル語を、騎士階級のアクセントで。
知るはずもない語彙を操って。
「『了解しました、ショエル卿。エリセオ、箱を持て。例のものは、奥の石棚に隠してある』
『石棚の裏の空洞だ。湿気はあるが、刃こぼれはせん。槍頭と短剣はそこにまとめてある』
『弓弦は別にせよ。湿らせるな。ロルダン、そなたは矢筒を運べ』
『光輪騎士団からの返書はまだか?』
『まだです、卿。だが、司祭殿の縁故を頼れば、遅くとも三日以内には届くはず』
『ならば急げ。夜明けまでには、すべて移し終えねばならん。この国を取り戻すための、最初の一手だ。手を抜くな』」
そしてシグは、最後にノーラに尋ねた。
いつも、そうしているように。
「……って、何?」と。
ノーラの顔には、完全に血の気がなかった。
ユランサスは、大声で笑い出さないよう、苦労して自分を抑えた。
この隙だらけの女のことだ。
どうせ、「シグは難しい話を聞いてもわからないから」と侮り、彼の当番の時間帯にあわせて、地下組織を活動させたに違いなかった。
ユランサスは、すっと手を挙げた。
周囲の兵は、ただちに動き出した。シグが暴いた敵の拠点に、証拠を押さえに向かうのだ。
小刻みに震えるノーラに向き直り、ユランサスは、わざとらしく憂い顔を向けた。
「さて。困りましたね。
ノーラ、これはどういうことでしょうか。
シグの場合、難しいインバル語がわかりませんから、不審人物たちの会話を聞いても、意味を理解できず、ただちに報告できなくても、仕方がありません。
ですが、あなたは?
シグの通訳として、一緒にその場にいたはずですね?
なぜ、シグに意味を教えてあげなかったのですか?
なぜ、他の兵たちへの報告を怠ったのでしょう?」
「わ……私は……」
真っ青になってがたがた震えるノーラは、いかにも無様だった。
良い気分だった。
獲物がまさに罠にかかって、往生際悪くもがく姿を眺めることは、ユランサスにとって最上の娯楽の一つだった。
(貴様はどんな踊りを見せてくれる?
『私は関係ありません』と、わめくのか?
『許してください、何でもします』と、縋るのか?
貴様を信じて祭り上げた連中を切り捨てて?
さあ、早く踊れ!
みじめな断末魔を、私に早く聞かせてみせろ!)
ユランサスは、心苦しそうに見える表情を作り、ノーラを見つめ続けた。
胸の中では、獰猛に牙をむきながら。
しかし、王妃がそれ以上言葉を発することはなかった。
隣の席で見ていたシグが、ふいにつぶやいた。
「ノラ、寒いの?」
彼は、自分の襟巻を、もそもそとほどいた。
そして、不器用な手つきで、ノーラにぐるぐると巻きつけ始めた。
ノーラの口元が、シグの襟巻で不格好に隠された。
ユランサスは、思わず口を挟んだ。
「シグ? ……何をしているのですか?」
「ノラ、寒そう。寒いと、風邪を引く」
「今、ノーラは私と大切な話をしているところです。
もう少し、良い子にできますか?」
「話って?」
ユランサスは、シグにもわかる言葉を使って、ノーラが責任を果たさなかったことを教えた。
シグは、少し黙って、首を傾げた。
「……ノラは、耳悪い」
「え?」
「おれが聞こえる音、ノラは聞こえない。
……聞こえなかったんじゃない?」
ユランサスは、あっけにとられた。
そんなはずがあるか。
だが、確たる証拠がない。
聴覚など、いくらでも偽れる。
これでは、王妃を処分する口実が——
違う。そんなことはどうだっていい。
何より問題なのは。
「ノラ、鐘鳴った。お昼寝行こ」
シグは、ノーラの腕を引いて立たせた。
それから、「ユラ、またね」と言って、彼女を連れて中庭から去ってしまった。
ノーラの首には、シグの襟巻。
ノーラの手を、シグは握ったまま。
(……シグ? なぜです。あなたは、私の……)
二人の背中が、遠ざかる。
ユランサスは、表情を失った。
シグは、明らかにノーラになついていた。
■次話:『計算違い』




