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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第二章:ユランサス
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告発

 ユランサスは、シグとノーラを昼食に招いた。

 イスオドス王宮の中庭に卓を出させ、シグの好みそうな料理ばかりを並べさせた。


 招かれてやってきた二人に席を勧め、ユランサスはつとめて明るく笑いかけた。


「二人とも、よく来てくれましたね。

 昨夜は、夜間巡回の当番、ご苦労様でした。

 シグ、がんばりましたね。眠かったでしょう?」


「眠い」


「ふふ。ノーラも、ありがとうございます。あなたは傭兵ではないのに、無理をさせてしまいましたね」


「恐縮です」


 ユランサスは、かしこまったノーラを見つめ、(もう少し油断を誘うか)と、計算を働かせた。

 そこで、ノーラに雑談を振った。


「シグの学習は、どれくらい進んでいますか?

 マンスドゥス語は少しずつ覚えてきたようですね。インバル語も教えてくれていますか?」


「ええ……。ですが、他の兵との意思疎通のために、マンスドゥス語を優先しています。インバル語は、まだ簡単な物の名前しか……」


「なるほど。

 では、せっかくの機会です。

 シグ、お勉強の成果を、私に見せてください。簡単なインバル語のテストをしましょう。

 私が示す果物の名前を、インバル語で言ってご覧なさい。正解したら、その果物を食べてもいいですよ」


「うん……? うん。名前?」


「そう、果物の名前を言うんですよ」


 ユランサスは、食卓の皿に盛られた果実をひとつ手に取って、シグに示した。


「では問題です。シグ、これの名前は、インバル語で?」


「……りんご?」


「正解です。さ、どうぞ。次に、これは?」


「くるみ」


「正解。これは?」


「りんご」


「惜しい、梨です。惜しかったので、食べていいですよ。さあ、これは?」


「りんご」


「残念、いちじくです。シグはいちじくが好きでしたね? 特別に食べてもいいですよ」


「あの、導師様、こんなに甘いものばかり食べると、シグがご飯を食べなくなってしまいます」


「おや、それは失礼しました。では最後にシグ、これは?」


「りんご」


「これはね、シグ、いちごですよ。さ、口を開けて」


「こら、シグ……! もう、あなたってば、さっきから全部『りんご』じゃない!」


 ノーラが慌てて口を挟んだときには、すでにシグはいちごをもぐもぐ頬張っていた。

 「もう……!」と言いながら、ノーラはシグの口の周りの果汁を拭う。

 ユランサスは、笑顔でそれを見守った。


(母親気取りか。……頃合いだな)


 場の空気がすっかり打ち解けた頃、ユランサスは、改めて二人に料理を勧めた。

 そして、何気なくシグに尋ねた。


「昨夜の見回りで、怪しい人はいましたか?」


 シグは、フォークで肉をつつきながら、素っ気なく答えた。


「いない」


「では、『怪しくない人』は?」


「いた」


「その人のお名前は?」


「ショエルさん」


 シグの答えるひと言ごとに、ノーラの表情がこわばっていく。

 手を震わせ、食事を止めた彼女を横目で見ながら、ユランサスはさらにシグに尋ねた。


「ショエルさんは、何と言っていましたか?」


「『始めるぞ。見回りの傭兵たちの次の交代は半刻後。それまでにすべて運び出せ』」


 かちゃん、と、高い音がした。

 ノーラは、食器を取り落としていた。


 ユランサスの口元が、こらえきれぬ会心の笑みに吊り上がった。


 ユランサスは、シグのことをよく知っている。

 彼は、この少年を、誰よりも早く見出した。

 この子は、ただの知恵遅れではない。


 シグは、一度聞いた言葉を、完全に覚える。

 その言葉の意味はわからずとも、一言一句違わずに同じ「音」を諳んじることができる。

 正確な機械のように。


 それを知っていて、ユランサスは、シグをノーラにつけたのだ。


 シグは、絡繰人形のように、無表情のまま「告発」を続けた。

 抑揚のない、平坦な声で。

 完璧なインバル語を、騎士階級のアクセントで。

 知るはずもない語彙を操って。


「『了解しました、ショエル卿。エリセオ、箱を持て。例のものは、奥の石棚に隠してある』

 『石棚の裏の空洞だ。湿気はあるが、刃こぼれはせん。(そう)(とう)と短剣はそこにまとめてある』

 『弓弦は別にせよ。湿らせるな。ロルダン、そなたは矢筒を運べ』

 『光輪騎士団からの返書はまだか?』

 『まだです、卿。だが、司祭殿の縁故を頼れば、遅くとも三日以内には届くはず』

 『ならば急げ。夜明けまでには、すべて移し終えねばならん。この国を取り戻すための、最初の一手だ。手を抜くな』」


 そしてシグは、最後にノーラに尋ねた。

 いつも、そうしているように。

 「……って、何?」と。


 ノーラの顔には、完全に血の気がなかった。

 ユランサスは、大声で笑い出さないよう、苦労して自分を抑えた。


 この隙だらけの女のことだ。

 どうせ、「シグは難しい話を聞いてもわからないから」と侮り、彼の当番の時間帯にあわせて、地下組織を活動させたに違いなかった。


 ユランサスは、すっと手を挙げた。

 周囲の兵は、ただちに動き出した。シグが暴いた敵の拠点に、証拠を押さえに向かうのだ。


 小刻みに震えるノーラに向き直り、ユランサスは、わざとらしく憂い顔を向けた。


「さて。困りましたね。

 ノーラ、これはどういうことでしょうか。

 シグの場合、難しいインバル語がわかりませんから、不審人物たちの会話を聞いても、意味を理解できず、ただちに報告できなくても、仕方がありません。

 ですが、あなたは?

 シグの通訳として、一緒にその場にいたはずですね?

 なぜ、シグに意味を教えてあげなかったのですか?

 なぜ、他の兵たちへの報告を怠ったのでしょう?」


「わ……私は……」


 真っ青になってがたがた震えるノーラは、いかにも無様だった。

 良い気分だった。

 獲物がまさに罠にかかって、往生際悪くもがく姿を眺めることは、ユランサスにとって最上の娯楽の一つだった。


(貴様はどんな踊りを見せてくれる?

 『私は関係ありません』と、わめくのか?

 『許してください、何でもします』と、縋るのか?

 貴様を信じて祭り上げた連中を切り捨てて?

 さあ、早く踊れ!

 みじめな断末魔を、私に早く聞かせてみせろ!)


 ユランサスは、心苦しそうに見える表情を作り、ノーラを見つめ続けた。

 胸の中では、獰猛に牙をむきながら。


 しかし、王妃がそれ以上言葉を発することはなかった。

 隣の席で見ていたシグが、ふいにつぶやいた。


「ノラ、寒いの?」


 彼は、自分の襟巻を、もそもそとほどいた。

 そして、不器用な手つきで、ノーラにぐるぐると巻きつけ始めた。

 ノーラの口元が、シグの襟巻で不格好に隠された。


 ユランサスは、思わず口を挟んだ。


「シグ? ……何をしているのですか?」


「ノラ、寒そう。寒いと、風邪を引く」


「今、ノーラは私と大切な話をしているところです。

 もう少し、良い子にできますか?」


「話って?」


 ユランサスは、シグにもわかる言葉を使って、ノーラが責任を果たさなかったことを教えた。

 シグは、少し黙って、首を傾げた。


「……ノラは、耳悪い」


「え?」


「おれが聞こえる音、ノラは聞こえない。

 ……聞こえなかったんじゃない?」


 ユランサスは、あっけにとられた。

 そんなはずがあるか。


 だが、確たる証拠がない。

 聴覚など、いくらでも偽れる。

 これでは、王妃を処分する口実が——


 違う。そんなことはどうだっていい。

 何より問題なのは。


「ノラ、鐘鳴った。お昼寝行こ」


 シグは、ノーラの腕を引いて立たせた。

 それから、「ユラ、またね」と言って、彼女を連れて中庭から去ってしまった。


 ノーラの首には、シグの襟巻。

 ノーラの手を、シグは握ったまま。


(……シグ? なぜです。あなたは、私の……)


 二人の背中が、遠ざかる。

 ユランサスは、表情を失った。

 シグは、明らかにノーラになついていた。


■次話:『計算違い』

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