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人狼シグはわからない  作者: たっこ
第二章:ユランサス
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垂らした釣り針

 ある日、ユランサスは部下から報告を受けた。


「亡命したはずのレバーリャ王妃が、この軍に紛れ込んでいるようです」


 好都合だ、と、ユランサスはほほえんだ。

 うまく使えば、ちょうど目先の困りごとを解決できる。


 それというのも、反乱分子だ。


 聖炎軍は、レバーリャを徹底的に弾圧し、しかし、イスオドスは慈悲によって治めた。

 複数国の集まりであるインバレラ帝国内で、内部分裂を誘うためだ。


 臆病者のイスオドス王は、素直にこの手にかかってくれて、従順な犬と化している。

 だが、その子飼いの軍人・貴族は、まだ立場を理解していない。こちらの慈悲を甘さと見て、裏では牙を研いでいる。

 ユランサスは、逆らう犬をまとめて処分したかった。


 レバーリャ王妃。悪くない駒だ。

 ちょうど、組み合わせて使える切り札が、彼の手元に一枚あった。




 あれは、南部諸国に派兵を請われた聖炎軍が、インバレラ帝国に上陸してから、数日後。

 南部の裏切り者国家どもを順に巡り、最初の決戦に備えて、各地の兵を(きゅう)(ごう)していた時期のことだ。


 南部諸国のうちの一国、ススロ王国を征く途上で、山麓の小さな村に立ち寄り、糧食の供与を受けようとした。

 村長は、困り果てたようすで、地にひれ伏してこう言った。


『大変申し訳ございませんが、この村には、提供できる食料がございません。

 じつは、一年ほど前から、山賊に襲われ続けているのです。

 その山賊が、食べ物を奪っていくのでございます』


 訴えを聞き、総司令官のガーズィムは、本来ならば徴発を命じるべきところを、ススロ王国の領内であることを考慮して逡巡した。


 ユランサスは、将軍に耳打ちした。


「聖炎教の慈悲を示す、よい機会です」


 そして、村長にこう告げた。


「ならば、食料は不要です。その山賊は、我々が退治して差し上げましょう」


 ガーズィムはこれを許可し、ユランサスに小部隊を預けると、本隊を先に進ませた。


 数日おきに村に現れるという山賊は、二日目の朝にやって来た。


 身を隠す素振りはなかった。

 それは、奇妙な出で立ちの、人狼族の少年だった。


 ユランサスは、兵をけしかけた。

 あっという間に蹴散らされた。

 三人だろうが、五人だろうが、ひと息の間に刃がひらめき、兵は次々倒れていった。

 つい目を見張る強さだった。


 ユランサスの頭の中で、計画がすばやく組み直された。


(囲まれても増援が来ない。合図に声を出しもしない。そして、あの身なりと、痩せ方。

 単独犯。

 飢えてのことか。

 ならば、懐柔の余地がある)


 ユランサスは、兵たちを止めた。


 山賊は、しばし警戒して、立ち止まった。

 その後、村の商店に近づき、並べられた果実を手に取った。

 視線だけはユランサスらに向けつつ、山賊は、果実に歯を立て、平然と食事を始めた。


 ユランサスは、慎重に進み出た。

 そして、笑顔を見せながら、インバル語でゆっくりこう言った。


「こんにちは。私はユランサス。あなたのお名前は?」


 山賊の耳が、ぴくりと動いた。

 だが、返事は無かった。

 彼は、次の果物を手にした。


(聞こえてはいる。こちらに関心もあるようだ。

 言語を変えて、試してみるか)


 ユランサスは、同じ内容を、いくつもの言語で話しかけた。

 マンスドゥス語。セドルナ語。パナドラル語。トロラモ語。


 ススロ語で、ようやく反応が得られた。


「私の言葉がわかりますか?」


「……わかる」


「私はユランサス。あなたの名前は?」


「シグレノコエイリュウ・カイデン・シグレノサナミユキハル」


 これが、最初の会話だった。

 ユランサスは、言葉を尽くして、彼を雇った。

 そして、シグと呼ぶことにした。





 イスオドス王都の街外れの空き地には、一本の木が生えている。

 ユランサスが昼下がりにそこへ向かえば、思った通り、大木の根元で、シグがすやすや眠っていた。


 頭の上には、鳩をのせている。

 ユランサスは、思わずほほえんだ。

 そして、そっと声をかけた。


「シグ。こんにちは」


 ぱちり、と少年のまぶたが開いた。

 どんなに油断しているように見えても、シグは、わずかなきっかけで、ただちに覚醒するようだ。

 彼は、ちらりと視線をよこし、平坦な声でつぶやいた。


「こんにちは、ユラ」


「お昼寝中にすみません。隣に座ってもいいですか?」


「うん。いい」


「ありがとうございます。シグのために、おやつを持ってきましたよ。食べますか?」


「食べる」


 ユランサスは、持参した小さなかごを渡して、シグの隣に腰掛けた。シグは、さっそくかごの中から焼き菓子を取って頬張った。


 この、元山賊の人狼族、傭兵シグの知能や精神が、見た目より数段幼いことは、雇ってすぐにわかった。


 彼は、嘘というものを知らない。

 他人の心を量ることもない。

 言葉を飾らない。飾る言葉がない。

 悪事を企てる知恵がない。

 欲望も、「ご飯」と「昼寝」の他に無い。


 ユランサスの心は、歓びに震えた。

 なんという奇跡。

 シグこそは、完璧な存在だ。


 ユランサスは、汚れた強さの持ち主だ。

 人の欲望と悪意の泥を、憎悪と陰謀でかき分けながら、もがくように生き抜いてきた。


 翻って、このシグはどうか?

 彼には一点の汚れもない。

 ただ一つ、恐るべき剣の技だけで、人の世の醜さすべてを斬り捨てて生きてきたのだ。


(シグは、天使だ。

 炎の神が遣わした、私のための殺戮天使。

 この子は、私の願いを叶えるために存在するのだ)


 ユランサスは、シグの口元の食べこぼしを拭ってあげた。

 シグは、ちらりとユランサスを見て、気にせず次の焼き菓子をかじる。

 この無垢さが、たまらなく愛おしい。

 彼さえいれば、何でもできる。


 ユランサスは、これから新たに罠を仕掛ける。

 今回はシグに力を貸してもらおう。





 「ススロ語が話せる女性労働者」という、限定的な条件で募集をかけると、すぐさま一人の女が立候補してきた。


 短く切った髪。汚れた装い。

 「近隣の村の未亡人」だと、本人は言う。

 貧しさから、報酬欲しさに軍の募集に応じたと。


 ユランサスは、女の言葉をそのまま信じはしなかった。

 笑顔で彼女を出迎えながら、椅子に座る所作、爪の形や、発音の癖と語彙を観察した。

 そして、内心、失笑した。


(間違いない。こいつが王妃だ)


 畑仕事と水仕事に明け暮れる貧しい村の女が、そうも背筋を伸ばすものか。

 爪を、美しく伸ばすものか。

 ゆったり優雅な発声で、異人の目を見て話すものか。


 「御用に適うよう、身を尽くし」だと?

 身分を隠そうという気があるのか?


(髪を切って名前を変えるだけで、別人になれると思ったのか?

 愚かなことだ。

 だが、今はその愚かさこそが必要だ。

 レバーリャ王妃ネロエーシャ。貴様は、この国の反乱分子を釣り出すための『餌』となるのだ)


 ノーラと名乗るその女を、ユランサスは、シグの世話係につけた。


 シグは、他の傭兵たちに妬まれている。

 面倒事に巻き込まれて、常に目立っている。


 そのシグとともに行動させれば、彼女も目立つ。

 王妃の顔を知る者たちは、きっとノーラに気づいて接触するだろう。

 その人物は、反乱組織に繋がっている。


 獲物が餌に食いついたなら、あとは一気に釣り上げるだけだ。

 ユランサスは、静かにその時を待った。


■次話:『告発』

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