コワい話 美味しい魚を釣ってきた
2231文字のショートホラー
夏の日の夕方。
晩ご飯の準備をしてるのに、蝉の声がうるさくってイライラする。
-もう、ヨウスケったら朝早く釣りに出たっきり、LINEもくれないんだから・・
体が大きくて優しくて、お酒はちょっとだけ飲むけどタバコは吸わないしギャンブルもしない。酔っ払うとお喋りになって、そして更に優しくなる理想の夫・・・
友達は口を揃えて「いいわよね~、ヨウスケさん、うらやましいわぁ」って言うんだけど、ちょっとだけ違うわ。
釣り師って、すごいのよ?
ヨウスケのたったひとつの趣味が、釣り。
付き合っていた頃もよく釣りデートに出掛けたし、近くの港で小さなアジとか釣って楽しかった。
ヨウスケはイカを釣るんだって、エギング?とかして、私が釣ったアジを餌にして大きいヒラメを釣ったこともあった。
釣りってこんなに手軽で楽しいんだ。
そう思ったわ。でもね、私は騙されていたのよ。
結婚して一緒に釣りに行くのはやっぱり近くの港、それは変わらなかった。でもヨウスケがひとりで行くときは違う。
休みの前の日なんて、なにこれ!って言うくらい太い竿を持って、なにこれ!っていうくらい大きなリールを使って、一晩中釣って、翌日の昼頃帰ってくる。
その竿もリールも、どっちも10万円くらいするの。
信じられる?釣り竿とリールで20万よ?
休みの日に朝早く家を出て、夜に帰るなんて当たり前。そんな日は書き置きがあるの。
”○○の磯に行ってくるね”
たったそれだけの書き置きを残して、私が寝てる間に行くのよ?
今日もそんな日だった。そしてもう夕方、ヨウスケはまだ帰ってこない。
「はぁ、おかず作ってるのに”釣れたよ~”って帰ってくるのもハラ立つのよね~」
”かちゃり”
私がそんな独り言を呟いたとき、それが聞こえたように玄関のドアが開いた。
「え?ヨウスケ?帰ってきたの?」
「あ、ごめ~ん、今帰ったよ~」
バタバタと玄関に向かうと、そこには全身びっしょり濡れたヨウスケが居た。
「え?どうしたのそれ、びっしょりじゃん!」
「う~ん、ごめ~ん、海に落ちちゃってさ~」
「大丈夫?あれ付けてたから?」
「あ~、ライジャケ?う~ん、ちょうど外したとこに、でっかい波が来てさ~」
ヨウスケが言うには、釣れなくて疲れてしまい、ちょっと休憩、とライフジャケットを外したそうだ。そこを背後から来た大波にさらわれてしまった。
この時期の、そういう突然の大波を”土用波”と言うらしい。
「それで、怪我はないのね。よかったぁ~」
「うん、タダシが一緒だったからさ・・でもね」
「でも?」
「クーラーとか釣り道具、ぜ~んぶ流されちゃった!てへっ!」
「てへって・・・20万の竿とリール?」
「ううん、今日のは全部で8万くらい」
「ほっ、8万か、それなら・・・って、高いじゃん!!」
「だから、ごめ~ん・・・でもほら、この魚だけは何とか持ってきたからさ、食べよ?」
「う・・う~ん、おかず作っちゃったのになぁ。でも、無事だったからいっか!どうするの?これ」
「うん、簡単に塩焼きでいいんじゃない?」
「分かった・・・じゃ、ほら!シャワー浴びてきて!!ビールも買ってあるから」
「はぁ~~~い」
お風呂場からシャワーの音が聞こえてきた。
さて、この魚を捌いて、塩焼きでいいのね。
私はまな板に魚を置いて、さっと捌いた。でもこの魚、初めて見る魚だわ。
「なんだろ、磯釣りではメジナとか釣ってくるけど、メジナと同じように真っ黒な魚だけど、メジナはこんなに細長くないしなぁ。初めて見る魚・・・なんていう魚だろ」
私は黒くて細長い魚を塩焼きにしてお皿にのせた。
「ヨウスケ、まだシャワー浴びてる」
お風呂場からはまだシャワーの水音が聞こえている。
そのとき、玄関のチャイムがけたたましく鳴りだした。
ピンポン・・ピン・ピンポン・ピンポンピンポンピンポンピンポン
ビックリした私は急いでインターホンに向かう。
ドンドン!ドンドンドンドン!!
「ミホさん!ミホさん!!」
インターホンのモニターに、玄関のドアを叩いて叫ぶタダシの顔が映っていた。
私は急いでドアの鍵を開けた。
「ミホさん、あのさ、ヨウスケがさ!海に落ちて!!」
タダシは青白い顔をして叫んだ。それに、タダシも全身びっしょりと濡れている。
「あ、うん、聞いたよ?ヨウスケが海に落ちたんだけど、タダシさんが助けてくれたんでしょ?8万円の釣り道具は惜しかったけど、でもありがとね!タダシさん」
「はぁ?いや・・・俺、ヨウスケを助けられなくって、海保がずっと探してたんだよ」
「えぇ~?またまたぁ、ヨウスケはさっき帰ってきて、今シャワーだよ?」
「え?・・・いや、そんなはずは・・」
「だってほら、魚だって、一匹だけ持って来れたって、塩焼きにしてって言われたから・・」
私が指差す先に目線を送ったタダシは、呆然と口を開けている。
「ミホさん、あのね、落ち着いて聞いてね」
タダシの話は、夢の中の出来事のように聞こえた。
「あのね、ヨウスケは波にのまれて、で、姿が見えなくなって、海保のダイバーが見つけたんだよ」
「ヨウスケは・・・海底に茂った海藻に絡まってたんだ」
「でさ、そのお皿にのってるの、それ・・・」
私はテーブルの上の皿に目をやった。
そこにのっていたのは、こんがりと焼けたコンブだった。
シャワーの音はしていない。
「ヨウスケ!」
私はお風呂場に飛び込んだ。
乾いたお風呂場に、ヨウスケの声が響いた。
「魚焼けた?一緒に食べよ」
私の肩に手が乗った。
「ほら、美味しいよ」
その手は、海藻を握り締めていた。
美味しい魚を釣って来た 了
なろう初心者の私、初めてランクインすることが出来ました。
嬉しいです。
8月30日。




