眠れぬ夜
夜。
村の中央にある広場で、焚き火がぱちぱちと音を立てていた。
旅の者を迎え入れるということで、村人たちが簡素な夕食を振る舞ってくれている。粗末なパンと煮物、井戸の水。
「どうぞ、召し上がってください」
マリアが差し出す木椀を受け取りながら、蒼汰はにこやかに礼を言った。
「ありがたい……正直、死にかけていたからな。命の水だ」
そう口にして一口すすると、思わず顔をしかめる。
塩気の薄い、草のような味しかしない汁。だがすぐに笑みに変えた。
「……うまい。いや、本当に。これほど温かい食事は久しくなかった」
村人たちの顔が、ほっとしたように緩んだ。
蒼汰は心中で舌打ちしつつも、同時に冷静に観察していた。
(……この村、物資が乏しい。煮物の具はほとんど野草、肉も骨片だけ。
でも、皆が笑って俺に分け与えている……なるほど、ここでは“共に分かち合う”ことが信頼の証か)
焚き火を囲んだ輪の中で、彼は巧みに話題を操った。
旅人として見てきた“でっち上げの光景”を語り、冗談を交え、笑いを誘う。
ときに目を潤ませて「遠い村で出会った子どもの話」などを切なく語る。
村人たちは次第に耳を傾け、頷き、笑い、そして涙ぐんだ。
「お前さん……不思議な男だな」
白髭の老人が感嘆したように言う。
「言葉を聞いていると、胸が軽くなる。まるで……心の奥が洗われるようだ」
「いやいや、俺なんか取るに足らないさ」
蒼汰は肩をすくめ、わざと謙虚に見せる。
(――よし。掴んだ。完全に)
その夜、彼は村人の一人として客間に泊まることを許された。
簡素な藁布団に横たわり、屋根の隙間から覗く星々を見上げる。
(……死んだと思ったら、知らねえ世界で生きてる。
藍……お前が仕組んだのか? それとも、ただの夢か……)
まぶたを閉じる。
聞こえるのは、遠くの焚き火がはぜる音と、虫の声。
そして、不意に。
頭の奥で、澄んだ声が響いた気がした。
《……あなたは、生き延びるべきです》
――藍?
はっと目を開ける。だが部屋には誰もいない。
ただ夜風が、ひやりと頬を撫でていくだけだった。