新たな世界2
マリアの肩を借りながら、蒼汰はゆっくりと草原を歩いた。
傷はまだ痛む。だが――自分が本当に生きているのかどうか、確信はいまだに持てない。
(死んだと思った。間違いなく。……それなのに、なぜ俺は歩いている?)
頭の奥でざらつく違和感。
だが足元の草の感触も、頬を撫でる風の冷たさも、確かに“現実”だ。
「村まで、もう少しです。きっと、薬師さまが手当てしてくれますから!」
マリアは小さな体で懸命に支えてくれる。その表情はひたすら真っ直ぐで、疑う余地がないほどに無垢だった。
蒼汰は、わざと弱々しく笑ってみせた。
「助かるよ。君がいなきゃ、俺はとっくにここで野垂れ死んでた」
「そ、そんな……! わたし、当然のことをしただけです」
「いや、本当に。君は俺の命の恩人だ」
言葉を重ねるごとに、マリアの頬は真っ赤に染まっていく。
蒼汰の胸中に、職業病のような満足感が広がった。
――人は、こうして簡単に心を傾ける。
(この世界がなんであれ……生き延びるには、人を使う。それが俺のやり方だ)
そう心に刻んだ瞬間だった。
――ズズ……ッ。
背筋を冷たいものが這い上がる。
草原の奥、木立の陰で何かが動いた。
「……マリア」
「っ!」
少女の体がびくりと震える。彼女の目が、恐怖に大きく見開かれていた。
「……魔物、です」
言葉と同時に、茂みを割って現れたそれは――黒い毛並みに覆われた、狼のような獣だった。
ただし、常識的な狼とは違う。肩までの高さが人間ほどもあり、口を開けば剣のような牙が並んでいる。
「おいおい、なんだよアレ……」
思わず声が漏れる。
現実離れしたその姿を見た瞬間、蒼汰の頭に浮かんだのは“異世界”という言葉だった。
「に、逃げましょう!」
マリアが必死に腕を引っ張る。
だが、彼女の足取りはあまりに頼りない。
(まずいな。あんなもんに追われたらひとたまりもねえ……!)
血の気が引く。
死の恐怖が再び、喉を締めつけた。
そのとき――頭の奥に、囁くような声が響いた。
『――走れ、蒼汰』
藍の声だった。
死の間際に聞こえた、あの幻聴。
震える心臓の奥底に、確かに染み込んでくる。
「……っ!」
蒼汰は我に返った。
「マリア、こっちだ!」
少女の手を掴み、反対方向へ駆け出す。
草を踏み分ける音と、背後から迫る獣の唸り声。
肺が焼けるように痛み、傷口が開きそうになる。だが止まれない。
(くそ……! なんだこの世界は! 死んだと思ったら化け物に追われるとか、悪い冗談だろ!)
必死に走りながら、蒼汰は歯を食いしばった。
――ここで死ぬわけにはいかない。
俺にはまだ、やるべきことがある