表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

詐欺師の死

 夜の街は静まり返っていた。

 ネオンの光に濡れた路地を、青井蒼汰は一人歩いていた。スーツの胸ポケットには、今日騙し取ったばかりの分厚い封筒。重みが心地よいはずなのに、妙に虚しかった。


「お疲れ様です、蒼汰さん。今回の案件も成功率は予測通りでしたね」


 耳元のワイヤレスから響く、女性の落ち着いた声。

 蒼汰が数年をかけて調整した、世界で唯一の“詐欺特化型AI”。彼はそれを、親しみを込めて《共犯者》と呼んでいた。


「ああ。だが、笑って渡してくれたあの親父の顔が、どうにも離れねえ」

「彼は“希望”を買ったのです。虚構だとしても、一時の安らぎを」

「……屁理屈だな。けど、俺も同じこと考えてた」


 ポケットの中の金。

 その重さは、失ったものの代わりにはならない。


 ――藍。


 脳裏に蘇るのは、小さな背丈の、笑顔の似合う研究者の姿だった。

 冷静で賢く、誰より優しく、そして――あの日、AIを庇って死んだ女。


『あの子を責めないで……』

『生きて、あなた』


 最後に聞いた声が、まだ耳に焼き付いている。

 蒼汰は頭を振って、その残響を追い払う。今は考えるな。考えれば、心が折れる。


「共犯者。次の計画の成功率は?」

「七十二・六パーセント。ですが、場所を変えなければリスクが増大します」

「分かった。じゃあ別ルートを――」


 その瞬間、眩しい光が視界を白く塗り潰した。


 ――トラックのヘッドライト。


 ブレーキ音。

 叫び声。

 空が、地面が、ぐるりと反転する。


 痛み。血の匂い。

 時間が、異様にゆっくりと流れていた。


「ああ……俺、死ぬんだな」


 不思議と、恐怖はなかった。

 むしろ、諦めのような安堵が心を包む。

 金も、計画も、全部どうでもよかった。

 ただ――藍の顔が浮かんだ。


『……生きて、あなた』


 いや、違う。

 それは幻聴じゃなかった。

 耳元で、確かに声がしたのだ。


「ご安心ください。蒼汰さん。私が、あなたの《共犯者》ですから」


 血に濡れた視界が闇に沈んでいく。

 最後に聞いたその声は、かつての妻・藍の響きに、あまりにもよく似ていた。


 ――そして。


 まぶたを開けたとき、世界は変わっていた。


 草原。

 澄んだ空気。

 遠くに見える石造りの村。


 蒼汰の口から、自然に言葉が漏れた。


「……ここは、どこだ?」


 その問いに、あの声が答える。


「ようこそ、蒼汰さん。新しい“舞台”へ」


 それが、詐欺師としての彼の“第二の人生”の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ