密約
夜。
村の灯火がすっかり消えた後、ソウタはひとり外れの林へ向かって歩いていた。冷たい夜気が肌を刺す。昼間の惨状のせいで村人は眠れず、すすり泣きやうめき声があちこちの家から漏れている。
だが、ソウタの足取りは迷いがなかった。
――待っている。そう確信があった。
林の奥。月明かりに照らされた開けた場所に、頭目がいた。粗末な外套を羽織り、煙管を咥えている。昼間のような荒々しい笑みはなく、薄く口角を上げたまま、警戒の色を瞳に宿していた。
「……なんだ、てめぇは。ひとりだけで命乞いか?村の奴らが見たらなんて言うだろうな。」
「あんたに相談があるんだよ。」
ふたりの視線が交錯する。
沈黙の後、頭目がふっと笑った。
「面白ぇ奴だな。村人の代表にでもなったつもりか?」
ソウタは小さく肩をすくめた。
「俺はただの旅人さ。……ただ、今日見て確信した。あんたたちは村を潰す気はない。食い物や銅貨を巻き上げて、恐怖を植えつける。それだけだ」
「……」
「つまり、俺たちの利害は一致してる。あんたらは“生かしておきたい”。俺は、“生き延びたい”。なら――協力してもいいんじゃないか?」
頭目は煙を吐き出し、目を細めた。
「協力? ……ほう。村人どもを裏切るってのか?」
「裏切りって言葉は好きじゃねぇな」
ソウタは口元に薄い笑みを浮かべる。
「村にいるだけの俺だからこそ、伝えられることがある。どこに食糧を隠してるか、誰が反抗的か、どこを狙えば一番効くか……。あんたらが効率よく搾り取れるように“手を貸す”。その代わり、俺だけは――安全にしてもらう」
《……危険な賭けですね》
共犯者の声が冷ややかに囁く。
《しかし、成立すれば村も野盗も利用できる。あなたらしい選択です》
頭目は煙管をトンと鳴らし、笑った。
「なるほど。詐欺師みてぇな口ぶりだ」
「事実、俺は詐欺師だ」
ソウタは静かに言い切った。
「人の心を揺さぶり、欲を突き、動かす。それが俺の武器だ」
頭目の目が光る。沈黙が数拍続き――やがて、彼は低く笑い出した。
「……面白ぇ。いいだろう。しばらくはお前の言う通りにしてやる。ただし、裏切ったら……わかってんだろうな?」
「もちろん」
ソウタは涼しい顔で答えた。
「俺は勝ち馬に乗る主義だ」
夜の林に、ふたりの笑い声が交わる。
その声は、村人たちの知らぬところで、静かに新たな絆を結んでいた。