襲撃
東の門が破られた瞬間、地鳴りのような怒号が村を飲み込んだ。
「うおおおおっ!」
粗野な男たちの叫びと共に、松明が投げ込まれ、乾いた藁屋根が燃え上がる。
火の粉が舞い、村の空気が一瞬で焦げ臭くなる。
「守れぇっ!」
年季の入った声が響く。村長ではない。門番を務める壮年の男が、古びた槍を掲げて飛び出した。
彼に続いて若い男たちが、鍬や斧を握りしめて突っ込む。
金属がぶつかる甲高い音。
「ひっ!」
初めて人を殴ったであろう村の青年が、血に濡れた手を見て後ずさる。
そこへ野党の剣が振り下ろされる――
「下がれっ!」
別の村人が飛び出し、盾代わりの木板で受け止めた。
鈍い音と共に板が割れ、破片が飛び散る。
必死に反撃するも、相手は殺し慣れた野盗。刃は容赦なく迫り、青年の頬をかすめて血を散らした。
(……ああ、酷ぇもんだな)
俺は物陰に身を隠しながらも、その光景から目を逸らさなかった。
汗に濡れた額。震える指先。
命を賭ける覚悟を持たぬ人間が、無理やり戦場に立たされている――。
《村人の戦力は限定的。経験も装備も不足しています。正面からでは持ちません》
(わかってる……でも、だからこそ……)
俺は唇を噛む。心の底から湧き上がる嫌悪と、同時に、それを利用できるという確信。
「ひひ、嬢ちゃんたちを先によこせ!」
野盗の一人が笑いながら叫び、家屋に駆け込もうとする。
その背を、槍を構えた村人が突いた。
血が噴き、男は悲鳴を上げて倒れる。
だが次の瞬間、仲間の野盗が怒り狂って斧を振り下ろし、村人の肩口を叩き割った。
鮮血が飛び、耳を裂くような悲鳴が夜気に響く。
「うわああああ!」
「お父さんっ!」
地獄だった。
火と血と絶叫が渦を巻き、村は一瞬で修羅場に変わる。
マリアの姿が脳裏をよぎる。
恐怖に震えるあの子の顔。
俺は拳を握りしめた。
《この状況で生き残るには、力ではなく――》
(ああ……わかってる。俺の出番だろ……!)
俺は深く息を吸った。
野盗たちの顔、癖、口調――次々に頭に刻み込んでいく。
観察し、情報を集める。
これは俺の武器、詐欺師としての本能。
(食ってやるよ。てめぇらの欲と暴力ごと……丸ごとな!)
女たちの悲鳴が村の奥から上がった。家々の戸が蹴破られ、納屋の中に乱暴に踏み込む音が響く。穀物袋が担ぎ出され、酒樽が転がされる。泣き叫ぶ子どもを抱えた母親の腕を乱暴に引き剥がそうとする野盗もいた。
「やめてくれぇ! せめて子どもだけは!」
老人がすがりつくも、逆に背を蹴りつけられ、土の上に転がった。
《抵抗しても無駄ですね。彼らは慣れている》
耳の奥に、共犯者の冷たい声が届く。
《これは狩りです。獲物を仕留めるのではなく、生かし、繰り返し刈り取る狩り》
その言葉の通りだった。村を蹂躙していた野盗たちに、やがて頭目らしき男の怒声が飛ぶ。
「そこまでだ! 殺すな。女も連れていくな。やりすぎりゃ、次は何も残らねぇ!」
荒れ狂っていた連中が一斉に動きを止める。口汚く笑いながらも、最後の食糧袋や銅貨の入った壺を掴み、焚火の火種を畑に投げつけ、満足げに退いていった。
村の中央には、炎に照らされた瓦礫と泣き声だけが残った。畑の一角は焼け、家屋の扉は壊され、あちこちに血の跡が散っている。
「……また、やられた……」
誰かがうめくように呟いた。
「冬まで持たんぞ……こんなことが続けば……」
別の男が、拳を震わせながら空を睨む。
村人の表情には怒りも絶望もあったが、声を荒げて抗う者はいなかった。これが繰り返されてきた現実――生かさず殺さず、搾り取られる生活。
《彼らは恐怖を刻んで去りました。次に来る時まで、この村は怯え続ける》
共犯者の声は淡々としていた。
ソウタは、その声を聞きながら、土に崩れ落ちる村人たちを眺めた。
――この状況、使える。
胸の奥で、詐欺師としての血が熱を帯びていくのを、ソウタは確かに感じていた。