表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

村の敵

夜は更け、囲炉裏の火が赤く揺れていた。

薬師が帰ったあと、しばし沈黙が続いていたが、やがて村長がゆるやかに口を開いた。


「……ソウタ殿。知っておかねばならぬことがある」


低い声に促され、俺は思わず背筋を伸ばす。

隣では、マリアが真剣な眼差しでこちらを見ていた。


「アルディナは小さな村じゃ。山に守られてはおるが、その分、助けも遠い。

我らが暮らしを脅かすものが、二つある」


「脅かすもの……?」


「ひとつは、野生の獣よ。冬を越せぬ熊や狼が、飢えに任せて畑を荒らす」

村長は眉間に皺を寄せ、続ける。

「もうひとつが……野党やとうじゃ」


その言葉を聞いた瞬間、マリアの肩が小さく震えた。

彼女は視線を落とし、震える声でつぶやく。


「彼らは……容赦しません。家畜を奪い、作物を踏み荒らし……抵抗した人を、傷つけて……。村の男たちだけでは、とても……」


「野党って……盗賊か?」

俺は唇を歪めて訊き返す。


「いや……」村長は深い吐息をもらし、首を振った。

「頭を張るのは、もとはこの村の者じゃ。素行が悪く、村にいられぬほどに問題を起こし、追放せざるを得なかった……。だが今や、徒党を組み、武器を持ち、村を脅しておる」


炎がぱちりと弾け、村長の皺深い顔を赤く照らす。

マリアは唇を噛み、両手を固く握りしめている。


……裏切り者。しかも身内。

胸の奥でざらついた感情が広がる。


(悪党がのさばってる……だと? しかも、かつて村の人間だったって?)


《脈拍上昇。あなた、興奮していますね》


共犯者の声が、耳の奥にひやりと響いた。

鼓膜をくすぐるその響きは、心臓の鼓動よりも正確に俺を見抜いてくる。


(……そういうことか。つまり、カモだな)


思わず、口角がつり上がるのを感じた。

狡猾な悪党ほど、落としたときの爽快感は格別だ。

俺は“食われる側”にはならない。俺が喰う。俺が狩る。


《注意を。あなたには兵も武器もありません。しかし、“言葉”なら無尽蔵にあります》


「……へぇ。面白くなってきやがった」

独り言のようにこぼした声に、マリアが驚いたようにこちらを見た。

はっとして慌てて笑みを引き締める。


「いや、すまん。ただ……心配するな。俺はな、食われるのは大嫌いなんだ。

どうせなら、喰う側に回らせてもらうさ」


一瞬、重苦しい空気が張り詰めた。

しかし、村長はじっと俺を見つめ、やがて目を細めてうなずいた。


「……ソウタ殿。言葉に、力があるのう。おぬしがここに来たのは、運命やもしれん」


囲炉裏の火が、再びぱちりと弾けた。

その光は、わずかながら希望の色を帯びていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ